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第十一話『誓い』

「名前……ね」


 なんというか、場違いな質問だ。それはもっと早くに、何なら共犯者として踏み出す前に教えておくべき情報で。……仮にリーシアに名前を呼べない事情があったんだとしても、教えておくだけ教えておいても良かっただろうに。


 だけど、それに関しての不快感はない。あまりにタイミングを外した――少なくとも二人ともが死にかけている時にするべきではないその質問を、俺は不思議なくらい穏やかに受け入れていた。


「瑠佳。……篠原、瑠佳だ」


「そうか。……いい、響きだ」


 はっきりと、一音一音を噛みしめるように俺は答えを返す。その名前を呼び返すことはしなかったが、リーシアの口元には柔らかい笑みが浮かんでいた。


「……先ほど、わらわには名前を呼べぬ、呼ばせてもならぬ事情があるといったな」


「……そうだな。だから、呼ぶのに少しばかり苦労させられた」


 あんな大ピンチの時ですら、名前で呼ぶのをためらってしまったくらいだからな。それくらいあの時のリーシアの表情は真剣で、名前ってものが持つ意味の大きさを察するには十分すぎた。


「……わらわは、吸血鬼じゃ。今更、隠しても仕方がないだろうがな」


「そういえば、正式に名乗ってはいなかったっけ……。翼生やしたり蝙蝠の視界借りたり、やることがそれっぽ過ぎたからもう名乗ってるもんだと」


 というか、隠してたつもりなのか。……なんだか、可愛らしかった。


「……なんだその眼は。不孫じゃぞ?」


「ああ、悪い悪い。ちょっとばかり吸血鬼ってものには知識があってさ、それにばっちり当てはまるもんだから俺の中で勝手に確定してたんだよ」


 何か言いたげなリーシアの視線から逃れるように、俺は言葉を積み重ねる。ここに来て不興を買ってしまったかと焦る俺に、リーシアは口元を覆った。


「ふふ、冗談じゃ。今更、その程度で怒りはせぬ。……わらわも、覚悟が決まったからな」


「最後の手段、ってやつのか」


「ああ、そうなるな。……と言っても、あと必要なのはお主の決断だけじゃが」


「俺の決断、ね……?」


 意味深なその言葉に、俺は小さく首を傾ける。それだけで俺の意志は伝わったのか、リーシアは続けた。


「吸血鬼のことに詳しいとはいえ、契約のことは知らなんだか。……吸血鬼とは、本来一人で生きるものではない。眷属を従え、それらを使役することが、吸血鬼の力を高めることになる。……わらわの力が弱まってしまったのは、全ての眷属に置いて行かれてしまったからなのだろうな」


「五百年って年月がそうさせた、ってわけか。……ひでえ話だ」


 予言とか言う眉唾物のレッテルを張られて孤立していき、眷属もリーシアのことを置いて行って。……それほどに悲しい事が、この世にあるだろうか。誰にも理解されないまま一人で生きていくなんて、簡単に背負える宿命じゃないのに。


「ああ、悲しい話じゃ。……現に今、わらわは一度権能を使うだけで息も絶え絶えになってしまうほどだからな。いくら起き抜けとはいえ、アレは予想外だった」


 計算ミスというやつじゃな、とリーシアは笑う。その声色に悲壮感はなくて、俺が思っていたより何倍も爽やかだ。……それが何故か、俺には大体予想がついていた。


「……なら、俺がお前の眷属になればその問題は解決するか。お前の力の源になれれば、お前が苦しむことは――」


「……いや、それだけでは足りぬ。わらわもお主も今際の際じゃ。生半可な眷属一人では、わらわの消耗を止めることも、お主の命をつなぎとめることもできぬよ」


「じゃあ、どうすれば……! どうすれば、お前を救えるんだ⁉」


 からからと笑うリーシアに、俺は必死に声を張り上げる。背中の傷が痛みを告げていたが、そんなものはどうでもよかった。……今は、リーシアの命を救うことが最優先だ。


「さて、ここでお主の覚悟を問う必要が出てくるわけじゃな。……わらわとお主が助かるには、特別な契約がいる故」


「特別な、契約……?」


「ああ。眷属というのは、血によって刻まれた契約にのみ従う者じゃ。吸血鬼もおれば人間もおった。契約に逆らえば制裁が待つ、一方的な支配と言ってもいいか。……しかし、今の状況でそれは結べん。わらわの力が弱すぎるし――お主を、そのように縛ろうとは思えんからな」


 その言葉に、俺は内心理解する。奴隷契約を少し緩く、そして吸血鬼チックに書き換えた物が眷属という立場であり、それを定義する契約なのだろう。……それをリーシアがしたくないと思ってくれていることは少し――いや、かなり嬉しかった。


「……じゃあ、お前が言う契約っていうのは――」


「一方的に縛るのではなく、お互いがお互いを双方向に縛る。……しかし、それは契約によってなる者ではない。……その場合の両者を縛るのは、『誓い』じゃ。魂に結びつけられた、己の存在をかけた誓約で、二人は縛られることになる」


「……それを、俺と交わそうってことか」


「ああ。これは吸血鬼の間に伝わる契約の方法でな、過去にも少ししか例がないほどに希少なものだ。……そして、それ故に問題がある」


 その問題というのが、リーシアの言っていた決断にもつながって来るのだろう。俺を見つめるリーシアの表情が、何かを怖がるようにこわばっていた。


「……この誓いを終えた時、お主は人間ではなくなっておるじゃろう。わらわと同じ人ならざる者―—吸血鬼に、お主の体質は著しく近くなる。……それは、誓いよりもお主の人生を縛るものになるやもしれぬ」


「……」


 その説明を、俺は黙って聞いている。続きを促されていると分かったのか、リーシアは俺にもう一歩だけ近寄った。


「わらわと契約しようとしまいと、人間としてのお主はここまでだ。お主に、劇的な変化が訪れることになるのは間違いない。だから、それを拒むというなら、わらわは――」


「……拒まねえよ」


 不安げなリーシアの言葉を遮って、俺はそう答える。……というか、答えなんて最初から決まっているようなものだった。


「吸血鬼になる? いいじゃねえか、お前と同じところに並べるならこれほどうれしい事もねえよ。それに、何もしなかったらこのまま終わるだけだしな」


「それは、そう、じゃが……」


 俺の返答がはっきりしていたことが予想外なのか、リーシアは困ったように視線をさまよわせる。今度は、俺がリーシアの迷いを断ち切る番だった。


「……俺たちは、二人で宿命を書き換えるんだろ? ……なら、ここで別れるなんて有り得ねえ。城を出たあの時から、誓いなんて始まってるようなもんだ。先に一人で死んだりできねえし、お前のことも死なせねえ。ここからは、二人一緒だ」


「……ッ‼」


 その言葉が何かを呼び覚ましたのか、リーシアの目に大粒の涙があふれる。俺を見つめるリーシアの視線は、とてもとても暖かかった。


「……苦労、するぞ?」


「ああ、上等だ」


「……絶望、するやもしれぬぞ?」


「お前と一緒にいられるんだ。絶望なんて有り得ないな」


「……世界から狙われる怪物、じゃぞ?」


「誰だそんなレッテル張った奴。見つけ出してぶっ飛ばしてやる」


 リーシアはこんなに可愛いのに、どうしてそんな仕打ちが出来たんだか。不思議で仕方ないし、ぶん殴ってやりたくて仕方がない。……最初から、きっと俺はリーシアに惚れていたんだ。


「……ならば、誓うか?」


「一応確認するけど、何をだ?」


 いじわるかもしれないけど、そこはちゃんと言ってほしい。俺たちのこれからを定義する、大切な誓いになるんだからな。


 俺のその意志をリーシアも理解してくれたのか、さまよっていた視線が確かに俺の眼を捉える。……真っ赤のその瞳は、とてもとても綺麗だった。


「……わらわの隣で、絶えず共に歩くことを誓うか?」


「もちろん。……お前が、それを望んでくれている限りはな。―—リーシア」


 問いかけに誓いを返して、俺は大切な人の名前を呼ぶ。助かってほしい人の、これからずっと隣で歩いていく人の名前を、初めて噛み締める。……いい、響きだった。


 それに呼応するかのように、リーシアの体が震えだす。こぼれだす涙をぬぐいながらも、リーシアの視線は決して俺から離れない。そして、今まで見た中で一番柔らかな、きれいな笑顔を浮かべて――


「……交渉成立、じゃな。―—ルカ」


「ああ。これからは、一緒だ」


 辛い時も、大変な時も。嬉しい事も悲しい事も、全部二人で背負っていこう。……もう、レッテルのせいで独りになんてならなくていいんだから。


 そのやりとりを最後に、俺の首筋に小さな牙が突き立てられる。その牙が深く食い込んでいくとともに、『人間』としての俺は終わっていって。―—『吸血鬼』としての俺の始まりを迎えるために、俺の意識は暗転した。

ということで、書きたいシーンの一つ目が書けました! 二人の誓い、しかと見届けていただけたでしょうか。皆様の心にも刻まれるようなシーンを目指して全力で書き上げましたので、ぜひぜひ堪能していただけると幸いです。もちろん次回からもフルスロットルですので、そちらもぜひお楽しみに!

――では、また次回お会いいたしましょう!

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