5話 戦い、そして……
「うおおおおおおおーっ!!!!!!!」
那月は、叫びながら夜獣たちへ駈け出した。
通行する車両をすり抜け、車道を横切りつつ、スピールを両手で構え、その引き金を引く。
放たれた魔法の弾丸は的確に夜獣をとらえ、横道へと吹き飛ばした。
薄暗く人通りの少ない横道は車一台分程度の幅だが、すぐ側に駐車場がある。
「車、十二台駐車できるスペース。いいかんじでッス」
宅神が条件の有効性を言った。
ここでなら他に人を巻き込む事もなく戦うことができる。
あの母子を守ることができる。
「大丈夫ですよ」
惣神が言った。
通過する笑顔を背中で感じながら、那月は起き上る夜獣たちに飛び込んだ。
消し飛ばされた夜獣の腕はすでに再生されていたが、ちょうどよかったとばかりに背負い投げを豪快にきめ、路面に叩きつけた。
そのまま仰向けの夜獣に銃口を向け魔法を撃ち、重なり合う光が頭部を消し散らした。
「とりあえず太郎。次は次郎」
便宜上つけた名前で夜獣を呼称し、右手を振り上げた次郎の左足をしゃがみ蹴って刈り倒すと、そこから両足を絡ませ関節技をしかけた。
「ガーッハハハ、維虫固めか」
武神がその痛快さに笑った。
足の動きを封じつつお互い逆立ちするような体勢となった那月。
すかさず左手で身体を支えながらスピールを撃った。
「三郎、ちょっと動かないで」
魔法で生成された蒼い帯状のものが全身に巻きつき、三郎は見事に転倒。
「太郎もまだダメ」
仰向けのまま頭部の再生をしていた太郎だが、胴体部が氷に覆われ凍結し、その活動が停止した。
「次郎、とりあえず、down」
次郎の目の前にそれを突きつけ凝視するのも構わず、那月は魔法を撃った。
眉間から体内に向けて浄化の光が閃くと、次郎は筋力に相当する力が抜け、頭からつぶれるように倒れた。
その瞬間に那月は、足を絡ませたまま身体をひねり、次郎を俯せにして、尻に乗る形になった。
次郎の動きを封じたまま射撃ができる。
「では三郎、あんたから消えて」
両手でしっかり構え、スピールの引き金を引く那月。
大きな反動と同時に、重なり合う光が三郎の身体を消し飛ばす。
二発、三発、四発、五発と、那月が魔法を撃つ度に、再生しようとする三郎の身体が消失していく。
「あと少し」
残った三郎の足に一発撃ちこめば完了というところで、那月の足にも変化があった。
力を取り戻した次郎が、俯せのまま身体を大きく反らせて那月を持ち上げ、強引に絡めた足を外そうとしていた。
「やばっ……」
足を弛め逃れようとしたが、反動のついた次郎の両足は投石器のようにして那月を投げつけた。
その先にはビルの壁がある。
「那月、飛勢弾!」
銃神が叫んだ。
激突する直前、那月は飛勢弾(通称・吹っ飛べ弾)をビルに撃ちその跳弾を自身に受けて衝撃を抑えると、空中で一回転して五メートルほどの高さから、舗装面であるアスファルトに着地した。
「ハアッ……、ハアッ……」
「那月……」
膝をつき、疲労から息を切らす那月に、衣神は心配そうに呟いた。
前を見ると太郎、次郎、三郎、全員がゆっくりと起き上がって、その眼光を那月に向けていた。
太郎にかけた魔法による凍結も解けていたようだ。
そして、それぞれダメージによって、その存在力に差が表れていた。
太郎は腕と頭部の消失によって身体が半透明になっており、三郎は消滅寸前までいっただけに、まわりが透けて見える状態。
次郎に関しては変わり映えがない感じだった。
「那月、弱っているのから仕留めろ」
呪神が冷静に言った。
「よっしゃあ、そういう事、で!」
立ち上がりながら那月が撃つと、三匹の足元に氷華が花開いた。
直径一メートル大の水滴を叩きつけ、瞬時に凍らせたようなそれは下半身を捕らえ、動きを封じる事ができる。
だが三匹は、驚異の反射能力で横へ、上へと跳んで避けた。
避けたが、那月はそれを狙った。
シリンダー内で最強の重光弾が三郎にヒット。
声も上げずに三郎は完全消滅した。
続けて那月は、太郎にスピールを向けた。
空中で一発、着地に失敗して転倒したところに四発撃ちこむと、太郎もまた三郎と同様、完全に消滅した。
「那月!」
惣神が声を上げるが、次郎はすでに目前にまで迫っていた。
右足を振り回す横からの強烈な蹴り。
那月はとっさに腕をバツに組み、魔力を集中させて防御するが、威力を抑えきれない。
サッカーボールのように飛ばされ、駐車しているワンボックスカーに打ちつけられた。
派手な音と同時に窓ガラスは砕け、車体はドアを中心に大きくへこんで横転した。
「っく……」
身体がめり込む勢いだが、那月はなんとか脱出。
だが、そのまま前のめりに倒れた。
魔力によって骨折こそないが、疲労と衝撃のダメージで全身が悲鳴をあげていた。
本来であれば即死の攻撃である。
いかに鍛錬し魔法が使えても、人間である以上、疲労するし外部からの影響に肉体が反応する。
痛い、倒れたときに擦れた左頬もヒリヒリする。
身体が重い、思うように動かない。
思考がまとまらない、どうする、どうやってやっつける。
--ガラス片で切った頭部から血が流れ、アスファルトに広がっていく。
「那月、一番高い薬を使え! 那月!」
商神が必死に叫ぶ。
「キンジイ……」
右手にはまだスピールがある。
なんとか起き上ろうとする那月。
ゆっくりと次郎、夜獣が近づいてくる。
私が死んだらみんなを守れない。
泣いてたまるか、やられてやるもんか、ふざけんじゃない。
私が……、みんなを守る!!
--危機にあっても揺るがない意志が那月の扉を開けた。
胸部から魔力が発せられると、そのまま那月を持ち上げ、その場に立たせた。
影のような霧のようなそれは止まることなく流れ続け、周囲を覆っていく。
幸せを奪う存在を滅する力が、泉のように溢れてくる。
--そして、那月自身も変化を見せる。
魔力を呼ぶ那月、その魔力を受け入れる那月、魔力を溜めおく那月、那月を魔力から護る那月……。
いくつもの那月が現れ、それぞれの役割を果たしながら、ブレた写真のように那月本体に重なり合い、揺れていた。
しかし、その眼は真っ直ぐに獲物を捉えている。
異様さにたじろぐ夜獣に向け、那月はスピールを構えた。
「!」
銃の反動以上に強力な艦砲の如き光の轟弾が放たれ、夜獣をのみこみ、一瞬で消し去った。
威力のあまった轟弾は、那月からの魔力が包み込んで吸収し、建物などへの破壊を防いだ。
破損したワンボックスカーも魔力が修復して、元どおりの形と位置に戻した。
同時に、また二人、那月から那月が現れていた。
「はっ、はあーーっ……、はあーーっ……、っぐ……、はあーーっ」
あからさまに異常な呼吸と、多量の汗にもかかわらず、那月の眼は前を見据えたまま動かなかった。
その間にも、魔力は収まるどころか勢いを増し、街を支配する気配を帯びていた。
そしてまた、それを抑える那月が現れると、呼吸と発汗は更に激しくなった。
「いかん、このままでは持っていかれる!」
「スピール!」
「了解!」
精神を失うとして呪神が叫び、惣神が銃神に促した。
右手で構えたままのスピールは、那月の意思に関係なくシリンダーがスイングアウトし、トリガーが引かれた。
紅い半透明の球体が那月の周囲に展開、那月を緊急用の魔封空間へ転移させた。