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その日は、街のお店が開き始めた時間から、五曲程歌い、そろそろお開きにしようと考えていた時だった。
あれから天気の悪い日以外は毎日広場に足を運び続けている結月は、喋れないので、街の人からのリクエストに応えられるわけでも、彼らの知る歌を歌えるわけでもなかったが、歌い続けた。
それは、話せないからといってずっと口をつぐんでいる事が辛いから。
話すという行為を忘れてしまいたくないから。
自分の言葉を忘れたくないから。
何より、ここで歌うことで、街の人たちに認められた気がしたから。
結月の周りにいる人たちはみな優しい。
会話できないことを知って、丁寧に身振り手振りも交えながら話を伝えようとしてくれているので、彼女もそれに応えられる様に、努力は続けている。
聴いていた人たちから拍手をもらった結月は、ここで覚えた「ありがとうございました」という言葉と共に頭を下げる。
自分とは言葉が通じ合わないのに、時間を割いて聴いてくれることに対して喜びを感じる。
今日はちょっと聴いてくれた人が多いかも、なんていう事を考える余裕も出てき始め、数人から硬貨を手渡しで頂いている最中のことだった。
突然視界が開けたと感じたら、背の高い男五、六人に囲まれる。
軍人というか、騎士というか……。後者の言葉の方が彼らの格好には合っている気がする。総じて体格も良く、なんとなく見た目もいい。
「…………」
だが、それよりも威圧的な、高圧的な態度が受け付けない。
彼らの視線が痛いくらい自分に注がれている為、自分に話しかけているのだろう、という結論に結びつくが、頭上で話されても、何を言っているのか、もちろん理解できない。
ので、結月は失礼ながらも間抜け顔をしながら、ぽかんと声を発した人の顔を見上げてしまう。
「……」
彼らの腰辺りには剣が下げられており、隊の服なのか、白を基調とした生地に濃紺の刺繍や飾りがあしらわれ、肩から長いマントを羽織っている。
結月をそう表現していいのかは、甚だ疑問ではあるが、ただの一般市民に対して威圧感がとてつもなく強い。
街の住人の中でそんな物騒な物をぶら下げて歩くような人間は見たことがないし、大騒ぎになるような事件もこの街では起きていないようだが、何かあったのだろうか。
街の人は、ここで歌う結月は言葉が通じないと知っている為、そんな威嚇するような、まして早口でなんて話しかけようとはしない。
「なんの御用でしょうか?」
と聞きたくても、まだ挨拶しか言えない結月には難易度が高すぎる。
街の事を聞きたければ他の人に聞けばいいのに……と、言葉を浴びせられながら徐々に不機嫌になり始めた頃。
「…………」
見知った声と、背中が、結月を守ろうと彼らとの間に割って入ってきてくれる。
「…………」
偉そうな声と、奥さんの有無をも言わせぬ声のやり取りが始まる。
何を言い合っているのか分からないが、守ってくれているのだけは分かる。お陰で周りを見回す余裕ができた。
野次馬……、ということもあるだろうが、広場には人が集まり、事の成り行きを見つめる好奇の目。
と、騎士たちの目から結月を遠ざけようと立ち塞がってくれる人たち。みんな結月の歌を聴きに来てくれている顔ぶればかり。
それを知るだけで嬉しくなる。
「……」
言葉の波が途切れ、奥さんが結月に振り向いた。
何と伝えればいいのか考えあぐね、口を開いたら閉じたりを何度か繰り返す。
結月は察した。
ああ。
この人たちはわたしを連行しに来たのか。
そう考えると、今も続く威圧的な態度も、避け続けてきたが、何度か腕を掴んでこようとした意味も分かる。
言葉も通じない、何を考えているのか分からない人間が突然街に現れたとなれば、いつか必ずお偉いさんの耳に入る。
結月は口角を上げ、微笑んだ。
これ以上迷惑は掛けられない。
そう伝えるにはどうすればいい。
結月は奥さんに一歩一歩近付いた。
そしてちょっと背伸びして抱き着く。
「ありがとうございます」
なるべく笑顔で。