5
結月を真っ直ぐ見つめる人たちは、それこそ街の住人たちと異なり、髪も金色や銀色だったりもしくはそれに近い色で、身なりもピシッとしていた。
王子がたくさん。
思わずその眩しさに目を細めてしまう程、まばゆい。
騎士に馬車に王子様に……と、実は御伽の世界にきていたのでは? と錯覚してしまう。
街の人たちは……、結月の見たことある人たちは皆、彼女と似た暗めの髪色をしているので、煌びやかな人種は見慣れない。
豪華なシャンデリアに沢山の蝋燭の火が灯り、広い部屋をこれでもかと明るく照らす。その作られた火が王子たちの輝きを更に輝かせている。
お日様の下なら、直視出来なくなっちゃうくらいなんだろうなぁ、と、ぼんやり考える。
そして、見目麗しい人種の視線を一斉に浴びていることに気付き、身体が一気に緊張する。
「…………」
その内のひとりが言葉を発した。
呼び出されたのだから何かアクションを起こすのは当然のことだろう。
「……」
だが、ここにいる少女には、ここの言語が一切通じない。
「……」
何だか嫌な間。
答えないといけないんだろうなぁ。
と、思うものの、何を投げ掛けられたのか、質問なのか、命令されているのか、それすらも分からない。
会話できないこと。
彼らはそれを承知の上で迎え入れたのではないのだろうか。
それを解決する術があって連れて来たのではないのか。
「……」
「……」
目の前で内緒話……というよりも、目の前の少女に通じないのだから、言葉を隠す必要もなく、6人が各々に内輪で話し始める。
居心地が悪い。
針のムシロに立たされているような感覚。
王子に、それを補佐する宰相や、大臣、もろもろお偉方は、何も考えなしに自分を呼んだのだろうか……と考えると頭が痛くなる。
それとも、これもあえての行動で、こちらの出方を見計らっているのだろうか。
それならばここにいるみんな性格が悪すぎる。
惹きつけられるかの様に初めに視線を真っ直ぐ向けてしまったものだから、それを逸らしてしまうのもなんだか面白くなく、結月は真っ向から彼らに立ち向かう意思を示す。
負けない。
喧嘩を売られているわけでもなかろうに、そんな姿勢になってしまうのは、騎士たちが街にやってきた時から不躾にも突き刺さる威圧的な視線だろうか。
もちろん、目の前の王子らしき人間たちからは、視線だけでなく、態度から感じる。
知らない世界に来てから、好奇の目で見られることには慣れてきたが、それは歌うことで多少発散出来てきた。そのストレスの持って行き場も失った今は、それもごちゃごちゃと絡まってか、連行されてからすこぶる機嫌が悪くなっていた。
「……」
「……」
目の前では通じない言葉で会話が続いているし、自分がいなくても話し合いが出来るのなら、帰ってもいいかしら……なんて思考に陥った時だった。
「……」
結月の入ってきた扉とは違う出入り口があったのか、部屋の隅から人影が現れる。
「……」
キラキラの1人が気軽に話し掛けながらその人物に触れようとその場から動いた。
が、適当にあしらわれながら避けられてしまう姿を見て、結月の肩に入っていた力が抜ける。
新たな人物は、自分の身を隠すかの如く、目深にフードを被っていた。
その陰に隠されているのを屈んで覗いてみたいが、その姿は未だ謎のまま。
と、思ったのもつかの間、並ぶ1人に何か言われたのか、面倒くさそうにフードをとる。
「……」
「……」
瞬間。
目が合った。
が、刹那逸らされてしまう。
一瞬だけ見えた、限りなく黒に近い深緑色の髪の毛に少し邪魔されて覗く金色の瞳。
目が離せないとは、この事を言うのだろうか。
目の前に並ぶ眩い人たちとは毛色が違うが、引き寄せられる。
笑顔を見せてくれているわけではなく、むしろその反対で気だるそうな感じ。
結月は、上辺だけの貼り付けた笑顔よりましか、と、最近の自分を思い、自嘲気味に笑う。
「……」
彼はキラキラと結月と、どっち側に付くでもなく、その場にひとり立ったまま。
すると、彼らの1人が側に寄ってきて、少女に視線を送りながら何かを話す。
「……」
そして軽く眉を寄せ結月を一瞥すると、ゆっくり近づいてきた。
「貴女の名前は?」
突然、知っている言葉で話しかけられて、頭が混乱する。
確かに自分に投げ掛けられた質問。
ずっと知らない言葉で、知らない場所に独りぼっちで身を置いていたので、会話のキャッチボールをする回路がすぐには繋がらない。
「……」
言葉が継げない少女の事を急かすでもなく、静かにじっと金の瞳に結月を映し、待ってくれている。
優しさなのだろうか、面倒くささなのだろうか、早くしろという苛立ちなのか、はたまた別の理由があるのか、判断がつかない。
優しさ……かな。
女としての直感が働くが、彼の眉間に皺を寄せたままの表情は変わらない。
でも、目の奥がなんだか柔らかい。
「結月……です」
歌う以外で初めて自分の言葉を話す。
声が裏返らなくてよかった。
安心する。
「結月?」
告げた名を呼ばれ、心臓がゾクっと、背中がゾワっと粟だった。
それは、ほんのり甘い声。
その声が続けて言葉を紡ぐ。
「何から話せばいいのか……」
ぽそっと漏れ出る思案する声。
「わたしも考えているところですが、貴女もきっと同じだと……。いや。それ以上に不安だったことでしょう」
結月の知っている、分かる言葉でゆっくりと話しかけられ、懐かしい久しぶりの会話のやり取りに、目に涙が滲む。
視界が眩しく揺れ、泣きたくないのに涙がこぼれそうになる。
ここで泣いちゃいけない。
結月は、クッと鼻に力を込める。
と、突然、目の隅に存在していた煌びやかな人たちが消えた。
黒い。
それが結月を隠す様に一歩進み出た目の前の男のマントの色だと理解したのもつかの間、少女と視線を合わせる為に、腰を折った彼と目が合う。
「いろいろ話すことはあるのですが、今は端的に言います」
「……」
「王子たちが、貴女と話したいそうです。結月、貴女もそうですか?」
結月は一瞬考える。
そりゃ、話せれば苦労しない。
意思疎通出来なかった今までは、明るく振る舞ってはいたが、とても苦労した。
「もちろん。話したいです」
答えはもちろん決まっている。
「そうですか」
金色の目で真っ直ぐ見つめられ、鼓動が早まる。
今、目の前の彼とこうして会話出来るのは何故だろう。
テンポよく進んでいく会話。
結月が突然この街の言葉を理解して、話せるようになったわけではなさそうで、なら、何故? と疑問符が浮かぶ。
「それには、身体の交わり……体液の交換が必要となりますが」
「……」
途端。
出ていた涙は引っ込んだ。
結月は単語の意味が分からず、口をつぐんでしまう。
身体の交わり。
体液の交換。
それが意味することとは。
理解したと同時に顔を赤くし、言葉を発せられなくなり、ただパクパクと口を動かす。
そして
「変態っっ」
と、言葉と手と同時に。
ーーパチン
渾身の平手打ちを左頬目掛けておみまいしてしまった。
後悔しても時すでに遅く。
ジンジン、ビリビリとする手の感覚が、その右手の痛みが人に手をあげてしまった罪悪感を助長する。
自分たちを取り巻く部屋の空気は重くなり、結月はしでかしてしまったことの気まずさに、金色の目から己のそれを逸らす。
素直に「ごめんなさい」と言えないのはセクハラ発言があったからか……。
結月が視線を外した瞬間、男の口の端が誰にも気付かれないくらい僅かに上がったことには気付かない。
そして、唯一言葉の通じる彼は、長いマントを翻し、王子たちに向き直ると、今度は結月に分からぬ言葉で何かを伝え始める。
「…………」
「……」
知らない言葉でのキャッチボールは結月の関与しないところでしばらく続けられている。
「……」
「…………」
「…………」
ただ立っているのにも疲れてきて、そのやり取りに少女が飽きてきた頃。
「さ。行きましょうか」
そう言ってフードの男は結月の腰を自らに引き寄せ、部屋を出る様誘導する。
「え?」
いいの?と次の言葉を発する間もなく、若干強引に連れて行かれる。
突然のことに、先程のセクハラ発言は頭の隅に追いやられ、結月は腰を抱かれたままキラキラの王子たちに顔を向け、頭を下げる。
「ちょっと。待って」
半ば連れ去られる形になり、自分を抱き寄せ続ける男を見上げた。
これからどこに行くのか。
何をするのか。
貴方は誰で、何故言葉を交わせるのか。
これからどうなるのか。
それを伝えたくて、でもまだ聞けなくて、じっとその吸い込まれそうな瞳を見つめる。
左の頬は先程の平手打ちされ、赤くなったまま。いたたまれなくなって、結月はそこは見ないふりをしてしまう。
男は結月を見るでもなく無表情のまま。
ただ、一言だけ。
部屋を出る扉の前で立ち止まり、告げた。
「僕の名前はアドルフと言います」