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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第3章 一条新太は思い出す
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第4話 空の想い① 「フェザードの罠」

 江藤にとんでもないことをしたのに、オレは潮風の中にいる。

 また……夢をみているのか?


 黒い病の原因と特効薬を手に入れて、安心しきっている。

 エルネスト軍の侵攻により、清らかな水を失ったサイ国。衛生環境があっという間に悪くなって、疫病が蔓延する。そして、疫病で死んだものに高価な服を着せて、武器や宝石で身を飾ると、憎いエルネストに流した。

 高価なものに目がないエルネストの民が、病原菌のついた遺体にさわり、服や宝石を身にまとえば、病は一気にひろがる。

 エルネストの国力を低下させるために、サイ国が選んだ苦肉の策だったが、フォンセの故郷、トウの国にいけば、薬が見つかった。

 すべてフェザードが教えてくれたとおり、トウの国の医術はエルネストとは比べものにならないほど進んでいた。

「ありがとう。アンタがトウの国へ行けといわなければ、エトワールはずっと幽閉されたままだった」

 ジェラルドの声。

 フェザードに礼をいっている。

 ――違う。これは罠だッ! 

「エトワールの身元引き受けに、サインが必要なのか? 面倒くさいな。こっちは白紙だけど? わかってる。はやく逢いたいなら、サインしろってことだろ」

 ――ダメだッ。やめろ!

 何度も叫んで、とめようとしているのに、とまらない。

 過去は二度とかえることが出来ない。

 それに気がつくと、目が開く。

「くそッ」

 ぜぇぜぇと肩で息をしている。ドッドッと、心臓が胸から突き破りそうな勢いで、激しく鼓動していた。

「……勘弁してくれ」

 両手で頭をかかえて、息を整えた。

 ジェラルドは偉大な父、フェザードにつよい憧れを抱いていた。だから、幼いころより剣を握りしめて、きびしい鍛錬にも耐えた。

 命令されれば、女だろうと子供だろうと手にかける。心の奥底に痛みが走っても、それが正しいと信じていたから。

 フェザードに従うだけの、あやつり人形。それがジェラルドだった。

 エトワールに出逢うまで、人の心を失っていた。

 うす暗い地下室に響いた、鈴の音のような美しい歌声。

 どこかの娘が、きまぐれで負傷兵たちに歌っているのかと思っていたが、ジェラルドの前にあらわれたエトワールは、黒い髪と黒い瞳。

 死神の色をしていた。

 しかし、風にゆれる濡羽色の髪はみたこともない輝きを放ち、黒い瞳はどこまでも真っ直ぐで、生きる目をしていた。

 うつろにとらわれたジェラルドとは違う、とても凜としたその姿に釘付けになった。

 エトワールがノワールに襲われて、もうダメかと思ったときは、本当に怖かった。

 大切な人がいなくなる恐怖に、はじめて足が震えた。

 そのとき、命乞いをした兵士の姿を思い出す。子どもだけはと泣き叫んでいた女の姿も。

 失いたくないものが増えるにつれて、血塗られた自分の手をみるのが怖くなった。「死にたくない」「死なせたくない」そういいながら、地をはってでも生き抜こうとした者たちを、ジェラルドは消してきた。

 いつかきっと、その罰が身を滅ぼす。

 それはうすうす感じていたが、エトワールは眠れないジェラルドに安らぎを与えて、なまぐさい血の匂いから遠ざけてくれた。

 感謝しかない。

 でも、エトワールは?

 いつも恥ずかしそうにして、目をあわせてくれない。どこか控えめに、一歩さがってついてくる。カルデニアといるときは口を大きく開けて、本当に楽しそうで心の底から笑うのに……。

 それが唯一の不満。

 だから、すこし身体をまるめて眠る、エトワールの寝顔が大好きだった。

 起きているときは、ゆっくりとその顔をみせてくれないから、ジェラルドにとって、心の休まる至福の時間になっていた。

 サラサラと流れるような髪にそっとふれると、やわらかくて温かい感情につつまれる。愛おしさで胸がいっぱいになると、いつもエトワールは目を覚ます。

 ずっとみていたいのに、エトワールのキレイな瞳にジェラルドの姿がうつると、あたふたしながら逃げられる。

 いつも逃げられるけど、絶対に守りたかった人。

 あの日、エトワールの幽閉が解除されると聞いて、浮かれていた。

 久しぶりに会えるのがうれしくて、散らかしたままの部屋を片付けていた。

 それなのに、ジェラルドが目にしたのは、ずぶ濡れになって死にかけているカルデニア。

「手を差し伸べたんだ。でも、エトワールは……、首を振って……」

 そこで一度うつむいたが、すぐに顔を上げたカルデニアはジェラルドにつかみかかった。

「どうして、……なんで、エトワールを捨てたんだッ! アタシは、おまえを許さないッ。エトワールを殺したのは、ジェラルドだッ!!」

 忘れられない、耳に突き刺さった悲痛な声。

 決して、忘れてはいけないことだった。

 カルデニアの叫び声も、怒り身をまかせて王都に乗り込んだとき、国王はすでにフェザードの手にかけられていたことも。

 まんまと罠にはまった、愚かな自分を。

「エトワールの幽閉を逆恨みし、国王を殺したジェラルドを捕まえよッ!」

 王国内に響き渡る、フェザードの声。

 全部、罠だったんだ。

 フェザードはエトワールを殺して、ジェラルドが怒り狂うのを待っていた。

 カルデニアを傷つけ、ラメルの民が反乱を起こすのを狙っていた。

 邪魔なものたちを一掃して、フェザードがエルネストの王になるための、仕組まれた罠。

 そのあとも、……悲惨だった。

 後悔しても悔やんでも、時間は戻らない。

 エトワールのはにかんだ笑顔も、永遠に消えた。


 頭が痛くてベッドから抜け出した。

 もう潮の香りがしない。

 カーテンを開けると、ガラス玉のような空がどこまでも青く輝いている。ジェラルドは、どこまでも澄みきった青い空がキライだった。

 青い瞳のせいでフェザードからうとまれ、どれだけつよくなっても認められない。

 いつの間にか前髪を伸ばして、青い瞳を隠すようになっていた。

 そういえばエトワールが幽閉された日、カルデニアからもらったというペンダントをみた。

 それは青い空の色をしていたが、「ジェラルドの目と同じ空の色。わたし、この色、大好きなんです」と、いってくれた。

 とても照れながら、好きだと。……エトワールからそんなことをいわれたのは、はじめてだったかもしれない。

「エルネストの涙」

 南さんのところの展示品に、エトワールのペンダントが飾ってあったことを思い出す。

 ラメルに伝わる、願いを叶える石。

 急にそれがみたくなった。

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