1話 開夜
背広を着た獣が街を歩いている。
夜九時を過ぎた大通りには六階程度のビルや電飾が施された飲食店・商店が建ちならび、会社員を中心に多くの人が会話を弾ませながら笑顔で行きかっている。
地方都市ゆえ規模こそ大きくはないが賑やかである。
七月に入り夏を感じる季節、半袖姿がほとんどの中、獣は季節を無視した姿でいる。
二メートルはある筋肉質の体躯。
それ包む、厚手のジャケットにズボン、皮のベルト、革靴、ネクタイ、ワイシャツ。
獅子のような鬣|をもつ獣の頭部を含め、それらはすべて黒一色でかためられていて、毛むくじゃらの手の先には鋭い爪があった。
一見すればコスプレであるが目を向ける者はいない。
絶対、視界に入っているはずだが誰も反応しない。
なぜなら見えていないから。
存在するだけで害になる怪異。
それが目の前にあるにもかかわらず、人々は日常を過ごしている。
────そこへ、一人の女が現れた。
二十歳になるその女は、肩にかかる程度にのびた黒髪をさせ、スラックスではあるが、周囲の人間と同じように、ビジネススーツ姿をしている。
決定的に違うのは、その右手に銃が握られていることだ。
彼女は背後から真っ直ぐに獣へと歩み寄り、右横へ並んだ。
回転式と自動、両方合わせたようなその銃を静かに獣へと向け、引き金を引いた。
金属が呪文を唱えたような銃声が二つ鳴り、獣は脇の小道へと吹き飛ばされた。
獣は道路へバウンドして転がり、電柱に激しく背中を打ちつけて止まった。
苦痛のようなものはないが、見ると被弾した胸部に青白いモヤがかかったコインサイズの魔法円があった。
女は見向きもせず、歩みながら弾倉を交換、手動でシリンダーを回すと、そのまま真下に向けて発砲した。
放たれたものは足元に着弾せず、射線を無視して、獣の右肩から炎が吹き上げさせた。
その赤い炎は右肩に留まり、小さな金色の粒を散らしていく。
熱くはない。
しかし、それによって獣の身体を構成するものが浄化されていく。
驚く獣に構わず、女は引き金を引いた。
左肘、右脇腹、左腿、右膝、左足首……。
次々と左右不規則に炎を上げ、獣の存在に否定が撃ち込まれる。
「!」
このままでは滅する。
獣は炎の発生を阻止すべくその源に向かって咆哮し、駆けた。
周辺における魔力の使用を感じとり、獣は両手の爪をたて、女に振り下ろした。
だがその手は空を切り、同時に身体は宙を回転し、路面に叩きつけられた。
お手本のような型どおりの投げ技を受け、仰向けになった獣。
その視線の先には銃口があった。
「バイバイ」
微笑むようにして言うと、女は指に力を込めた。
既に変更されていた弾丸は一瞬の光線となって獣の眉間を撃ち抜いた。
眉間から入った光は根のように獣の身体を這い、炎を点に線を繋げ、末端まで届くと、金の粒を撒く大火となって獣ともに跡形もなく消し去った。
「これでよし」
呟くと、女は銃のシリンダーをスイングアウトさせ、そのまま引き金を引いた。
女を中心に蒼い半透明の球体が展開。
人々の往来は変わらず、女は居住空間へと消えた。