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「な、なんだ……?」
目の前でマルクルスが何事かと声を上げる。
今、マルクルスの手が肩に伸びていて、ジュリエットは合図を出す為に片手を上げている。
客観的に見るとマルクルスに襲われそうになっていて、反撃しようとしているように見えるだろう。
そんな二人の姿を見たベルジェが思いきり目を見開いた。
此方に素早く近付いてきた瞬間……。
「ぐっ…………!!」
マルクルスが後ろに吹っ飛んでいくのが見えた。
それにはアイカと共に目を剥いた。
ベルジェの華麗な回し蹴りで、マルクルスが壁に叩きつけられて体がしなる。
「…………!」
「大丈夫か!ジュリエット嬢……!すまないっ、俺が目を離したばっかりにッ!!」
そんな言葉と共に、ベルジェに抱き締められている事に気付く。
先程まで笑みを浮かべて完璧王子と呼ばれていた彼が、今はこんなにも焦っている。
きっと一生懸命、探してくれたのだろう。
そう考えただけで、嬉しくて胸が締め付けられるような思いがした。
ベルジェの腕の中で安心感にホッと息を吐き出した。
やはり『大丈夫』だと分かっていても、こんな状態のマルクルスと対峙するのは怖かったのだ。
ベルジェの背に手を回して、しがみ付くように胸に顔を寄せた。
(ベルジェ殿下は、いつも私を助けてくれる……)
マルクルスと言い争って逃げていた時もそうだった。
騒ぎを聞きつけて次々と人が集まってくる。
「無事で良かった……」
「ベルジェ殿下、あの!!ひゃ……!?」
ベルジェにマルクルスから離すように軽々と体を抱え上げられて、落ちないように急いで首に手を回す。
彼は必死なのだろうが、男らしい彼の一面に驚いていた。
そんな時、人混みを掻き分けながら現れたモイセスとルビー、リロイとキャロライン。
リロイは「あーあ」と言いながら額を押さえている。
どうやら作戦は見事に失敗してしまったようだ。
リロイの合図で部屋に隠れていた騎士達が姿を現す。
「これはバーズ家の……まさかリロイが!?」
「……騒ぎにならないように、動きたかったんだけどねぇ」
「ッ、ジュリエット嬢を危険に合わせるなど、許されることではないぞ!?」
「ベルジェ殿下!リロイ様は悪くないわ……!」
明らかに声に怒りを孕んでいるベルジェと、苦笑いを浮かべながら肩をすくめるリロイを庇うように慌てて声を上げた。
作戦を知らないベルジェは、ジュリエットを囮に使ったと思っているのだろう。
「本当か……?ジュリエット嬢」
「はい!リロイ様は私を守ろうと精一杯、動いて下さいました」
「…………。分かった、疑ってすまない。リロイ」
「いや……でも問題はまだ残っているかもね」
リロイの視線はアイカの方へと向かう。
そしてアイカを睨みつけたベルジェは、咎めるように口を開いた。
アイカはベルジェの表情に大きく目を見開いた後に肩を揺らした。
「このタイミングで俺の前に現れて、ジュリエット嬢を悪く言うという事は…………君も一枚噛んでいるのか?」
「……ッ、あり得ませんわ!わたくしは只、ベルジェ殿下の力になろうと」
「ルビー嬢やジュリエット嬢とも仲が良く、キャロラインの一番の友人だというから今まで問わなかったが…………何故、毎回彼女達を咎めるような事をわざわざ言うのだ?」
「ち、違います!わたくしはそんな事は皆の為を思って……」
「……本当はずっと分かっていた」
「えぇ、そうね。ルビーの言う通りだわ」
ルビーとキャロラインがアイカの言葉を遮るように声を上げるとアイカはホッと胸を撫で下ろした。
「あぁ、ルビー!キャロライン王女殿下……!わたくしはずっと貴女達の味方だったと、ベルジェ殿下に説明して頂戴!!」
ニヤリと笑ったアイカの顔を真っ直ぐ見つめていた。
しかしここで彼女が思っているような展開にならない事だけは確かだ。
キャロラインとルビーが此方を守るように前に立つ。
「アイカ様、わたくし達はずっと貴女を信頼していたわ」
「は…………?」
「目が覚めた今ならハッキリと分かる……あんなの親切でも何でもないって」
「えぇ……他の令嬢達が教えてくれたの。アイカ様がわたくし達の事をなんて言っていたのか」
「ーーー!?」
「アイカ……貴女は、わたくしを救ってくれたジュリエットと真逆だわ」
「そう。ジュリエットは、わたくし達を幸せに導いてくれた。でもアイカ様は……」
「な、なにを……」




