第十四話『星が見つめる下で』
――次に視界が晴れた時、まず最初に飛び込んできたのは夕焼けだった。生い茂る木のおかげで見えなかった空は、なぜだかいつもよりきれいに見える。
「……とりあえず、逃げ切れはしたみたいだな……」
「そのようじゃな。吸血鬼狩りも拘束しておいたし、しばらくはこちらに追手が向くこともないだろうよ」
とりあえず命の危機を脱せたことに安堵の息を吐くと、俺の背後からもそれに同意する声が聞こえる。俺を救い、そしてここまで一緒に来てくれた存在――リーシアだ。
「……そういや、結局最後までお前に抱えられっぱなしだったな。……その、重くなかったか?」
「いいや、そんなことはないな。むしろ軽すぎるくらいじゃ、もっと肉を食え肉を」
くすくすと笑いながら、リーシアは俺の体をゆっくりとおろす。地面の感覚を踏みしめながらくるりと半回転すると、俺よりも背丈が大きくなったリーシアの姿があった。
「……初対面の時も可愛かったけど、成長しても可愛いな。おまけに綺麗なんだからもう最強だろ」
「そこまで素直に賞賛されるのは久々じゃな……くすぐったいが、悪い気はせん。もっと褒めてくれてもよいのじゃぞ?」
俺の賞賛にリーシアは鷹揚に頷き、もっとないのかと言わんばかりにこちらへと視線を向けてくる。尊大な物言いとは裏腹に、態度はものすごい甘えん坊だ。……もちろん、全力で褒めちぎろうじゃないか。
「あの真っ黒野郎をあんなにも圧倒できて凄い! それに自分の信念を貫きとしててカッコいい!……あと、ボロボロになった俺を見捨てないでくれてありがとう!」
「どれもこれも、これからを生き抜く上で当然の事じゃ。……じゃが、それを越えに出して確認するのも一興というものだな」
口調は変わらないが、透き通るように白い肌がほんのりと紅潮しているのを俺は見逃さない。照れくさそうに頭まで掻いているし、どうやら機嫌を損ねることは無かったようだ。ここまでの人生、誰かのことを素直に褒める機会なんて中々なかったからな。
「……じゃが、この力にも限界はある。……そうじゃな、後二時間保っていられれば僥倖と言ったところか」
「……ちなみに、保っていられなくなった後はどうなるんだ?」
まさかとは思うが、力を使い果たして消滅なんて言うんじゃないだろうな。もしそうなってしまったら、俺はリーシアにそこまでの力を使わせたあの野郎を殺しに行かなければならなくなるが――
「おそらくじゃが、ルカと初めて対面した時の姿に戻る。わらわ自身も気づかなんだが、あの姿でいると魔力の消費が著しく抑えられるようだからな」
「……つまり、魔力が満ちてる時だけ今のリーシアみたいになるってことか」
「そういうことだ。この姿でいると魔力の消耗が激しすぎる、というのかもしれぬな」
俺の確認に、リーシアは頷きで返す。いつもこの姿でいられないというのはどこかで問題になるかもしれないが、とりあえずリーシア消滅の危機はなくなったからそれで十分だろう。
「……というか、俺の血ってそんなに魔力あったのか。そのおかげで勝てたんだから、結果としては良かったってことなんだろうけど」
「ああ、人の血は魔力を多く含むものだからな。さらに誓いを交わした夫のものともなれば、その効果は絶大と言っても過言ではない。本音を言うなら戦闘など関係なく毎日堪能したいものじゃ」
「へえ、夫の血だと効果上がるのか……って、はい?」
夫? 俺が、リーシアの?
確かにリーシアは可愛くて強いし、俺と境遇が重なる部分もあるしで大分信頼しきっているところはある。結婚してくれって言われたらハイ喜んでって二つ返事でいける自信があるが、まさか事後だとは思わなかった。というか、当人が事後認識する夫婦関係って何なんだ……?
「まさか俺、もうろうとした意識の中で求婚したとか……?」
もしそうなんだとしたら間抜けというか、甲斐性無しにもほどがあるというものだろう。そういうのは本来、自分の言葉で、自分が記憶できる範囲で言うべきなわけで――
「……ああ、そういえば言い忘れておったな。互いの名を呼ぶことを許し、互いを誓いによって双方咆哮的に縛りあうあの誓い。――アレは、吸血鬼における婚礼の誓いじゃよ」
「婚礼ぃ⁉」
――わらわの隣で、絶えずともに歩くことを誓うか?
あの時のリーシアの問いかけは、一言一句たがわず覚えている。そして、それに俺がどう返したかも。今思えば、『健やかなるときも病める時も――』みたいな誓いの言葉によく似ているような気がした。
「お互いに縛りを設ける婚礼の誓いは特別でな、お互いの力をより増幅する効果があるのじゃ。だからこそ、ルカにはわらわの血を取り込んで吸血鬼になってもらわなければならなかったのじゃが――」
「……ああ、理屈は分かった。でも、リーシアは大丈夫なのか?」
窮地を脱するためとはいえ、出会ってばかりの奴と婚礼だなんて少し思うところもあるだろう。気にしてしまうのならば、無理に夫として扱う必要もないのだが――
「……わらわは、傷ついたのがお主だから助けようと思ったのじゃぞ? 手段が婚礼の誓いによる能力の上昇と魔力の回復しかないと知ったうえで、な」
「ぐふっ」
それが答えじゃないのか、と言わんばかりのその視線に、俺は胸を押さえて思わずのけぞる。大人びているのにその表情はとても子供っぽくて、正直そのギャップがたまらなかった。
しかし、リーシアにはその態度が自分を避けているように見えてしまったのだろうか。赤い瞳一杯に涙をためて、それでも視線を外すことなくこちらを見つめると――
「……それとも、わらわのような妻は要らぬか?」
「篠原瑠佳! たった今より、瑠佳=ベルカザーク=シュミットとなる事を誓います!」
何かを懇願するような視線を一身に受けた俺は、たまらず駆け寄ってリーシアのことを強く抱きしめる。もしかしたら引かれるかもしれないが、そんなことはお構いなしだ。……ただ、俺の気持ちが間違いなく伝わればそれでいい。
「俺はお前の隣を歩き続けるよ。……あの時の誓い通り、お前が俺の事を望んでくれてる限りはな」
早口で、だけどはっきりと俺は改めてリーシアに宣言する。そんな俺に対するリーシアの答えは、俺の背中に回された細くて暖かい感触だった。ゆっくりと俺の体が引き寄せられて、リーシアの鼓動が触れ合った皮膚を通じて伝わって来る。
「……なら、それは永遠というものじゃな。わらわには、ルカが必要じゃ」
――俺とリーシア。同じ目的に向けて進む『共犯者』としての関係は、ここに終わりを告げた。ここからは、同じ未来を見据え、お互いの誓いを胸に歩く『夫婦』としての物語の幕開けだ。
いつしか夕焼けは夜に飲まれ、きらめく星たちが俺たち夫婦を見下ろしている。そんな変化にも気づかずに、俺たちはお互いの体を強く抱きしめ合い続けていた。
ということで、関係性が変化した二人はこれからどんな道のりを歩んでいくのか!レッテルに苦しみながらも穏やかに生きようとする二人の旅路はここからが本番です!
ーーでは、また次回お会いいたしましょう!




