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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第3章 一条新太は思い出す
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第2話 オマエはだれだ?① 「つらい……」

 期末テストが終わったあとの解放感がたまらない。夏の太陽が肌を突き破るような暑さを運んでも、すがすがしい風を感じるこの気持ち。パーッとあそぶには、絶好の日かもしれない。

「さてと」

 オレは時計をみた。待ちあわせの時間にはまだはやい。集合場所に一番にたどり着いて、はりきっているとか思われたくないし、近くの本屋に逃げ込むことにした。ところが、無地のTシャツをうしろからグッと引っ張るヤツがいる。

「一条もこの電車だったの? ずいぶんとはやいねー」

「羽野……」

 見た目はおとなしそうな黒髪のおさげなのに、羽野の洞察力は鋭い。オレがちょっと楽しんでいるのを見透かしたかのような、ニヤニヤと意味ありげに笑うから、ヤな感じ。

「次の電車だと、待ちあわせに間に合わないから、仕方ないだろ。べつに、はやくきたくて来たわけじゃ……。あ、オレをからかう前に、アレをどうにかした方がいいんじゃね?」

「アレ?」

 石像のようにカチコチにかたまる江藤を指した。

「蓮夏ちゃん、いまからそんなに緊張して、どうするの。昨日はよく眠れた?」

 ブンブンと大きく首を振っている。

 はなれていても、ものすごく伝わる緊張感。まだ成宮は来ていないのに、いまからこんな様子だと、本当にまた倒れるんじゃないかと、心配になる。

「はい、じゃあ、大きく息をすってぇー」

 羽野が江藤に深呼吸をさせていると、人混みに中でもひときわ目立つ男をみつけた。

 そいつはオレと同じ無地のTシャツだけど、リネンシャツをサラッと羽織って爽やかだ。キレイな顔をしているから、すれ違う女はすぐ振り向く。

 スーツ姿もさまになっていたが、ラフな姿もお見事な、成宮だ。

「あれ、みんなはやいね」

 蒸し暑い夏でも、人のよさそうな笑顔を絶やさない、成宮。コイツがいない方がもっと楽しめそうだけど、今日は仕方がない。

「どこに行きましょうか? 一条がちゃんと連絡係をしてくれないから、あそぶ場所が決まらなかったし」

 じろっとオレを睨む羽野。

「テスト前にメールなんかしてられるか」

 実際は、江藤の頭が悪すぎて、連絡どころではなかった。でも、そんなことをここで話したら、恨まれそうなのでやめておこう。

 日陰を選んで歩いても、汗がダラダラとふきだす七月の中旬。あそぶなら館内がいいということで、最初に出た案はカラオケ。だが、絶対に無理! と、江藤が言い張った。成宮の前で歌うのが恥ずかしい……らしい。

 本当に、面倒くさい。

 映画は好みがみんなバラバラで、だれも譲る気もないようだ。

「あぁ、もう決まらない。やっぱり、一条がぁー」

「オレのせいにすんな」

 なかなか話がまとまらないときに、成宮が手をあげた。

「ここからすこし歩くけど、水族館なんてどう? ちょっと子供っぽいからいい出しにくかったけど、ダメかな?」

 水族館って子供っぽいか? 

 成宮には、外見も内面も完璧に整備されたカッコよさがあるのに、ここで、幼さをアピールするのか。食えない奴だと感じたが、江藤と羽野は違う。

「水族館、いいですね。蓮夏ちゃん、ペンギン好きだし」

「えっ、あ、うん。いいですね。行きましょう」

 頬を赤く染めて乗り気だ。

 最初からこうなることを予想してたんじゃないかと、疑いたくなるほど、成宮の行動には無駄がない。

 水族館についてからも、格の違いをみせつけられる。

「チケットはどこで買うんだろ?」

 江藤がキョロキョロしている間に、成宮が全員分のチケットを買っていた。いつの間に購入したのか気がつかなかったうえに、チケット代を払おうとしたら「バイトで稼いでいるから、いらないよ」と。

 どこまでも爽やかな成宮。しかし、悪夢はまだはじまったばかりだった。

 空調のきいた館内に入ると、うす暗くてとても落ち着いた雰囲気。居心地は良かったが、なぜか江藤と成宮が一緒に歩いて、オレと羽野がうしろにつづく。

 ライトアップされた小さな水槽が、いくつもならんでいるから、なにかの魚を指差すと、成宮は身体をかがめて、わざわざ江藤と同じ視線に立つ。そのときのふたりの距離がとても近い。髪と髪がふれあうほど近すぎる。

「一条、眉間にシワがよってるわよ」

「……帰っていいか?」

「ダメに決まってるでしょ。このままだと蓮夏ちゃん、成宮センセイと付き合っちゃうよ。いいのかなぁー」

 ここで気がついた。

 羽野はオレを観察して楽しんでいる。悪趣味にもほどがある。

「べつにいいよ。江藤も楽しそうだし」

 ムカつくほど、江藤は楽しそうみえる。

 話し掛けられるたびに、オロオロしながらも、懸命に話をしようとしている姿が気に入らない。めちゃくちゃ照れながら笑う江藤が、遠い人のように感じる。

 でも、広大な海の中を再現した、巨大な水槽の前に立つと胸がギュッとしめつけられた。

 白い泡がキラキラと輝く、どこまでも青い水槽の中を、ウミガメが悠々と泳ぐ。小さな魚の群れも手が届きそうなほど近くて、まるで海の中にいるような錯覚におちいる。

 せっかく忘れていたエルネストが、グッと近づくのを感じた。

 オレは海へ行った記憶があまりないのに、何度も海にもぐっている記憶がふっとわきあがる。

 これは、カルデニアの記憶か?

 手を伸ばすと、つめたいガラスの水槽に触れた。ここは水族館の中だとわかっているのに、潮の香りがきつい。エルネストでの記憶がチラつくと、足もとがふわふわしてくる。眠気もひどい。こんなところで倒れるわけにはいかないが、ちょっとヤバい予感がすると、江藤がオレの服を引っ張った。

「夢におちかけてる? 大丈夫?」

「あぁ、助かった。大丈夫。江藤は平気か?」

「たぶん全部を知ってしまったからかな、わりと平気。でも、エトワールは海に……。それを思い出すのが、ちょっとつらいかな。あっちにペンギンがいるから、移動しよう」

 苦笑いをする江藤のあとにつづいて、青くひろがる水槽からはなれた。

 エトワールは海に落ちて死んだ。

 落ちた理由をたずねても、江藤は教えてくれなかった。

 全身ずぶ濡れで、ひどいケガをしていたカルデニア。きっと、そのことが原因だから、江藤は口を閉ざしている。

「はぁ……。帰りたい」

 大きなため息と本音をこぼすと、羽野にコツンと蹴られた。

「私をひとりにしたら、許さないんだからね。行くよ」

「はいはい」

 重い足を引きずるようにして、深く青い世界をあとにした。

 水槽が並ぶ館内は比較的すいていたが、ペンギンがいる場所は大人気で、遠くからでも人だかりがみえる。

「ペンギン好きなんだけど、人が多くてみえないね」

 そういって江藤が背伸びをすると、成宮がチラッとオレをみる。なんだろう? と思っていると――。

「ひゃっぃ」

 江藤のヘンな声が聞こえた。

「どう? みえる?」

 細くくびれた腰をつかみ、ヒョイっと持ちあげている。成宮が、江藤の腰をつかんでいる。

「み、みえました。みえました。ぉお、おろして」

 完全にゆでだこ状態の江藤。人はここまで赤くなることができるんだ。と、おどろくほど赤い。

「い、一条、たいへんよッ」

 羽野が呆然とするオレの腕を引っ張った。

「このままだと、蓮夏ちゃんが倒れちゃう」

 いや、オレの方が倒れそうだった。

 江藤が成宮を選ぶなら、それはそれで仕方がないことだと考えていた。なのに、こんなにも腹が立つとは思ってもいなかった。

 胸の中でひろがる、禍々しい感情の名前は嫉妬。爆発させないように、抑え込もうとすればするほどイヤになる。

 それでも平静を保たなければならない。ひどく疲れる。

「蓮夏ちゃん、こっちも面白いよ。みて」

 円柱水槽を泳ぐゴマアザラシが人懐っこくて、手を動かすとついてくる。その姿に和んだし、クラゲの水槽がならぶエリアは、とても幻想的だった。トレーナーのいうことを聞かない、良い意味でグダグダになっていたセイウチのショーも、笑った。

 だけど、胸の奥の痛みが取れない。

 成宮と楽しそうにしている、江藤をみるのがつらい。

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