③⓪
二人が気合いを入れている頃ーーー。
「平和ですね……」
「……平和だな」
ジュリエットとモイセスは、いつもの場所に座りながら、まったりとハーブティーを啜っていた。
カイネラ子爵家は様々な茶葉を卸して商いもしている。
邸には色々な茶葉があって、毎日美味しいお茶を飲む事が出来る為、楽しんで毎日を過ごしていた。
「……ん?口の中がスースーするな」
「フフッ!ミントティーですよ」
「ミント……?どおりで」
「気に入りましたか?」
「あぁ、以前の酸っぱいお茶よりはマシだな」
「ローズヒップティーは女性に人気ですよ?」
「…………私は二度とゴメンだ」
「あははっ……!」
「私にこんな事を言って笑っているのはジュリエット嬢だけだぞ?」
「そうなのですか?」
「あぁ……」
そう言ってモイセスは優雅な仕草で紅茶を持ち上げた。
ジュリエットの記憶にはあるが、ベルジェ程ではないが、彼は注目を浴びているようだ。
バーズ公爵家の嫡男であり、剣の腕も確かで端正な容姿をしていれば目を引くことだろう。
見た目とのギャップも凄いので、余計に面白いと感じるのかもしれない。
「そういえばジュリエット嬢は随分と雰囲気が変わったな」
「そうですか?」
「ああ……以前よりも柔らかくなったというか」
「あの時、大切な事を思い出したような気がするんです。目が覚めたというか……」
「あんな目にあったのにか……?」
「え……?」
「愛する人に、裏切られたのだろう?」
いつもとは違い、声に悲しみが混じった気がしてモイセスの方に視線を向けた。
真剣な顔を見て、此方を心配してくれているのだと思った。
ジュリエットはマルクルスに裏切られた怒りや悲しみ、そして今までの我慢を爆発させるように全てルビーへとぶつけた。
そんな彼女の気持ちは分からなくはないし、現実を上手く受け入れられずに感情を爆発させた事は誰しも経験した事があるだろう。
だけど邪魔だからといって傷付けていい訳じゃない。
マルクルスのように人の気持ちを踏み躙り、利用していい訳でもない。
それに見方をくるりと変えてルビーの立場になってみると、また変わってくるような気がした。
ルビーは嫌がらせや自慢をしようとジュリエットに近付いていたのではない。
最近、よくルビーと話していて分かる事だが、彼女はとても謙虚で周りをいつも気遣っている。
そしていつもジュリエットの事を心配している事を考えれば、ルビーは単純に妹を守りたかったのではないのか?
今回のような事が起こらないように……。
結果的に彼女のやり方とジュリエットの気持ちは噛み合わなかったのかもしれないが、ルビーはジュリエットを思い、必死に動いていたのだろう。
「……確かに。利用されて、嘘をつかれて、裏切られましたけど、言いたい事を言えてスッキリしました。それでもういいんです」
「…………」
「誰かを恨んだり憎んだりすることは簡単に出来てしまうけれど、許すことは……許せるようになるまでは本当に難しいんですよね」
自分も姉と喧嘩ばかりしていたが、そんな時、母から言われていた言葉があった。
『相手の立場になって考えてご覧。そうすればまた違って見えるから』
その言葉を聞いて最初は全く意味が分からなかったし、その時は「絶対に相手が悪い」「なんで私の事を理解してくれないの?」と考えていた。
そんな最中、姉に冷蔵庫のプリンを食べられた事があった。
そのプリンを本当に楽しみにしていたのに「あ、食べちゃった」と平然と言われて、今までの恨みと重なり怒りから腕に思いきり噛み付いた。
殴り合いの喧嘩になったけれど、きちんと訳を聞いて自分のプリンだった事とその時の気持ちを伝えていれば、こうはならなかっただろう。
そんな事情をすっ飛ばして噛み付いたのは、「悲しい」「憎い」という気持ちを上手く言葉に出来なかったのと、思う通りにならない現実が受け入れなかった。
そして姉に対しての怒りや腹立たしくて堪らないという気持ちを、どうにか吐き出したかったからだ。
しかし食べ物の恨みは恐ろしいというもので、一週間は口を利かなかった。
大人になった今では良い思い出だ。
「プリンを失っても、奪われても……前に進んでいきたい。そう思ったんです」
「プ、リン……?」
「失敗や悔しさから学べる事も多いと、そう言いたかっただけです」
「…………そうか」




