第十三話『同じにはならない』
――目を開けた時、最初に認識できたのはきれいな女性の顔だった。銀色の髪、紅い瞳。美しくも勇ましい表情を浮かべたその女性がリーシアであることを、俺は本能的に直感していたんだと思う。仮にその姿が最後に見たそれよりはるかに大人びていたって、そこに宿る意志はおんなじだ。
そして、次に認識できたのはこの場の状況。軽く視線を回しただけで、俺たちを散々追い回してくれたあの男が完敗しているのが分かる。繰り出したのであろう剣の一撃は無数の紅い茨のようなものに縫い留められ、その体すらもそれによって身動きが取れないようになっていた。
「――なら、理解できぬまま墜ちていけ」
リーシアの秘められた実力に驚く暇もなく、紅い茨がもう一本虚空から生み出される。まるで鞭のようにしなるそれは、男の腹を明確に狙っているように思えて――
「……ダメだ、リーシア‼」
状況の理解を置いてけぼりにして、思わず俺はそう叫んでいた。
「……ルカ? 良かった、目が覚めてくれたか……!」
俺の声に反応して、リーシアの視線が俺の方へと向けられる。男に向かって放たれようとしていた紅い茨は所在なさげに漂っていたが、その間も男の拘束は緩まない。事実、緩めない方がいいと思った。
「ああ、お前のおかげで何とかな。……体も、もう大丈夫そうだ」
ここまで状況把握に必死で気が付いていなかったが、あれほど苛烈に俺の体を蝕んでいた激痛はどこかへと消えている。人知を超えた再生速度だと言わざるを得なかったが、そういえば俺はもう人間じゃないんだっけか。
「一度気を失った時は適応に失敗したかと心配になったが……その様子なら、大丈夫そうじゃな」
「おいおい聞いてねえぞそのリスク……そういうのは先に言っといてくれな?」
まあ、それを聞いたところで俺の決意は揺らがなかっただろうが。それをリーシアも分かってくれているのか、俺を見つめる表情は柔らかかった。
「というか、その姿はどうしたよ。もとから可愛かったのが滅茶苦茶美人さんになってるぞ?」
どちらも甲乙つけがたい――というか、まったくベクトルが違う二つの姿を比較する方が愚かというものだろう。俺を抱きかかえるリーシアの姿は、誰が見てもそのまま見とれてしまうくらいに美しかった。
今思えば、階段を上った先に描かれていたのはこの姿のリーシアの肖像画だったわけだ。こんなに綺麗な女性をモチーフにしているんだから、あれほどの傑作が出来るのも納得の話だな。
「そう褒めそやすでない、照れるではないか。……そういうことは、全てが終わった後にすることじゃぞ?」
「……ああ、そういやそうだったな」
あまりにリーシアが綺麗なもんで忘れかけていたが、そういえば今は戦闘の真っただ中。俺たちを殺そうとした男は今も、リーシアが放った紅い茨に縛り付けられていた。
「――茶番劇は終わったか。それならば、さっさと俺の運命を確定させるといい」
「相変わらず回りくどい話し方してんな。『くっ、殺せ!』くらい言ってもいいんだぞ?」
もっとも、真っ黒な服に身を包んだ男がそれをする意味は全くないのだけども。だが、俺だって訳もなく軽口をたたいているわけではなかった。例えるならそれは停戦の証、これ以上の害意がない事を示すための旗印のようなものだ。それに日本の知識を持ちだしてしまったのは、少々どころではない失敗かもしれないけどな。事実男は困惑したような顔してるし。
「そんな懇願などさせずとも、俺の死亡は決まっているだろう。騎士として敗北を喫したのだ、ここでの死も受け入れることが定め――」
「はいストップ。その考え方から俺は物申したいんだよ、あたかもそこが前提ですって物言いするんじゃねえ」
男の言葉を手を叩くことで遮り、俺はそう切り出す。リーシアに抱えられながらという何とも情けない格好ではあったが、どうやら交渉のテーブルを作ることには成功したようだった。
「まず、俺たちの主張だけど――少なくとも俺は、お前を殺す必要はないと思ってる。というか、頼まれたって殺したくねえよ。リーシアも、説明すれば分かってくれるはずだ」
「ルカの考えならば、わらわにとっても聞かなければならぬものではあるが――こやつは、わらわたちを殺そうとしたのだぞ? 今後のことを考えるなら、殺しておくのが妥当というものではないか」
「ああ、そうだな。その考え方はある意味では正しいよ」
その思考は間違ってないし、こいつが危険人物なことに変わりはない。リーシアが常にフルパワーでいられるわけじゃない以上、それを警戒するのはなにも間違ったことではないんだ。
「――だけど、それでこいつを殺したら俺らもアイツらと同じになる。『いずれ厄介になるから』ってお前のことを封じ込めた、王国の奴と同じになっちまう。リーシアのことを苦しめたアイツらにやり返してやりたいって気持ちは、リーシアの中にも俺の中にもあるんだろうけどな」
レッテルを張り付け、俺やリーシアを隔離したのは確実にクソの所業だし、それに対して反旗を翻そうって行動自体はなにも間違っていないと思う。その思想は尊重されるべきだし、俺にだって共感できる部分はあるのだ。そうやって俺たちに孤独を押し付けてきた奴に復讐したいって気持ちだって、完全にないと言いきったらそれは嘘になってしまうからな。
「……だけど、殺しちゃダメだ。殺せば殺すほど、俺たちの目指す平穏な生活は遠のいていく」
「それ、は……」
「勿論、反撃するなって言ってるわけじゃないさ。だけど、あくまで俺たちは降りかかってきた火の粉を払おうとするだけでいい。そう思わねえか、リーシア?」
俺の問いかけに、リーシアは視線を泳がせている。今までの価値観と俺の価値観とが、今リーシアの中で天秤にかけられているのだろう。
最終的に生殺与奪の権を握っているのはリーシアなわけだし、どちらの選択をしても俺はそれを尊重するつもりだ。……だけど、選択肢に気が付かないまま殺そうとするのだけは、止めなければならなかった。それは、表向きには穏便な世界で生きて来た俺の役目だ。
しばらく沈黙の時間が続いた後、男の腹に狙いを定めていた紅い茨が溶けるようにして消滅する。拘束状態は維持したまま、リーシアは俺の方へと改めて視線を向けた。
「……ルカの、言う通りじゃ。わらわたちはあくまで普通に生きる。この世界を、ただの二人として生きる。――その道のりに、人を殺めることがあってはならぬな」
「だろ? 俺が誰か人を殺すんだとしたら、その誰かがリーシアを殺した時だけだよ」
「おお、それは良い誓いじゃな。……ならば、わらわも人を殺めるのはその者がルカを殺めた時のみにするとしよう。――幸運なことに、そこな男はその条件に当たらぬ」
「……待て。お前たちは、俺の事をここで見逃すつもりか?」
俺とリーシアの合意の横で、男が信じられないというような叫びをあげる。一蹴回って悲痛にも思えるその叫びに、俺は肩を竦めた。
「そのつもりだよ。お前がいくら死にたがっても、お前はここでしばらく動けなくなっててもらう。―—リーシア、あの時みたいな転移はできるか?」
「ああ、おそらく今度は森を抜けることも可能なはずじゃ。それが終わるころには、貴様の拘束も解けているだろうよ」
「ふざけるな……! そのような慈悲をかけたとて、俺たちがお前たちを見逃すことは無い! ……お前たちは、世界をいずれ滅ぼす悪だ!」
「そう思うならどうぞご勝手に。俺たちは俺たちで、お前らみたいな火の粉を払いのけながら勝手に生きてくからさ」
無理にレッテルをはがすよりも、そうやって生きる方がよっぽど反撃としては傑作だろう。その道中で不通に近づけるのならば、それよりもいいことは無いけれど。
「――行こうぜ、こいつと話してるだけ時間の無駄だ」
「ああ、準備はできている。……行くぞ」
俺を抱えたままリーシアがくるりと振り返ると、そこには空間がねじれたような渦が出来ている。屋敷の外、そして森の外へと続いているのであろうそれに、リーシアは足を踏み入れて――
「じゃあな、イカれ漆黒野郎。……死ぬなよ?」
鬼の形相でこちらを睨んでいる男にそう声をかけたのを最後に、俺の視界が一気に白んだ。
次回、新展開突入です!最初の山場を乗り越えた二人はここからどう動いていくのか、そしてそれを取り巻く周囲はどんな反応を見せるのか! 楽しみにしていただけると嬉しいです!
――では、また次回お会いしましょう!




