凄腕の殺し屋、月曜日を暗殺します
「月曜日を暗殺してくださらない?」
殺し屋を家業としている私のところに、妙な客が来た。
見たところ、三十代から四十代くらいの女だ。上品な身のこなしと話し方だが、その目は、追い詰められた者特有の妖しげな光を帯びていた。
しかし、そんな見た目よりも、私は彼女の発言の方に気を取られていた。
「月曜日と言いますと……」
「あら、ご存じありません? 一週間の二番目の日のことですわ」
女は当然のように言い放つ。
「わたくし、月曜日のことが憎くて憎くて仕方ありませんの。ずっと、あんなものはなくなってしまえばいいのに、と思っていましたのよ。そんな時に、あなたの噂を耳にしたのですわ。何でも、狙った獲物は逃がさない、凄腕の殺し屋だとか……」
確かに女の言う通りだった。この商売を続けてもう長いが、私は一度も仕事をし損なったことがなかった。
お陰で裏社会では、私の名を知らない者はいないと言えるほどだ。しかし、こんな依頼は初めてである。
ひょっとするとこの女、頭が少し弱いのではないだろうか。それか、退屈しのぎに私をからかっているのかもしれない。
そんな風に考え始める私を余所に、女は真剣な顔で続ける。
「ね? 引き受けてくださるでしょう?」
女の目からは熱意がほとばしっていた。どう見ても正気な人間の顔つきだ。こちらを馬鹿にしているような雰囲気でもなく、私は困惑する。
「報酬のことなら心配しないでくださいね」
私の戸惑いを勘違いしたのか、女は持っていたハンドバッグを開けた。
「こちら、前払いでお支払いいたしますわ。もちろん、成功の暁には、追加分を考えてもよろしいわよ」
女が差し出してきたのは、分厚い封筒だった。中を覗くと、高級自動車が何台か買えそうなほどの札束が詰まっている。
しかし、問題は金ではない。いくら積まれようが、こんな訳の分からない依頼からは降りるのが賢明な気がしてならなかった。
「……ダメかしら?」
私が札束を見てもまだ渋い顔をしているのが分かったのか、女が悲しそうに目を潤ませる。
「わたくし、昔から、あれのことが大嫌いだったのです」
女がハンドバッグからハンカチを出して、目元を拭う。
「あれが近づいてくるだけで憂鬱な気分になって……。前日の夜なんて、気分が沈んで、どうしようもなくなってしまいますの。きっと他の方々もそう感じていらっしゃいますわ。なのに、あれは平気な顔をしてやって来るのです」
女はハンカチを放り出し、私に縋り付かんばかりに懇願する。
「ねえ、あなただって、あれに嫌な思いをさせられたこと、一度くらいはおありになるでしょう? あれは悪の存在なのです。なくなってしまう方が、皆のためなのですわ」
「皆の……」
私は幼い頃の思い出を回想する。
そう……あれは、私がまだ学生の頃だった。いじめられっ子だった私は、学校に通うのが嫌でたまらなかったのだ。
そんな私にとって、週末は唯一の癒やしだった。しかし、その心安まる期間も終わってしまう。あの月曜日という悪魔がやって来るせいで。
起きるのが辛い朝。浮かんでくるいじめっ子の顔。トボトボと歩く通学路……。
月曜日が来なければ、と何度思ったか知れなかった。
「分かりました」
かつての記憶を辿り終わった私は、先ほどとは打って変わって、この仕事に対し、やる気をみなぎらせていた。辛い記憶が私の考えを変えたのだ。
「お引き受けいたしましょう。必ずや、月曜日を暗殺いたします」
その日から、私の月曜日殺しのための奮闘が始まった。
しかしながら、これは間違いなく、過去一番に難しい依頼だった。なにせ奴には実体がないのだ。銃も毒もナイフも効かない存在である。
そこで私が訪れたのは、ある大物政治家のところだった。昔、私が彼の政敵を暗殺して以来、付き合いのある人物である。
「……と言うわけです。何とかお力を貸していただけませんか?」
私は、奴がいかに害悪であるのかを力説した後、本題に入った。
「あなたのお力で、この国の一週間の在り方を変えて欲しいのです。月曜日をなくしましょう」
「よし、やってみますか」
最初は彼も困った顔をしていたが、どうやら月曜日に嫌な想いをさせられた記憶が蘇ったらしく、最終的には二つ返事で引き受けてくれた。
大物政治家は同志に声を掛け、ある政党を立ち上げた。その名も、『月曜日暗殺党』。公約に掲げるのはもちろん、一週間から月曜日をなくすことだった。
「月曜日を、月曜日をなくしましょう! 『月曜日暗殺党』を、どうぞよろしくお願いいたします!」
そんな街頭演説が、あちこちで聞こえるようになった。
「あの人は一体何を言っているんだ」
「月曜日を暗殺しましょう、だって。変なの」
「でも……本当に月曜日がなくなったら、嬉しいよな」
初めは大物政治家の奇行に皆が眉をひそめていた。
しかし、そのあまりに熱心な演説っぷりを見たり、月曜日への憎しみをかき立てるような言葉の数々を聞いたりする内に、人々の心は少しずつ動かされ始める。もとより、ほとんどの者は月曜日を憎んでいるのだから当たり前だ。
もちろん私だって、ただぼんやりしているだけではなかった。他の知り合いの政治家に声を掛け、有権者で動かせそうな者は動かし、着々と月曜日を暗殺する準備を固めていく。
そして、年月が流れ――。
「号外、号外だよ! 月曜日暗殺法、賛成多数で可決! これから先、一週間は、『日・日・火・水・木・金・土』になるよ!」
町で新聞を受け取った私は、満たされた思いがした。これで依頼達成だ。
女からの追加の報酬も手に入り、私の評判も上がる。全てが順調だった。
ことが起こったのは、それから一年ほど経った、ある日のことだった。
「あの、僕、どうしても許せない相手がいるんです」
今日のお客は青年だった。繊細な性格なのか、神経質そうに体を揺らしている。
「まあ、落ち着いて」
私は優しく声を掛けた。
「それで、あなたが私に暗殺してほしいのは、一体誰ですか?」
「か、火曜日です!」
私が本題に入るように促すなり、青年は身を乗り出した。
「僕、火曜日が大嫌いなんです! だってあいつが来ると、せっかくの三日の休みも終わっちゃうじゃないですか。だから僕、あいつが嫌で嫌で……」
夢中になって話す青年の声を聞きながら、私はふと考えた。もしかしたら私は、とんでもない循環を作り出してしまったのではないだろうか、と。




