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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第3章 一条新太は思い出す
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第4話 空の想い② 「さようなら」

 期末テストの結果が気になるけど、学校を休んでエルネストの展示品をみていた。

 前に来たときと違って、どの品々にも見覚えがある。

 傭兵たちが身につけていた短剣の前で、オレは足をとめた。

 ――命ってなんだ?

 はじめてそんなことを考えたのは、ジェラルドの母が病でふせていたとき。

 もうどこにも力が残っていないはずなのに、幼いジェラルドの手を、とてもつよく握っていた。

「ジェラルド、その強さは人を守るために使いなさい。決して、あの人(フェザード)のようになってはいけません。だれかを守って、人として生きて」

 当時のジェラルドは、威厳にみちたフェザードにあこがれて、尊敬していた。

 だからその言葉がひどく不快で、握られた手をふりはらってしまった。憂いにみちた母の瞳が、トゲになって胸に突き刺さっている。

 弱いヤツは殺される。

 ただそれだけの世界に身を置いていた。

「いかんぞ、ジェラルド。いくらおまえでも、殺されてしまう。騎士王様は、負傷兵は片付けろとおっしゃった。それを守るのだ」

 いつもフェザードのいいなりだったが、大人になったジェラルドは命令に背いた。

 生きたいと望んだ負傷兵を全員つれてかえり、「すべての責任はオレがとる」といって、医術師協会会長のリペックを困らせた。

 秘密の地下室を借りて負傷者を運んだが、満足な医術を受けることができない。

 そこに現れたのが、エトワール。

 適切な治療がはじまると、十二人が生き残ってくれた。が、やはりフェザードに発見されてしまう。

 負傷兵たちの耳を斬りおとし、目を潰すフェザード。

 謀反するものは、背中の皮をはぐように斬りつける。

 ジェラルドも剣を抜いて戦ったが、卑怯なフェザードには勝てない。くやしくて奥歯をかみしめたが、ジェラルドの首は斬りおとされる寸前だった。

「ジェラルドにチャンスをやろう。そこに転がるウジ虫どもを片付けてこい」

「いやだッ」

 ジェラルドはここで斬られても良いと思った。それなのに、負傷兵たちが……。

「俺たちのちっぽけな命なんて、気にすることはねぇ。ジェラルドさまが生きてくれッ」

 負傷兵たちが自らの短剣で、のどをつらぬく。血だまりが池のようにひろがり、気が狂いそうだった。

「命に大きいも、小さいもないだろッ。やめろォォーッ!!」

 ――命ってなんだろう。

 どんなに叫んでも、手のひらからこぼれおちる。

 殺戮(さつりく)に酔うフェザードのような人間に、なりたくない。それならだれかを守れと、母はいっていた。だから命令に背いて、人を守ってみようと。それなのに、すべての命が消える。

 心があるから、こんなにも苦しいのか?

 フェザードのように、心を捨てれば楽になれるのか?

 リペックの屋敷のすみにゴミのように捨てられて、次に目が覚めたのは、紙を破る音がしたから。

 ジェラルドと同じ、失意のどん底で泣いているエトワールがいた。

 まだ守りたいものが、……残っていた。


「あれ、一条君? 学校は? まだ夏休みじゃないよね」

「南さん」

 ハッとして顔をあげたが、その表情はかたく、険しかったのかもしれない。南さんは、展示品からオレを引き離してくれた。

「なにを思い出したのかは知らないけど、すべて一条君とは関係のない話だ。あまり思い詰めるのは、良くないよ」

「でも……。あ、そうだ。南さんは、羽野のことどう思います?」

「ずいぶんと嫌なことを聞くね。どう思うか聞かれても、高校生の女の子かな」

「アニスなのに? どうやったら、忘れられますか?」

 「忘れることなんて、できるのかな」

 ちょっとはにかみながら、答えにくそうにしている。それでも南さんは、正直に話してくれた。

「僕はこの家を守らないといけないからね。いまは好き勝手なことをしてるけど、大学院を卒業したら、親が選んだどこかのお嬢さんと見合いをして、結婚すると思う。そんな男だから、忘れるもなにもないんだ」

「いいんですか?」

「いいもわるいもないよ。アニスじゃなければ、女性はどれも一緒だからね。だれでもいいよ」

「だれでも?」

 誠実そうにみえる南さんから、予想外の言葉が出たので耳を疑った。

「あれ、軽蔑した? 男ならわかるだろ? いくら愛した人がいても、ほかの(ひと)を抱けるんだ。ああ、すまない。高校生にする話じゃなかったかな」

「あ、いえ……」

 ふいに、健康的な小麦色の肌をしたカルデニアの姿が、頭をよぎる。

「でもね、こんな僕でも良いといってくれる人がいるなら、全力でこたえるつもりだ。自分の幸せはあきらめていないからね」

 立ちどまったままのオレは、完全に割り切っている南さんがうらやましくて、目を伏せた。それでも南さんは、オレを気遣いながら話を続けてくれた。

「一条君、フォンセは薬をとどけないと、アニスが死ぬことを知っていたんだ。だから、どうしても薬を渡したかった。でも、それは叶わず、約束を守れなかった。そのとこを、ずっと謝りたかったんだよ。あの日、ようやく謝ることができて、すこし落ち着けたんだ。あれほど胸を熱くしていたのに、不思議なほどにね」

「謝れば、落ち着けるようになるんですか?」

「謝るというより、想いを解放するってことかな。きっとエルネストのことは一生忘れない。だけど、思い出にすることはできるはずだよ」

「思い出に?」

「そう。日常生活の中で思い出は、あまり顔を出さないだろ? なにげないときにふと頭に思い浮かべても、普段は心の中で眠っている。だから、すこしずつ前がみえてくるんだよ。でも、思い出という経験があるから、人は考えて行動できる。今度は失敗しないように、一条君も学べるはずだよ」

 南さんの話は、心の中にスッと溶け込んだ。今日、ここへ来てよかったと思えたけど、もう江藤にあわせる顔がない。

 真実はこうだったと告げても、言い訳をしても、エトワールはフェザードに殺された。これは、かわらない。

 そして、ジェラルドはフェザードの息子。

 これも、かえられない。

 照明のひかりにてらされ、にぶい輝きをみせるエルネロスの涙が目にとまった。

 もしこの石が、本当になんでも願いを叶えてくれるなら、どうか江藤が幸せに。

 今度こそ、幸せに生きてほしいと願った。


 うす暗い館内から一歩外に出ると、空は高くて、深すぎるほど青い。

 ギラギラとした真夏の太陽が、容赦なく肌を焼いて痛いけど、胸の痛みにくらべれば、どうってことはない。

「しばらく、親父のところへいくか」

 グッと背伸びをして決めた。

 ずっと前から、姉の下僕をやっているのがイヤで、親父がいるカナダへいこうか悩んでいた。ちょうど良い機会だと考えた。

 江藤に合わせる顔がない。

 ジェラルドは、オレだった。イヤな記憶を都合良く封印して、江藤に近づいた。

 きっとフェザードの息子であるジェラルドにも、あんなことをしてしまったオレにも、もう会いたくないはずだから、出ていこう。

 

 空の色が好きだといってくれたエトワール、さようなら。

 今世はどうか、幸せに――。


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