魔物と旅人12: 恋する魔物
あまりこの辺では見かけない黒い魔物が枝に止まっていた。
特に悪さするような感じでもなかったので、ちょっと声をかけてみた。
「あんた、どこから来たのさ」
「トオク」
そう言った魔物は、麦が刈られている畑を見ていた。
「あんたも麦狙い? 人間が切った後の畑はよく実が落ちてるし、虫もいるし、狙い目だからね」
「きゅ?」
「ああ、そろそろ人間どもが休憩に入るよ。さあ、行くよ!」
一足先に、仲間と一緒に刈り終えて地面が見える畑に降りた。できるだけ人間から離れたところを選ぶ。
さっきの黒い魔物は、まだ枝のところにいた。
何だ、飛べないのか。
そう思っていたら、ひらり、と枝から足を離した。
飛ぶと言うにはひどく不格好だったけど、ヨタつきながらも、風を受けて、四角い形になって滑降してる。
あららら、どっちに行ってるんだか。
あれは人間の方じゃないか!
捕まったら大変なのに。
そう思っていたら、なんと人間の肩にとまった。
何だ、飼われもんか。
道理で落ち穂になんか目が行かないわけだ。
こっちは食べられるうちにいっぱい食べとかないと。
この季節は畑巡りで忙しいんだ。
魔物は肩に乗せてもらっている人間から、みずみずしい果物を分けてもらっていた。
あーん、と大きな口を開けて、食べやすい大きさになった実を口に入れてもらい、おいしそうに食べている。それを与える人間も、なんとまあだらしない顔をしていることか。
仲間の何匹かが、束ねている穂の方に行ってついばみ始めると、
「こらーー!!」
と人間が走ってきて、棒を振り回してきた。
慌てて飛び去り、まあ、人間なんかにとっ捕まるような間抜けな者はいないけど、あの束にした奴にはたっぷり実がついているのに、人間の守りが厳しい。
何日かすると、あれも持って行ってしまうんだ。
全く、人間は強欲でいやだいやだ。
人間が再び麦刈りの仕事に戻る。
あの魔物は、人間にさっきいた木の近くまで運んでもらうと、ゆっくりとふわふわと浮かびながら、同じ枝に戻っていった。
ちりぢりに飛んだ仲間が戻ってくるまで、少し時間がある。
ちょっと気になって、あの枝に飛んでいった。
「きゅ?」
隣にとまったけど、黒い魔物は大して警戒していなかった。
さっきもちょっともしゃべったしね。
「タベル?」
そう言って、手に持っていた小さな実を半分くれた。
「いただくわ」
なかなかおいしい木の実。
「人間にもらったの?」
「ジブン トッタ」
一応自分でもとるのね。
「あの人間に飼われてるの?」
「カワレル?」
あまり頭のいい魔物じゃないのね。飼うって言葉も知らないなんて。
「人間の世話になって、食わせてもらってんのかってことよ」
「ソウ」
飼われていることにも気がついていない魔物は、嬉しそうにしている。
「ここから何見てんの?」
「ヒト アノヒト」
さっきの飼い主を見ていた。忠実な飼われものってことか。
「ウゴク カッコイイ」
「働き者がカッコイイのは、私らも同じだわ」
「イツモ ヤサシイ」
「まあ、荒っぽい奴より、優しい方がいいわね」
「トテモ ツヨイ」
「強さは大事よ! そこはポイント高いわ。羽の力だって、キック力だって、くちばしだって。たくさん食べ物をとれる方がいいに決まってるもの」
「チカク イル ウレシイ」
「うーん、そうね…。近くにいるだけでウザいような奴はお断りね。巣は狭いし」
「イッショ トキドキ ドキドキ」
「同じ巣に入るなら…ドキドキするようなのがいいわね」
あらやだ。
「あんた、人間に恋してるの?」
「コイ?」
「ばかねー。人間に恋したところで、実るわけないじゃない。向こうは一緒にいてもいつか食べようと思ってるかも知れないのよ。人間に食わせてもらって、気がついたら夕食になってた友達だっているんだから」
「きゅ!」
魔物がビクッと身構えた。
しばらくして、今度はこっちに聞いてきた。
「スキ …イル?」
「私? …今は、いないけど…。できれば、ずっと一緒にいたいと思えるような素敵なトリに会いたいわ。私たちは一度つがいになると、ずっとパートナーを変えないのよ」
別に高望みしているとは思わないんだけど…。まだパートナーがいないのよねー。
好きな人との卵を、交代で抱きたいわ。時々交代前にちょっとだけ並んで巣で寄り添ったりなんかして…
「ズット イッショ、 ステキ」
魔物の目がキラキラしてる。
…乙女ね。
「あの人間とは長いの?」
「ズット イッショ。 タビ マエ カラ…。 イツ… ワカラナイ」
「ずっと好きなんだ」
目を伏せて、こく、こく、と、二度頷いた。
「捕まってから、ずっと?」
「ツカマラナイ ツカマエタ」
なんと!
「どういうこと? 人間に飼われてるんじゃないの? 人間を飼ってるの? なになに?」
今まで聞いたこともない展開にわくわくしていたところに
「おーい、そろそろ次の畑行くよー!」
と、仲間が声をかけてきた。
もう、いいところなのに!
「私、行かなきゃ。あんたも気をつけて。人間と仲良くね!」
「キオツケテ バイバイ!」
魔物は小さな手を振って応えた。
ちょっと変わった魔物だったけど、なかなか楽しい話だったわ。
あの魔物が人間にだまされて、夕食にならないことを願って。