第4話 空の想い② 「さようなら」
期末テストの結果が気になるけど、学校を休んでエルネストの展示品をみていた。
前に来たときと違って、どの品々にも見覚えがある。
傭兵たちが身につけていた短剣の前で、オレは足をとめた。
――命ってなんだ?
はじめてそんなことを考えたのは、ジェラルドの母が病でふせていたとき。
もうどこにも力が残っていないはずなのに、幼いジェラルドの手を、とてもつよく握っていた。
「ジェラルド、その強さは人を守るために使いなさい。決して、あの人のようになってはいけません。だれかを守って、人として生きて」
当時のジェラルドは、威厳にみちたフェザードにあこがれて、尊敬していた。
だからその言葉がひどく不快で、握られた手をふりはらってしまった。憂いにみちた母の瞳が、トゲになって胸に突き刺さっている。
弱いヤツは殺される。
ただそれだけの世界に身を置いていた。
「いかんぞ、ジェラルド。いくらおまえでも、殺されてしまう。騎士王様は、負傷兵は片付けろとおっしゃった。それを守るのだ」
いつもフェザードのいいなりだったが、大人になったジェラルドは命令に背いた。
生きたいと望んだ負傷兵を全員つれてかえり、「すべての責任はオレがとる」といって、医術師協会会長のリペックを困らせた。
秘密の地下室を借りて負傷者を運んだが、満足な医術を受けることができない。
そこに現れたのが、エトワール。
適切な治療がはじまると、十二人が生き残ってくれた。が、やはりフェザードに発見されてしまう。
負傷兵たちの耳を斬りおとし、目を潰すフェザード。
謀反するものは、背中の皮をはぐように斬りつける。
ジェラルドも剣を抜いて戦ったが、卑怯なフェザードには勝てない。くやしくて奥歯をかみしめたが、ジェラルドの首は斬りおとされる寸前だった。
「ジェラルドにチャンスをやろう。そこに転がるウジ虫どもを片付けてこい」
「いやだッ」
ジェラルドはここで斬られても良いと思った。それなのに、負傷兵たちが……。
「俺たちのちっぽけな命なんて、気にすることはねぇ。ジェラルドさまが生きてくれッ」
負傷兵たちが自らの短剣で、のどをつらぬく。血だまりが池のようにひろがり、気が狂いそうだった。
「命に大きいも、小さいもないだろッ。やめろォォーッ!!」
――命ってなんだろう。
どんなに叫んでも、手のひらからこぼれおちる。
殺戮に酔うフェザードのような人間に、なりたくない。それならだれかを守れと、母はいっていた。だから命令に背いて、人を守ってみようと。それなのに、すべての命が消える。
心があるから、こんなにも苦しいのか?
フェザードのように、心を捨てれば楽になれるのか?
リペックの屋敷のすみにゴミのように捨てられて、次に目が覚めたのは、紙を破る音がしたから。
ジェラルドと同じ、失意のどん底で泣いているエトワールがいた。
まだ守りたいものが、……残っていた。
「あれ、一条君? 学校は? まだ夏休みじゃないよね」
「南さん」
ハッとして顔をあげたが、その表情はかたく、険しかったのかもしれない。南さんは、展示品からオレを引き離してくれた。
「なにを思い出したのかは知らないけど、すべて一条君とは関係のない話だ。あまり思い詰めるのは、良くないよ」
「でも……。あ、そうだ。南さんは、羽野のことどう思います?」
「ずいぶんと嫌なことを聞くね。どう思うか聞かれても、高校生の女の子かな」
「アニスなのに? どうやったら、忘れられますか?」
「忘れることなんて、できるのかな」
ちょっとはにかみながら、答えにくそうにしている。それでも南さんは、正直に話してくれた。
「僕はこの家を守らないといけないからね。いまは好き勝手なことをしてるけど、大学院を卒業したら、親が選んだどこかのお嬢さんと見合いをして、結婚すると思う。そんな男だから、忘れるもなにもないんだ」
「いいんですか?」
「いいもわるいもないよ。アニスじゃなければ、女性はどれも一緒だからね。だれでもいいよ」
「だれでも?」
誠実そうにみえる南さんから、予想外の言葉が出たので耳を疑った。
「あれ、軽蔑した? 男ならわかるだろ? いくら愛した人がいても、ほかの女を抱けるんだ。ああ、すまない。高校生にする話じゃなかったかな」
「あ、いえ……」
ふいに、健康的な小麦色の肌をしたカルデニアの姿が、頭をよぎる。
「でもね、こんな僕でも良いといってくれる人がいるなら、全力でこたえるつもりだ。自分の幸せはあきらめていないからね」
立ちどまったままのオレは、完全に割り切っている南さんがうらやましくて、目を伏せた。それでも南さんは、オレを気遣いながら話を続けてくれた。
「一条君、フォンセは薬をとどけないと、アニスが死ぬことを知っていたんだ。だから、どうしても薬を渡したかった。でも、それは叶わず、約束を守れなかった。そのとこを、ずっと謝りたかったんだよ。あの日、ようやく謝ることができて、すこし落ち着けたんだ。あれほど胸を熱くしていたのに、不思議なほどにね」
「謝れば、落ち着けるようになるんですか?」
「謝るというより、想いを解放するってことかな。きっとエルネストのことは一生忘れない。だけど、思い出にすることはできるはずだよ」
「思い出に?」
「そう。日常生活の中で思い出は、あまり顔を出さないだろ? なにげないときにふと頭に思い浮かべても、普段は心の中で眠っている。だから、すこしずつ前がみえてくるんだよ。でも、思い出という経験があるから、人は考えて行動できる。今度は失敗しないように、一条君も学べるはずだよ」
南さんの話は、心の中にスッと溶け込んだ。今日、ここへ来てよかったと思えたけど、もう江藤にあわせる顔がない。
真実はこうだったと告げても、言い訳をしても、エトワールはフェザードに殺された。これは、かわらない。
そして、ジェラルドはフェザードの息子。
これも、かえられない。
照明のひかりにてらされ、にぶい輝きをみせるエルネロスの涙が目にとまった。
もしこの石が、本当になんでも願いを叶えてくれるなら、どうか江藤が幸せに。
今度こそ、幸せに生きてほしいと願った。
うす暗い館内から一歩外に出ると、空は高くて、深すぎるほど青い。
ギラギラとした真夏の太陽が、容赦なく肌を焼いて痛いけど、胸の痛みにくらべれば、どうってことはない。
「しばらく、親父のところへいくか」
グッと背伸びをして決めた。
ずっと前から、姉の下僕をやっているのがイヤで、親父がいるカナダへいこうか悩んでいた。ちょうど良い機会だと考えた。
江藤に合わせる顔がない。
ジェラルドは、オレだった。イヤな記憶を都合良く封印して、江藤に近づいた。
きっとフェザードの息子であるジェラルドにも、あんなことをしてしまったオレにも、もう会いたくないはずだから、出ていこう。
空の色が好きだといってくれたエトワール、さようなら。
今世はどうか、幸せに――。




