12話 セカイヤ
「涙……?」
那月の寝顔を見ながら驚いたように銃神が言った。
薄暗くなった居住空間内。
タオルケットをかけ、ベッドで静かに眠る那月の左目から一筋の涙が流れていた。
「何か悲しい夢でも見ているのでしょうか。食事の時はとても楽しそうにしていましたのに」
心配しながら言う惣神。
「案外、反動かもしれん。この一時がいつまで続くか、不安に感じたのだろう」
「あるいは、あのゾウ型の夜獣を一方的に斃したものだから可哀想に思っている
のかもしれない」
呪神、銃神がそれぞれの意見を述べると、惣神が思い出した。
「もしかすると、動物園でのことを見ているのかもしれません」
「動物園?」
惣神の意外な言葉に銃神が思わず聞き返した。
「はい。小三の遠足で動物園へ行ったのですが、そこでゾウが昔、戦いに使われていた話になり、男子たちと一緒に那月も感心していたのですが、女子たちにしてみれば、愛らしいゾウが殺し合いに使われていたことに引いていました。男子に同調してしまった那月は、女子のグループに戻れず、男子たちも離れ、那月は一人になり泣き出してしまったのです」
「……」
「私がなんとか収め、那月を女子のグループに戻し、その後はいつもどおりになったのですが、後にも先にも、那月が泣いたのはその時だけですね」
「そんなことがあったとは……」
呟くように言う銃神。
那月の心境を思い、神たちは心を痛めた。
「ゾウに対して、那月は特別だったんでッスね」
「狼や豹など、猛獣が主だった夜獣から、ゾウが出現したからな。気にはしていたんだが、なるほど合点がいった」
「あと世論もあるだろうぜ。現実では、お隣の大国が更なる軍備の拡大を発表したからな。庶民の不安が広がっているのは間違いねえ」
「大きくて威圧感があり、戦うことができるものの具現化だったのね」
宅神、呪神、商神、衣神が、それぞれの見解を言った。
「現実……、そうですよね。あの夜の街は、そこに住む人たちの心を表した精神世界なのですから」
!
一瞬、はっと思い出したように反応する神たち。
隠していたものが現れてしまった感覚になる。
「ガーッハハハ。いまさら焦ることではあるまい」
武神が豪快に笑いながら言った。
「そうでッス。それは那月も承知していまッス。ただ、分かりやすくしたのが我々。それだけでッス」
「もともと精神世界はあるが、それだけではオーラの集まりだからな」
「都市神は秩序を守りたい。ゆえに許可を取り付け、秩序を乱すものを夜獣として形作り、滅して報酬を得る。まあ、おさらいだわな」
冷静に話す宅神と呪神に、商神があらためて夜の街について言った。
「ええ。そうしなければ、その世界でなければ、那月は生きていけません」
「目の前の人を助けた力が全世界を狂わす力にもなる。それを封印する意味でも現実の世界では生きられない」
「本人では止められないとなれば、世界の誰かが引き金を引くしかなくなる。だから誰の手も届かない場所にいるしかない。人間として、一人で」
「……」
銃神の言う、引き金を引くは那月の殺害を意味し、ただの女子が普通に暮らせなくなっている。
その状況に一瞬、沈黙する。
すると呪神が声を出した。
「この前のように我々が仮死させることによって止めている。リスクはあるが生きていける」
「そのとおりでッス。とにかく、生きることが大切でッス」
「ええ、そうですね」
「OL姿の那月も興味あるけど……」
「精神世界で事務じゃ仕事にならねえしなあ。だからといって現実世界に行くかつっても狙われるんじゃあ意味がねえわな」
「ガーハハハ。しかも敵が前にいるとは限らん」
「結論としてはこのまま、この世界に居るのがベスト、ということだね」
「そうね。とりあえずは現状維持。もっと良い方法がありそうだったら、それを考えてみるってこと」
「それでいいだろう」
話がまとまり、見えない頷きを感じる神たち。
すると衣神が気づいた。
「そういえば、あの夜の街、なんか呼び名がほしくない?」
考えてもみなかったことに、他の神たちは驚いた。
「……まあ、僕たちだけが意識的に行き来してるし、それで通じているのだからなくても構わないんじゃないかい」
「そうだけど、夜の街っていうと別の意味もあるじゃない。なんか、遊ぶ、みたいな」
「那月にしてみれば仕事場、戦場といったところでッス」
「夜の街……、那月の場所……、那月が生きられる場所……」
「世界夜、といのはどうでしょう」
惣神の言葉に、はっとして注目する六柱の神。
「那月を隠し、那月を生かすための場所、世界。いいんじゃないか」
「そうだな」
「ガーッハハハ。それはいい、気に入った」
「良いと思いまッス」
「店みてえなところもいいわな。実際、稼ぐところでもあるしな」
七柱の神、全会一致。
すると惣神は涙のあとが残る那月の寝顔を見ながら囁いた。
「那月、あなたはここを含めて世界夜で生きなければなりません。でも安心して。私たちが、ずっとそばに居ます。だから泣かなくていいんですよ……」
身体のない神たちは那月の涙を拭うことはできない。
しかしそれは那月自身が行うだろう。
神たちは那月のそばに居続ける。
彼女の笑顔を守るために。