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 お尻が痛い。


 馬車に揺られて、どの位の時間が経ったのだろう。


 初めて間近に見る乗り物に、テンションの上がった結月だったが、乗ってみると想像以上に苦痛だった。

 舗装されている道ではないので、ガタガタ振動が伝わるし、馬の不規則な歩調で頭がグラグラ落ち着かない。

 お姫様が優雅に揺れているイメージからは程遠く、パンツを脱いだら赤く腫れているんじゃないか、と、心配になるほど、クッション性がない。

 まだ向かう道程なのに、帰りのことを思うと憂鬱で仕方がない。


 何か気を逸らさないと車酔い……ならぬ、馬車酔いしてしまう。


 結月は目を瞑り、まだ名前も知らなかったパン屋の夫妻を頭に浮かべる。


 こんなことになるなら、呼べる名前を覚えておくべきだった。聞いておくべきだった。

 奥さんは、別れる時に結月を抱きしめ返してくれ、騎士たちを一瞥し何か告げると、少女の肩を抱いて彼らの後に一緒に着いてきてくれた。

 心配そうに見つめる奥さんに頭をしっかり下げると、結月は促されるまま、乗り込んだ。

 騎士は五人おり、四人は各々の馬に、そして一人は彼女の横に座る。特に話すことも話せる話題もない為、沈黙は苦痛にはならなかった。

 時折、自分を盗み見る視線を感じる。

 男の方は何か聞き出したくとも、結月は何も話したくない、という空気を醸し出しているので、それさえもできない。


 何とも言えない緊張感が一方的に流れる中、前触れもなく馬車は止まった。


 しばらくの後、外から扉が開けられると、隣の騎士が降り、続いて結月が腰を上げると、彼に手を差し出される。

 が、そういったエスコートに慣れていない少女は、思わず止まってしまう。

 すると、一度降りた騎士がわざわざ身をかがめ、車内に留まる彼女の手を自ら取り、段差を丁寧に誘導してくれる。

 これはまるでお姫様みたい。と、女の子なら誰でも夢見るシチュエーションに、結月は顔を赤らめ、自分でも気付かぬうちに「ありがとう」と相手に伝わらない言葉でお礼を口にしてしまっていた。

 結月に礼を言われた彼は、にっこり微笑み返し、違う騎士に着いて行くよう、視線と仕草で誘導すると、自らもその後ろに付き従う。


 そして結月は見上げた。


 大きく聳え立つお城を。

 

 街からは可愛らしく姿を見せていたその全貌を。


 取り囲む様に建てられた鳥籠の様な城壁。


 一歩踏み込むと、庭師によって美しく造られた木々に、季節の花々。


 騎士に囲まれて歩いている為、狭い視界からしか覗けないが、とんでもない場所に連れてこられたのだということは理解できる。

 彼らは速度を女性に合わせながら、迷うことなく歩みを進める。

 階段を登り、廊下を歩く。

 視界の隅を横切っていくのは、華美な壺や絵画や彫刻品。

 内装も嫌味のない程に彩られている方だとは思うが、芸が細かい。


 どれ程歩いたのか。

 気付くと結月の前の二人が歩みを止め、一瞬彼女に視線をやり、また真っ直ぐ前を見据える。

「…………」

 そして、誰かが通る声で何かを告げた後、左右の大きな扉が開く。


 と同時に、前二人が各々左右に避け視界が急に開ける。

 前立ちの居なくなった結月は、どうすればいいのか思案する。背後に気配がする、と振り返ろうとした瞬間、さっきまで馬車に同乗してくれていた騎士が、いやらしさを感じさせない優雅な手つきで腰に手を回し、前へ行くようさり気なく促す。


 彼女はそっと左後ろに視線を向け、今度は「ありがとうございます」の意思を込め無言のまま頭を下げ、ひとりで一歩踏み出した。


 一歩。


 一歩。


 この先に何が起きるか分からないが、ここで何か変わってしまうのだろうか。


 あのまま変わらない方がいい。

 

 もう一回。

 

 既に大きく変わってしまっているのだから。


 少女は軽く俯きつつ歩を進める。


 あのまま、あの場所で歌を歌って過ごしたい。


 言葉はなくとも、街の人たちとも仲良くなれそうなのに。


 カーペットの踏み心地が変わったことに気付いた結月は、背後で扉が閉まる気配を感じ、真っ直ぐ前を見つめ、顔をしかめる。


 眩しい。


 部屋全体の感想ではなく、ある一部分が。

 キラキラしている。


 一直線で結月を見つめる人物たちが、無駄に輝いているのだった。

 

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