第3話 わからない① 「ずるい」
成宮が帰ったあと、江藤が戻ってきた。
緊張感がやわらいで屈託ない笑顔が戻っている。
それがまたムカついたから、物静かで、レトロな雰囲気の店には似合わない騒ぎ声を響かせた。
「オレはさぁ、エルネストのことをキッパリ、ハッキリ明らかにするって聞いたから、ここにいるのに、どういうこと?」
「蓮夏ちゃんと成宮センセイの、ただのデートだったわね」
「だって、なにから聞いたらいいのか、わかんないし。それに、ジェラルドの声を聞いていると、緊張して、パニックになっちゃったし」
それぞれが深いため息をついた。
収穫ゼロと思い込んでいる江藤と羽野は、ここで一気に疲れをみせたが、オレは違う。
「おまえらは頼りにならないなぁ。オレはちゃんと、成宮から聞き出したぞ。やっぱりウソをついていた。エルネストの記憶はあるって、言いやがった」
「えっ」
「一条、それ本当なの? 成宮センセイにジェラルドの記憶があったの?」
身を乗り出して、「知りたい」「はやく教えて」というような態度を示したが、コイツは水族館でオレを観察していじめた。
「……教える前に、チョコケーキひとつ。羽野のおごりで」
「はぁ、ふざけないでよ」
「今日は羽野のせいですごく疲れたから、甘いもんが食いたくなった」
ムスッとしたまま答えると、当然、羽野は怒り出す。
「私はなにもしていないでしょ? ただ単に一条が嫉妬してただけでしょ」
「ちょ、それをここでいう? 嫉妬なんかしてないし」
「してたッ」
「し・て・な・いッ!」
「あ、あの。ふたりとも落ち着いて。成宮センセイはジェラルドじゃない……かもしれない」
すこしうつむいて自信がなさそうだったが、江藤は説明を続けた。
「ジェラルドは、とっても甘いリゴの実っていう、リンゴによく似た果物が大好きだったの。でも、成宮センセイはリンゴを食べないって……」
「は? ……それだけ?」
オレが聞きかえしても、本当にそれだけでジェラルドじゃないと思ったらしい。
「いや、もっと夢をみたとか、潮の香りが違ったとか、具体的には?」
「それは……、なにも」
「えー、でも、成宮センセイがジェラルドじゃないとしたら、ジェラルドはどこにいるのよ」
羽野の言葉に、ズンと身体が重くなるのを感じた。またふりだしに戻った感が、半端ない。
「やっぱ、今日は疲れた。でも成宮の声は、ジェラルドそのものだろ? 成宮がジェラルドで、もういいんじゃね?」
ぐたっと、テーブルの上に頭を置いた。
色々なことを考えすぎて熱くなった頭には、ちょうど良いつめたさ。なにもかも面倒になっていた。
「あぁ、ごめんなさい。一条君、疲れてるならチョコケーキ、わたしがおごるよ」
江藤がチョコケーキを注文してくれた。
「でも、どうしてウソをついたんだろ。ほかにはなにかいってなかった? 私がきたとき、なんかすごく雰囲気がわるかったけど」
「あー、雰囲気がわるかったのは気にしないでくれ。なんでもないから」
「蓮夏ちゃん……じゃなくて、エトワールのことは、なにかいってた?」
「わりぃ、それを聞こうとしたら――」
「オマエはだれだ?」と、成宮はいい出した。その言葉の意味がわからないけど、前から抱いていた、オレが夢をみるときの違和感が頭をよぎる。
なぜカルデニアの姿しかみえないんだ?
いつもカルデニアが怒っていて、最近みた夢では、ジェラルドに激しい怒りをぶつけていた。
「聞こうとしたら、なに?」
急に黙り込んだオレに、イラッとした羽野がテーブルをトントンとたたいている。
「……なんでもない。うまく聞き出せなかった」
「ちょっとぉ、そこを聞き出さないと。ウソをついていた理由も、エトワールを裏切った理由もわからなままって、なにやってるのよ」
激しい怒りをぶつけてきた。
「真鈴、落ち着いて。本当なら、わたしが聞き出さないといけないことだから。わるいのは、全部わたしだから、ね」
江藤が羽野をなだめている間に、チョコケーキが来た。
チョコの味が濃いけど、甘すぎない。それでもチョコをそのまま食べているような、疲れが取れるうまさ。
結局、成宮がジェラルドなのか、結論を出せない。時間だけが過ぎていき、店内の鳩時計が六時を告げる。
「あー、もうこんな時間。塾があるから帰らないと」
「えっと、わたしは、オレンジジュースとイチゴのタルトとチョコケーキだから。あれ、伝票は?」
「そういえば、成宮が金を払ってた。追加のケーキ分だけ払ってくる」
「チョコケーキは、わたしが出すよ。一条君に迷惑をかけたし」
「江藤は、そろそろ冗談がわかるようになれ」
指で軽く江藤のオデコをはじいた。
それから、カウンターにいる店の人に声をかけたが、「お代は、成宮クンからいただいてます」と。
「え? オレ、追加注文したけど?」
「えぇ、きっとケーキを頼むからって、成宮クンがいってましたよ」
店の人は笑うけど、オレは笑えない。
オレたちが出会ったのはつい最近なのに、細かい性格を把握している。
成宮がジェラルドじゃないとしたら、だれなんだ?
オレやエトワールのことを、よく知っている人物。食べ物の好みも、性格も。そんなヤツがいたのだろうか。
エルネストにかかわっているのは、江藤のエトワールにカルデニア。羽野のアニスと、南さんのフォンセ。まだどこにいるのかわからないのが、カルデニアの両親。そして、思い出すだけで激しい怒りと、憎しみが全身を駆けめぐるフェザード……。
でも、成宮はオレのことを「フェザードか」と聞いたから、それはないはず。
あー、もうわからない。ジェラルドはどこにいるんだ?
「一条ッ」
「え、なに?」
「ボーっとしてないで、蓮夏ちゃんを送ってあげてね」
「なんで?」
「私は直接塾にいくから、ここでバイバイなの。女の子をひとりで帰らせるつもり?」
「いいよ、真鈴。電車に乗ったらすぐだし」
「途中までなら、送るけど?」
オレの言葉に江藤はうれしそうな顔をした。
パッと花が咲いたかのような、明るい顔。
あれだけ成宮と楽しそうにしていたのに、ここでその笑顔はずるいと思った。




