タイムマシンで葬られた男
タイムマシンで葬られた男
パート1
公表して量産化になれば、歴史が変わってしまうし、有難味がなくなると言うのでH博士は自分たち夫婦が楽しむ為にのみタイムマシンを開発完成させたエゴイスティックで頭脳明晰な実力派の科学者。
しかし、浮気癖が酷く妻の美鈴は遂に堪忍袋の緒が切れた。
で、一計を案じた彼女は、或る晩もガールズバーやキャバクラを梯子して泥酔して帰って来て、「美鈴!水!水くれ!」と頼んだH博士に睡眠薬入りの水をやり、爆睡状態になったH博士を台車で運んで自分の車に乗せ、タイムマシンがある研究所へマイカーを走らせた。
研究所に着くと、美鈴は再びH博士を台車で運び、秘密の扉を鍵で開いてエレベーターに乗せ、タイムマシンのある地下室に降りた。
H博士は冒頭の理由により秘密裏にタイムマシンの開発を進めていたのだ。
美鈴はH博士をタイムマシンの転送台に乗せ、転送対象者ロックボタンを押してH博士をカプセルの中に閉じ込め、環状抑制ビームで捉え、位相変換コイルによってエネルギー態に近い量子にまで分解した。
その結果、転送パターン化したH博士は、パターンバッファに蓄えられた後、船体外部隔壁に設置されている転送ビームエミッタから美鈴が設定した過去の地まで放射された。
量子レベルのミクロの世界では波と粒子は同質の存在だから転送パターンは環状抑制ビームに乗って設定地まで運ばれると、再物質化する。
従ってH博士は美鈴が設定した過去の地で物質化して再生した。
眠った儘で・・・
自分の妻に葬られたとも知らずに・・・
そのH博士の墓場となった場所は我々の想像を絶する超極寒の寒冷の極地だった。
その余りの凄絶な寒さにH博士は睡眠薬の効果が切れる前に目が覚めた。
すると、見渡す限り白!白!白!目も綾な雪化粧した氷の世界がH博士の眼前に広がった。
なんとH博士は更新世が開始した258万年前の氷河期に於いて南極大陸の氷床の上に横たわっていたのだ。
お陰でH博士は幾許もなく心身ともに凍り付いて絶命した。
一週間後、「三日前、夫が○○山へスキーに出かけてから日帰りで帰る筈だったのに帰ってこない」と警察に通報し捜索願を出した美鈴は、杳として消息が知れぬH博士についてマスコミの取材を受けることが一再ならずあったが、その度毎にあなた帰って来てと涙ながらに訴える彼女に世間の同情が集まった。
勿論、嘘涙でもって・・・
結局、H博士の行方不明の件は遭難事故で亡くなったのだろうということで決着を見た。
それから美鈴はH博士の莫大な財産を相続して優雅な悠々自適の暮らしを夢見るのだった。
パート2
そんな折、H博士の友人だったN博士が美鈴のもとを訪れた。
「あの研究所ではN君がタイムマシンの開発をしていた筈ですが、タイムマシンを見せてもらえませんか?」
美鈴は事実上、H博士を殺した証拠隠滅の為、タイムマシンのことを内密にしていたのだが、自分以外にも知る者がいることを知り、どぎまぎしながら答えた。
「あのタイムマシンを見てどうされるんですか?」
「あの出来ればタイムマシン開発を引き継いでみたいのです」
「あのタイムマシンは・・・」と美鈴は言いかけて隠すと変に思われそうだし、間を置くのも変に思われそうなので直ぐ答えようと、「実は完成してるんです」と正直に言ってしまった。
「そうですか、それなら猶更見せてもらいたいものですねえ」
「あの、世間に公表なさるつもりですか?」
「いや、H君は極秘にしておいてほしいと僕に常々言ってましたから公表する気はありません」
「そうですか、では、お見せしてもいいです」
という訳でN博士は美鈴に案内されてタイムマシンを目の当たりにすることになった。
「おー!これは素晴らしい!ぜひ、試してみたいものです!」
N博士はそう言った後、矯めつ眇めつタイムマシンを見回していたが、モードダイヤルが転送モードになっているのに目敏く気づくと、興味津々になって更に転送先設定を見た日にはこれは!と閃いて勢い始動スイッチを押した。
「あの、動かすんですか?」と美鈴が気を揉みながら聞くと、「ええ、ちょっと気になる点がありましてね」とN博士は答え、モードダイヤルを分析モードに切り替えるや、やっぱりだ!と小声で叫んだ。
バッファーに保存されたH博士の転送パターンのデータがモニターに映し出されたのだ。
これを再生すれば・・・とN博士は秘かに思い、抱いていた疑惑が明らかになると確信した。
彼はH博士がスキーの趣味がないことを知っていたし、美鈴がH博士の浮気に対し酷く妬んでいることも知っていたのだ。
「う~ん、これは是が非でも試してみたい」
N博士はそう言うと、いきなり再生ボタンを押した。
すると、データが開いてカプセルの中に精製された量子が充満して行き、ディジタル演算回路が作動して量子の状態ベクトルの線形結合、所謂、重ね合わせが始まり、見る見るうちにH博士のクローンが出来上がって行った。
これには当然ながら美鈴はびっくり仰天して腰を抜かしてその場に尻もちをついた。
それを尻目にN博士はH博士のクローンを開放するべくカプセルを開けた。
「H君、H君、起きるんだ!」
N博士は睡眠薬によって寝かされた時のH博士として出来上がったクローンを揺り動かして覚醒させた。
「う~ん、良く寝た。あれっ、N君じゃないか、何でここにいるんだ?」
「君こそ何でタイムマシンの転送台で寝てたんだ?」
「えっ、あっ、ほんとだ。あれっ、美鈴もいるじゃないか!なんでそんなとこで座ってるんだ?」
「いえ、あの・・・」と美鈴が答えられないでいると、N博士は言った。
「奥さんが腰を抜かすのも当然だよ。だって君は一ヶ月前、○○山で遭難して、それから行方不明になってたんだからね」
「えっ!」とH博士が驚くと、「それ、これを見なよ」とN博士は携帯電話を取り出して彼に開いて見せた。
「あれ?!1月28日?!2026年?!年が明けてる?!」
「そうなんだ。君は世間から2025年12月28日に○○山へ出かけてから遭難したとされていたんだが、ここでずうと寝てたんだ。これはミステリーだねえ。この間、君は記憶がないだろ」
「ああ・・・」
「全くミステリーだ。ねえ、奥さん!」
「え、ええ・・・」
「僕は奥さんと君の葬儀に参列したんだぜ!」
「えっ!」
「へへへ、その日、僕も泣いたけど奥さんはもっと泣いたよ。ねえ奥さん!」
「え、ええ・・・」
「ハッハッハ!いやあ、可笑しな話だ!正にミステリアスだよ、君は!ハッハッハ!ところで奥さん!」
「はっ、はい!」
「H君の浮気は大目に見てやることですな」
「え、ええ・・・」
「でないと、とんでもないことになりますからな、お分かりでしょう?」
「はっ、はい!」
「ハッハッハ!ところで奥さん!」
「はっ、はい!」
「警察やマスコミにH君のことをどう説明する気ですか?」