第1話 江藤の決断② 「江藤のためにできること」
エルネストの夢にも、成宮にも違和感がある。そのことを話しておきたくて、少しはやめに登校したけど、江藤がいない。
「羽野、江藤は?」
「うーん、昨日の夢がかなりショックみたいで、今日は休むって」
「そっか」
はにかみながらうれしそうな顔で、江藤はよく夢の話をしていた。それなのに、昨日は眠っているときから涙を流して、目を覚ましてからもずっと。
聞きたいことが山ほどあっても、質問できる状態ではなかった。あまりにも泣くので、オレは羽野にまかせてその場から立ち去った。……というか、逃げた。
今日ならゆっくり話ができると思っていたが、甘かった。
「江藤は、どんな夢をみたんだ? 前に南さんが「死ぬときの記憶は、知らない方が良い」とかいってたよな。そんな感じの夢か?」
「それもあるけど、エトワールはジェラルドのことが大好きだったけど、ジェラルドは、そうじゃなかったみたい。エトワールはフラれたんだって」
「え、そんなことないだろ?」
「私も信じられないんだよねぇ。昨日の成宮センセイをみたでしょ? 一条が蓮夏ちゃんを運ぶのを拒んだり、すごく優しい目で心配したり。成宮センセイがジェラルドで間違いないと思うんだけど、頭が混乱しそう」
「本当に、成宮がジェラルドなのか?」
「ライバル出現で信じたくない気持ちはわかるけど、ジェラルドだよ。あ、昨日も違和感があるとか言ってたよね。もしかして、あぶない感じなの?」
成宮はつかみどころがない人物で、絶対になにかを隠している。でも、あぶない人かと聞かれると、そうではない。江藤を心配する眼差しも、オレに向けた敵意も、つくられたものではなくて、成宮の素直な感情だった。
「危なくはないけど、あとは江藤がどうするかだな」
「んー、それがね。わんわん泣いてたけど、そのうち怒り出して……」
「怒る? フラれたからか?」
「かわいさ余って憎さ百倍、みたいな感じだったよ。エトワールに対しても、さんざんステキな夢をみせておきながら、急になにッ! って、ものすごく怒ってた」
泣いてから怒る。江藤らしくて、ちょっと笑えた。
あの大きな目をクリクリさせながら、頬をふくらませて身振り手振りで文句をいう。その姿は安易に想像できる。
「羽野も大変だったな」
「まあね。でも、エトワールが「ジェラルドには近づくな」っていい出したみたいで、これも困ってるんだよねぇ」
「成宮に近づくなってことか? どうして?」
「よくわかんない。たぶん、蓮夏ちゃんが近づくと、眠っていたエルネストの記憶を、呼び起こすことがあるでしょ? エトワールはジェラルドを起こさないでって」
「なんだよそれ。夢をみせておきながら、勝手だな」
「蓮夏ちゃんも、同じこといってた」
ふふふと笑っていたけど、すぐにおどけた表情を消して、羽野はキュッと引きしまった顔をした。
「今度、あそびに行くときに、すべてを明らかにしたいって」
「すべて?」
「うん。ジェラルドがどうして、急に心変わりをしたのか。エトワールがいなくなってから、エルネストがどうなったのか。知りたいことを、ぜーんぶ聞き出すんだって」
「そんなこと、できるのか?」
「……できないと思う」
羽野はアッサリと答えた。そんなことができていたら、いまごろ泣いたり、怒ったりしていない。と、笑う。
「でも、蓮夏ちゃんの決意は固いよ。……といか、成宮センセイからフラれるのを望んでいるような、ヘンな感じなの」
「意味、わかんねぇーな」
「だーかーら、協力してもらうわよ。蓮夏ちゃんもなにか腑に落ちないようなことがあるみたいで、一条のことを頼りにしてるんだから、ちょっとは手伝ってよね」
「え?」
頼りにされていると知って、眉間に寄ったシワを緩めてしまった。
そしてそのちょっとうれしそうな表情を、羽野は見逃さない。意味ありげな顔でニタッと笑っている。
「まあ、そういうわけで、期末テストが終わったら、決戦のときなの! 蓮夏ちゃんがんばるから、一条も来てね」
「オレはいかない。前もそういったよな」
「カルデニアに来てほしいって。エトワールと一緒に、ジェラルドの裏切りを目撃した人物だから、なにか思い出したら、助けてほしいって」
「あ、でも、オレは……、エルネストのこと、あまり覚えてないし」
「逃げるの? 蓮夏ちゃんは、もう逃げないって決めたよ。すべてに向き合うって」
蔑むような羽野の声に、カチンと頭にきた。普段ならきっと、反発していい返していたが、いまは答えが出せない。
「すべてに向き合って、江藤は大丈夫なのか?」
また泣く姿は、みたくない。
「そこは、蓮夏ちゃんを信じよう。あ、そうだ。その前にもうひとつ。もっと困ったことがあったんだ」
「まだなにかあるのか?」
「蓮夏ちゃん、ずっとエルネストに振り回されて、すっかり勉強に身が入っていないのよ。このままだと期末テストで赤点とって、あそびに行くどころじゃなくなるわ」
「あっ」
間抜けな声が出た。エルネストの夢から目覚めると、いつも身体がだるくて、ひどく疲れる。一度夢に落ちたら、しばらくはこりごりなほど。それなのに、江藤は何度も夢をみる。
期末テストは近い。高校生としてやるべきことが山ほどあるのに、ぶっ倒れたり、ながい夢をみたり。そのせいで、なにも手がつかなくなるのは、わかる気がする。
もともと勉強は苦手だといっていたから、本当にヤバイのかもしれない。
「一条、蓮夏ちゃんを助けてくれるよね? 英語は私も苦手だから、お願い」
「……しゃーないな」
深いため息をついて、うなずくしかなかった。
そして、江藤が学校に来るようになってから、高校生らしくテスト勉強がはじまった。
しかし……。
「なんで、単語を覚えてねぇんだ。英語も江藤の得意な国語と同じ。言葉の意味がわからないと読めないだろ? 書けないだろ? ちゃんと単語ぐらいは覚えろよ。教える以前の問題だ」
「ぅうるさいわね。国語と英語を一緒にしないでよ。一条君とちがって、そんなスラスラ頭に入ってこないわよ」
思っていた以上に、ひどいありさまだった。
「物質を構成する基本粒子は?」
「え? 原子?」
「原子の構造は? 質量数とは?」
「え? え??」
「元素の周期表は、クリプトンまで覚えた? 遷移元素と典型元素の区別や、金属元素と非金属元素の区別、わかる?」
「わたし、……理数系じゃないし」
「化学基礎も出来てねぇのかよ。期末まであと少しだけど、大丈夫? 本当に赤点をとることになるぞ」
他の教科もたたみかけるように質問をして、大量の宿題を出した。
「こんなに覚えるの? ムリだよ」
「ムリじゃなくて、やるの。覚えるの。寝る時間と、風呂と飯以外の時間を使えば大丈夫だから、やれ」
「オニ、悪魔ッ」
泣き言をいっても聞くもんか。
エルネストのことをすべて明らかにしたいという、江藤の決断は応援する。でも、赤点が続けば、自主退学か留年か。ここはそういう学校だ。だから、現実を突き付けて、しばらくはエルネストのことから引き離す。
オニ、悪魔と呼ばれても、ときどきみせる暗く沈んだ顔や、涙で潤んだ瞳はいらない。
これがいまのオレにできる、精一杯のことだから。




