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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第3章 一条新太は思い出す
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第1話 江藤の決断① 「消えない違和感」

消毒液の匂いはあまり好きじゃない。だが、江藤蓮夏がまた倒れて保健室の世話になっている。

 狭い保健室で、オレたちは作戦会議をした。

 集まったメンバーは、ジェラルドの雰囲気と、声が似ている教育実習生の成宮。

 江藤の親友で、エトワールの母親だった羽野。

 そして、カルデニアに似ているオレ。

 成宮はあと数日でこの学校から消える。教育実習の期間は短いから、ジェラルドの記憶がないうちに「キッパリ忘れる」と、江藤はいったのに――。

「結婚する?」とかいわれて、ぶっ倒れた。からかわれただけなのに……なんかムカつく。

 いつものようにオレが江藤を運ぼうとしたら、成宮に止められたことも腹立たしい。

「蓮夏ちゃーん」

 倒れた江藤は、羽野の呼びかけにも答えなかった。

 はじめて倒れたときは、とにかく焦って動揺したけど、もうすっかり慣れた。

「しゃーないなぁ」

 倒れた江藤の身体を持ちあげようとしたら、成宮がオレの手をとめた。

「江藤さんに、さわらないでくれるかな?」

 ほがらかな笑みを浮かべて、かるい冗談をいっているような雰囲気だったが、オレの腕に食い込む成宮の手は、冗談をいっていない。

 ギリギリと締めあげるように力をいれてくるから、成宮の手をふり払った。

「は? さわるなって、こんな所に置いとけねぇだろ」

「だったら、僕が運ぶよ」

 成宮はヒョイッと江藤を持ちあげた。その後ろ姿を見ながら、複雑な気分で保健室までやったきた。

「羽野さん、わるいけど布団をめくってくれる?」

「は、はい」

 江藤を寝かせると成宮はそばに座り、頬をなでた。

「江藤さんって、よく倒れるの? 身体が弱いとか?」

「身体は丈夫なんだけど、蓮夏ちゃんは……。ねぇ、一条」

「あ、うん。そうだな、極度の緊張とかに弱いかな」

「緊張?」

 きょとんと不思議そうな顔をした成宮をみていると、やはりイライラする。

「オマエがいるから、江藤が倒れたんだよッ」と、いってやりたい衝動にかられたが、グッとこらえた。

 それにしても、なんでこんなタイミングで成宮があらわれたんだ?

 江藤は「キッパリ忘れる」といっていたのに、すべてが台無し。

 じとっと恨めしそうな眼差しをむけていると、羽野が成宮に質問をした。

「センセイは、蓮夏ちゃんのこと好きなんですか?」

 直球どまんなかのストレート。

 オレが聞きたかったことを、照れもせず堂々と聞き出す羽野はすごいと思った。

 成宮はすこし考えて。

「よくわからないけど、すごく惹かれている。いままでこんな気持ちになったこと、ないぐらい。これが、ひとめ惚れってやつなのかな?」

 これまた、直球。

 聞いていて恥ずかしくなるようなセリフが、ポンポンと飛び出すので、ムカつくを通り越して呆れた。

 おなじ男でも、成宮がまったく別の人種にみえる。

「でも、成宮センセイは蓮夏ちゃんのことなにも知らないのに、いきなり結婚はないと思います」

 羽野の正論に心から拍手を送った。

「まさか倒れるとは思わなかったから、ちょっと悪ふざけが過ぎたかな。それは反省する。でも、離れたくないなぁ」

 江藤を見つめる成宮の目は、やわらかい。本当に大切なものを慈しんでいるようで、なんだかよくわからない敗北感が、胸の中にひろがった。

 これ以上、江藤と成宮の姿をみたくなかったから、教室に戻ろうとしたが、羽野がとんでもないことをいい出した。

「そうだ! みんなで遊びに行きませんか?」

 ポンッと両手をあわせて、「ナイスアイディアでしょ?」と、いいたそうなドヤ顔。

「みんなって、オレも?」

 怪訝な顔で聞いたが、羽野は「あたり前よ」といって腕を引っ張り、さらに小さな声を出す。

「蓮夏ちゃんと成宮センセイをふたりっきりにしたら、蓮夏ちゃん、また倒れちゃうよ」

「倒れたら、成宮に運んでもらえばいいだろ? 頭を打たないように、羽野だけ行ってこいよ。オレは関係ない」

「ふざけないでよ。私だって、もと恋人同士の間に割り込んで、堂々と歩けるほど、神経、図太くできていません。だーから、一条も来て」

「いーやーだ」

 ゴチャゴチャと小声でいい争いをしていたが、羽野は腕時計に目をやると、強引に話をまとめはじめた。 

「遊びに行くのは、期末テストが終わってからにしましょう。成宮センセイの連絡先を教えてください」

 羽野はすごく楽しそうだったが、成宮は困った顔をする。

「教育実習生は、生徒に連絡先を教えちゃいけないんだ。まぁ、付き合うとかも言語道断なんだけどね。そのへん厳しいから、教えられないんだ。ごめんね。あー、結婚のことも秘密で」

「困ったなぁ。一条に教えるのもダメなの? 男同士だし」

「それもダメなような気がするけど、まあ、大丈夫かな」

 返事をしなくても、成宮はポケットからスマホを取り出す。

「一条、連絡係ぐらいはやってくれるよね?」 

「はいはい、わかりました。じゃ、オレの連絡はココで」 

 連絡先を交換したとき、成宮が耳元でささやいた。

「本当に、このままでいいの?」

「は?」

 いっている意味がわからず聞きかえしたが、成宮は何事もなかったかのように、スマホを片付けている。

「それじゃ、職員室にもどるよ。江藤さんが目を覚ましたら、遊びに行くの楽しみにしてるって伝えて」

 爽やかな笑みを残して、いってしまった。

「私たちも教室に戻らないと」

「もうそんな時間か」

 ふと眠っている江藤をみた。

「あっ」

 泣いていた。

 閉じられた目からスッと涙がおちて頬を伝わると、また次の涙がこぼれおちる。

「蓮夏ちゃん、起こしても起きないよね?」

 何度か試したことがある。どんなけつよく揺すっても、あの夢をみているときは、決して目を開けない。

「蓮夏ちゃーん、はやく起きて。それは夢だよ。大丈夫だよぅ」

 羽野がハンカチを取り出し、江藤の涙を拭いていた。

「……かわいそう。つらい夢でもみてるのかな」

 羽野の言葉が、小さな棘となって胸に突き刺さる。

 なぜだかわからないけど、急に鼓動がはやくなって、グラッと眩暈(めまい)がした。

「一条?」

「あ、いや。なんでもない」

 つよい眠気に襲われたけど、平静を装って保健室から離れた。すると、眠気はとおのいてくれたが、胸の奥が気持ち悪い。

「なぁ、羽野。成宮のこと、どう思う?」

「チョーカッコいい! 蓮夏ちゃんがうらやましいィィ」

「そんなもんか」

「なに、そのひややかな態度。強力なライバル出現だよ。焦らないの?」

「はあ? オレには関係ないし。……でも、成宮にはすごく違和感があるんだ。エルネストの記憶はないらしいけど、ウソをついている気がする」

「どうして?」

「それがサッパリわからん」

「成宮センセイがウソをついて、得になることなんてあるの?」

「……ないよなぁ」

 それでも心の中で、オレじゃないだれかが警戒している。

 成宮は、何者なんだ?


 そしてその日の夜は、ひときわ大きな満月。

 真珠色のにぶいひかりの中で、エルネストの夢をみた。

 つよく吹きつける潮風と、なまぐさい血の匂い。

 全身ずぶ濡れでケガをしたカルデニアが、泣き叫ぶ。

「アタシは、おまえを許さないッ! エトワールを殺したのは、ジェラルドだッ!!」

 いったい、なにが起きた?

 どうしてカルデニアが、そこにいる?

 はじめてエルネストの夢をみたときも、カルデニアは――。


「このままで、本当にいいの?」


 成宮の声がした気がして目が覚めた。

 夢はなにかを伝えようとしているが、オレにはわからない。

 江藤のことか?

 それとも、オレが感じているずっと消えない違和感のことなのか。

 まだ憶測にすぎないけど、成宮結人は……ジェラルドじゃない気がする。



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