第3話 わからない② 「いい加減にしてくれ」
ほこりっぽい風と一緒に、電車がホームに入ってきた。
下車する人を見送ってから、江藤を先にのせて、そのあとに続いた。
夕方の電車は、デパートの紙袋をさげたオバサンや、あそび疲れて眠っている子供。スマホに夢中なサラリーマンなどで混雑している。
「扉が閉まります。扉にご注意ください」
車掌のアナウンスのあと、扉がゆっくりと閉まる。
扉に江藤はもたれかかったが、オレはすこし距離を取ってつり革をにぎった。
ここでようやく、いつも江藤にくっついている羽野がいないことに気がついた。
わざわざ羽野分の距離を取る必要がない。すこしだけ近づこうとしたけど、電車が大きく揺れたのでやめた。そのまま外の景色が吹き飛ばされていくのを、だまってながめていた。
ひとつ目の駅が過ぎたころ、せっかくふたりになったのに、ひとことも話しをしないのはもったいない気がしてきた。
頭の中で会話をさがすけど、今日の愚痴しか出てこない。
「六時過ぎだけど、外はまだ明るいね」
この気まずい雰囲気が苦手なのか、江藤が話しかけてきた。
期末テストのこと、昨日みたテレビ、なんとか沈黙をなくそうとしてくれたのに、オレは不機嫌な顔を崩せない。
短い返事しかできなかった。
水族館のダメージが大きくて、器の小ささに情けなくなる。
そして、とうとういってしまった。
「今日、すごく楽しそうだったな」
嫌味っぽくいったのに、江藤は鈍感で、イルカのショーがすごかったとか、クラゲを飼ってみたくなったとか、どうでもいい話をはじめた。
そんな話が聞きたいわけじゃない。
オレはまたイライラしている。どうすればこのイラ立ちがおさまるのか。そんなことばかりを考えていた。
それなのに――。
「一条君は、楽しかった?」
なんの悪意もない、無邪気な笑顔で聞かれた。
江藤は悪くない。
成宮も。
頭の中ではわかっていても、江藤の言葉がオレのブレーキを壊した。
「楽しいわけないだろ」
控えめで、おとなしい人かと思っていたら、意外とよく怒る江藤。ちいさな身体をちょこまか動かすから、危なっかしくて、みていて飽きない。コロコロとかわる表情も、面白いビックリ箱のようで、……好きだった。
すこしは脈があるかもって、期待していたオレが悪い。
「そっか、一条君ならもっと身体を動かすようなところの方が、楽しかったのかな。ごめんね」
申し訳なさそうな顔で謝っている。
違うんだ。
心の中にひろがる、ドロドロとした醜い感情。やっかいな独占欲が、暴走している。
気持ちと言葉が合わなくて、口を開きたくないのに、とまらない。
「よかったな、成宮が良い人そうで。付き合うんだろ?」
「……真鈴から聞かなかった? ジェラルドは、エトワールを捨てたんだよ」
江藤は泣きだしそうな顔で、エルネストの話をはじめた。
「ただ黒い髪の女性がめずらしかったんだって。とっても残酷な人で、エトワールとはちょっと遊んだだけだったみたい。突然ひろがった奇病の原因が、エトワールにあるからって、離縁されて。あ、次でおりないと」
「ちょっとまて、オレもおりる。奇病ってなに? そんな話は聞いてない。どういうこと?」
電車はオレたちを吐き出すと、またほこりっぽい風を従えて走り出す。
混雑したホームでは、ゆっくりと話すことができないから、そのまま人の流れにのって、改札を出た。
「ジェラルドは、ひどい人だったの。エトワールはずっと騙されていたのよ。本当にやさしい目をしていたから」
すこしうつむいて、肩を落としながらトボトボと歩く江藤。
「まさか、そんなことないだろ? ジェラルドは、いつもエトワールのことを気にしていたし、尊敬していた」
「カルデニアは、フェザードの言葉を覚えてないの? ジェラルドはエトワールを捨てて、フェザードについたんだよ。だから、成宮センセイとは付き合わないよ」
まったく違う。
オレのなかにあるおぼろげな記憶と、江藤の話は違いすぎて、驚くほかない。それどころか、心臓がバクバクと脈打ち、するどい刃物で胸を貫かれているような、衝撃を感じている。
そして江藤の口からは、聞きたくない言葉が次々と飛び出す。
「きっとジェラルドはいまも、なにかを企んでいるのかもしれない。成宮センセイが、記憶のないふりをしてわたしたちに近づいたなら、やっぱりジェラルドなのかなぁ。またわたしをからかって、傷つけにきたのかな」
――違う。
「エトワールが必死で守ろうとしたものを、ジェラルドが壊したんだよ。カルデニアは知らないと思うけど、医術師協会の地下室にね、十二人の負傷兵がいたの。その命も、ジェラルドが……」
急に潮の香りが鼻をついた。
はじめて本気でフェザードと戦った日、うす暗い地下室は狭くて、機動力がいかせなかった。それどころか、ヤツは負傷兵を盾にした。
――なんだ? この記憶は。
「わたしも単純なところがあるけど、今度こそ、騙されないよ。だから、大丈夫。エルネストのことは、これで終わりにするね。だって、ジェラルドはやっぱり、フェザードの息子だったんだよ」
オレのなかで、なにかが崩れた。
ずっと隠してみえないように、いや、みないようにしていた、なにか。
「いい加減にしてくれッ!」
自分でもおどろくほど、大きな声が出た。
「違うんだ。オレは――」
胸が張り裂けそうで苦しい。
急に怒鳴り出したオレを、江藤は怯えた目でみている。
悲しませたくない人。
いつも笑っていて欲しかった人。
絶対に、手放したくないと思った人だったのに、どうしてこうなった?
手を伸ばすと、オレは、江藤をつよく抱きしめていた。
「い、一条君?」
腕の中で、江藤が逃げ出そうとしているのがわかった。それでもオレは、力をゆるめることができない。
そのあたたかい温もりも、愛おしさも、忘れたことなんてなかった。
エトワールと過ごした短い時間だけが、心をもった人らしく、笑って生きることができた。
海におちたのが信じられなくて、さがして、さがして。
ようやく――。
突然あふれ出た想いをとめる方法がわからなくなって、無理やりキスをしていた。
もうサイテイだ。
ほのかにあたたかくて、やわらかい感触がはなれると、オレの力がフッと抜ける。
江藤はオレを押しのけると、唇を手でかくし、信じられないといった表情で、目を丸くしていた。
「……ごめん」
うつむいてつ謝ると、江藤が逃げるように駆けだす音がした。
ジェラルドは、心の底からエトワールを愛していた。「やっぱり、フェザードの息子だった」という言葉が、ジェラルドを深く傷つけている。
高校生のオレには重すぎる記憶が、堰を切ったようにひろがると、逃げる江藤の背中をうつす双眸から、涙がおちた。




