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第十話『質問を一つ』

「が、あああああっ……!」


 痛い。歯を食いしばって、心を決めて庇ったはずなのに、その覚悟がすぐに砕けそうになるくらいに痛い。痛みというものを、死が近づくということを舐めすぎていた。

 

 俺の背中に無数にできたであろう矢傷は、その一つ一つが決してさぼることなく痛みを、熱を主張し続けている。リーシアを狩るための特別な魔力でも込めているのか、体の内側も焼けるように痛かった。


「命中した瞬間中で鏃が弾ける仕組みだ、見た目よりもその傷は大きい。……お前が連れてきた肉壁も、もう使い物にはならぬようだな」


 焼けつく思考の中で、男がご丁寧に種明かしをしてくれているのがかろうじて理解できる。つまりは、俺の内側も外側も傷ついたってことだ。見た目以上に、俺は致命傷を負っているようだった。


「肉壁、などと……‼」


 男の物言いに、ここまで冷静を保ってきたはずのリーシアが激高したような声を上げる。それが狙いだなんてリーシアが分かっていないはずもないのに、彼女はその感情を制御できていないようだった。


「だめ、だ……頼むから、冷静に……」


「怪我人は黙っておれ! わらわは、目の前の屑と話を付けなければならん‼」


「自分の凶悪性を棚に上げて屑呼ばわりとは、ずいぶんと図太くなったものだ。肉壁を奪われたのがそんなに憎いか?」


「ああ、憎いさ! 人の心のみならず何物をも解せぬ、貴様が憎くて仕方がないッ‼」


 俺の静止も聞かず、リーシアはその感情をさらに高ぶらせていく。それだけ、俺の事を大事に思ってくれているのだろうか。……だとしたら、嬉しかった。


 一回目の死は、きっと誰も看取ってくれなかった。多分惜しんでもくれなかったし、涙を流してくれる人もいなかったと思う。……今はこうやって怒って、涙を流してくれる人がいる。十分じゃないか、それだけで。……それ以上は、きっと高望みってやつだ。


 だから――


「……俺を捨てて、早く逃げろ……」


「馬鹿なことを言うな! ……わらわとお主は、一蓮托生だと言っておろうがッ‼」


「一蓮托生、良い言葉だな。……なら、お前もろとも同じ所へ送ってやろう。せいぜい、そこで穏やかに暮らすといい」


 俺の言葉をはねつけるリーシアの主張に同感の意を示して、男はゆっくりと剣を抜く。あれが振るわれれば、俺もろともリーシアもやられてしまうだろう。圧倒的な暴力の前では、俺は何の役にも立てない。


「……終わりだ、怪物」


 短く別れの挨拶を呟いて、男は剣を構える。今まで巨木を軽々と切り裂いてきた一撃が、今度は俺たちの息の根を止めようと迫ってくる。今度こそ、終わりが来る。最早逃れられないその運命に、俺は強く目を瞑って――


「―—『歪め』ッ‼」


 リーシアの声が響いた次の瞬間、来るべきはずの一撃が来ない。それどころか、剣が空を切った音すらも耳に入ってこなかった。


 こりゃとうとう聴覚が死んだかと、俺はゆっくり目を開ける。……すると、直ぐ近くに無数の冷や汗を浮かべたリーシアの顔があった。


「おい、お前何して――」


「話は、後だ。……とりあえずは、中へ入らないと――」


 俺の疑問を遮るようにして、リーシアは目の前にある建造物を指さす。……それは、俺たちが少し前に飛び出してきた城そのものだった。アイツらに攻撃された時とは全く異なる周囲の景色に、俺はリーシアが起こした現象の正体を悟る。俺とリーシアは、空間転移をすることでこの窮地を一まず切り抜けることに成功していた。


「時の流れから、切り離された城―—」


「わらわの本拠地ならば、あやつらも突破するまでに時間がかかるはずだ。……待っていろ、直ぐに中に向かう」


 そう言うと、動けない俺を抱えてリーシアはゆっくりと立ち上がった。その足取りは震え、荒い拍動が接した肌を通じて伝わってくる。外傷がないから何とか歩けているだけで、ダメージで言えば俺とそう変わらないだろう。自分の足で歩けない状況が、憎らしくて仕方がない。


「……押せるか?」


「それくらい、だったら……」


 ドアの前で立ち止まったリーシアの問いに答えて、俺は最後の力を振り絞る。いくらか軽くなったような自分の体重を全て預けて押すと、俺の思いに応えるかのように城の扉はゆっくりと開いた。


「……これで、しばらくは……」


「ああ。……だが、このままだとわらわたちは死ぬ。二人とも、あの男の一撃の前に沈む以外の選択肢はないだろうよ」


 城の中に入った瞬間、俺の体は横倒しになって柔らかいカーペットの上に置かれる。それが終わったのを確認した直後、リーシアは腰が抜けたかのように床へと崩れ落ちた。


「……少々、無理して力を使う羽目になってしまった。これはわらわのミスだ。……お主が、気にかける必要はない」


「気にかけないわけ、ねえだろ……!お前、もしかして俺よりもひどい状況なんじゃねえだろうな⁉」


 弱々しいリーシアの姿を振り払いたくて、俺は必死に声を荒げる。俺も救おうとした結果二人して共倒れなんて、そんな結末だけは認めたくなかった。


「大丈夫、だ。わらわの問題には、明確な解決策がある。……少々、お主に酷な選択を迫ることになってしまうが――」


「そんな御託は、どうだっていい! 俺の選択でお前が生きるのなら、俺はその手を尽くすだけだ!」


 視界が紅く染まるのも構わず、俺はリーシアに向かってあらん限りの声量で叫ぶ。それがリーシアからしたら意外だったのか、こんな状況に見合わないくらい、ふんわりとした笑みを浮かべて――


「……そうか。わらわは、どうやらお主の覚悟を甘く見ていたらしい」


 ゆっくりと、膝立ちのような状態でリーシアがこちらに近寄って来る。少し進むごとに息を切らしながらも、その歩みが止まることは無かった。


「……わらわたちがこの窮地を脱する可能性が、一つだけある。お主の意志に、そしてわらわの意思に従い、わらわはお主に一つ質問を投げかけるとしよう」


「質問、か。……この際だ、何でも来い」


 俺の耳に口を寄せ、かすれるような口調でリーシアはそう切り出す。それに俺がゆっくりと歓迎の意を示すと、リーシアは小さく、しかし確かに笑って――


「―—わらわの名は、リーシア=ベルカザーク=シュミット。……お主の名は、何という?」


――そう、問いかけたのだった。

ということで、ここから物語は大きく動き出します! 果たして二人はこの窮地を脱することが出来るのか、そしてリーシアの質問の意図とはいかに! ぜひお楽しみにしていただけると幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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