第141話 徳島朝子
長年の雪辱ってなんだろう。人に恨まれるような生き方はしてこなかったつもりだけど。
「音無鳴! あんたウチのこと覚えてないやろ?」
取り繕っても仕方ないので、正直に答えた。
「は、はい」
「くっ……眼中にないってことか!」
本当に出会っていたのだろうか。出会っていたら忘れられそうにない強烈なキャラクターなのに。
「まあ、ええわ! 今日で忘れられへんようにしたる。楽しみにしときや!」
それはもう、僕は朝子さんの事を一生忘れないだろう。
そして朝子さんは仲間の元へ戻っていった。僕は結衣さんに別れの挨拶はしないんだって思っていた。
「…………」
「ちょ、自分、止めろよ!」
「え!」
朝子さんが踵を返して駆け寄ってきた。
「『え!』ちゃうで! 普通に気になるやろ? この人なんでこんなこと言うてはるんやろって気になるやろ?」
「ええ、まあ」
顔が近い! 朝子さん本当にパーソナルエリアどうなってんだろう。
「しゃーないな、特別にやり直したるわ! 今度はちゃんとやりや」
朝子さんがまた仲間の元へ戻っていった。僕は面倒臭い人だなあと思っていた。
「…………」
「ちょ、なんでやねん! 自分、止めーや!」
「え!」
朝子さんが凄い勢いで踵を返して駆け寄ってきた。
「『え!』ちゃうで! なめてんのちゃうやろな?」
「そ、そんなことはないですよ」
顔が近い! そしてよく見ると朝子さん可愛い。これあんまりやられるとドキドキしちゃうやつだ。
「もう一回だけやで! もう一回だけチャンスやるわ!」
朝子さんがまた仲間の元へ戻っていった。マジ面倒くさい。
「…………」
「だから止めろって! 自分ほんま、やる気あるんか!」
「え!」
朝子さんがまたまた凄い勢いで踵を返して駆け寄ってきた。これには結衣さんも苦笑いだ。
「音無鳴、なかなかやるな……お約束わかってるやないか」
なんか分からないけど褒められた。
「しゃーないな、特別に教えたるわ!」
結局、何も聞いていないのに朝子さんが語りはじめた。
——朝子さんは僕が出場してきた国内のコンクールでずっと準優勝だった。僕がギターをやめてからは、凛に負け続け、雪辱を誓ってたらしい。
でも僕はギターをやめていたし、凛は連覇には興味がなく、ここ1、2年は国内のコンクールに出場していない。そんなもんで、ずっと悶々とした日々を過ごしていとのことだ。
「ウチの他にもコンクークルで見知った顔おったで、気ぃつけや」
「え! そうなの?」
「クラシックでは勝たれへんかったけど、軽音フェスでは負けへんで! 覚悟しときや!」
今度こそ本当に朝子さんは仲間の元へ戻った。
結局、結衣さんに別れの挨拶をしていなかった。
なんかパワフルな人だった。
それと同時に彼女の演奏にすごく興味が湧いた。
また濃い人が……。
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