第11話 星の声② 「声を聞いて」
するどい爪で、心がズタズタに引き裂かれる思いだった。
聞きたくもないのに、たたみかけるようなフェザードの声が、憎らしいほど続く。
「ジェラルドはこの私に心酔し、従順な息子だ。殺せと命じれば、女だろうが子供だろうが、屍を積みあげてきた。命乞いをする兵士も、あのさめた青い瞳で、斬りすてた。血がしたたる敵の首を持ち帰ったことも、あったなぁ」
エトワールは目をつぶり、耳をふさいだ。膝に頭をつけて、ちいさく丸まり、必死になってジェラルドのやさしい目を、思い出そうとしていた。
でも、砂をかぶった正式な離縁届と、フェザードの悦楽にひたる声が、やさしかったジェラルドの姿を消していく。
「そういえば、医術師協会のリララックの地下室に、十二人の生き残りがいたのを、覚えているか? あれを片付けたのはジェラルドだ。動けなくなったひとりひとりの首に、氷のような刃を突き刺したのは、ジェラルドだ」
「ウソよッ!」
叫ばずにはいられなかった。
戦地からあの負傷兵たちを運んできたのはジェラルドで、応急処置も完璧にしてあった。地下室の人たちを救いたいという気持ちは、一緒だった。それなのに、その命を奪ったのは傲慢な貴族たち。
「まだわからないのか? 貴様の気を引くために、一芝居うったことを。ものめずらしい黒髪の娘がどんな声であえぐのか、ちょっとした好奇心のために、近づいたんだよ。ジェラルドはそういう男だ」
「いい加減にしろォォォーッ!!」
火の玉のように飛び出し、フェザードに体当たりをしたのは、カルデニアだった。
「小娘がッ。ノワールでも麻痺して動けなくなる毒なのに、まだ動けるのか」
突き飛ばされたフェザードは、剣を抜いた。
「私はラスティが大好きだったよ。こんな私の友になってくれた。だが、ラメルは邪魔だ。これから私はこの国の王になる。ジラルデの名をもたない王を、ラメルの民は認めないだろう?」
「あたり前……だ。ラメルの民は……エルネロスに守られた。だから、代々続く……ジラルデを……守ると……約束した」
苦しそうに肩で息をしながら、額から脂汗をたらすカルデニア。立っているのがやっとで、戦う力などない。それでも、エトワールを傷つけるフェザードが、許せない。
はげしい怒りだけが、カルデニアを奮い立たせていた。
「さすがは、ラスティの娘だな。……そうだ。貴様を殺したら、ラスティはどんな顔をするだろうか。――楽しみだッ」
ヒュンとうなる音がしたのに、エトワールにもカルデニアにも、フェザードの剣がいつ動いたのか、まったくみえなかった。それなのに、カルデニアの肩から胸にかけて、血が、真っ赤な花びらのように飛び散った。
エトワールの黒い瞳に、海へ落ちていくカルデニアの姿が映った。
「カルデニアァァァーッ!!!」
エトワールは立ちあがると砂を蹴り、カルデニアを追いかけて海へ飛びこんだ。
すっかり日が暮れた夜の海は、つめたくて暗い。
なにも考えずに飛びこんだことをすこし後悔したが、カルデニアをさがす。
――カルデニアはラメルの民。きっと、大丈夫。死なない、死なせない。
自分自身にいい聞かせるようにして、あきらめずにさがしていると、胸もとから青いペンダントがふわりと浮きあがった。
エトワールはハッとする。
ラメルに伝わる願い石は、なんでも願いを叶えてくれると、カルデニアが笑顔でくれたペンダント。
――お願い。カルデニアを助けてッ!
すると、暗い海を突き破るかのようなひかりが、差し込んだ。
エトワールは驚いてアゴをあげると、金色のひかりがみえる。
ひときわ大きく輝く満月が、ひかりのない海に淡いひかりをとどけている。そして、ひかりの先にカルデニアの姿が。
一度海面に顔を出し、大きく息を吸って、また一気にもぐる。
動かないカルデニアの身体をつかまえると、エトワールは肺にたまったありったけの空気を、カルデニアにおくった。
やわらかい唇の感触がはなれると、ガボッとカルデニアが息を吹きかえした。
――エトワール!?
驚いた顔のカルデニアに、エトワールは薬の詰まった革袋を押し付けた。
酸素のない世界で生きていくのは不可能なのこと。かろうじて革袋を受け取ったけど、心臓を締め付けるような息苦しさに顔がゆがむ。
時間がない。
ふたりとも泣きだしそうな顔で、手を伸ばした。
しかし、苦しさに耐えられなくなったエトワールが、口を開けてしまう。
えぐみのある海水が次から次へと身体に入り込むと、もう手を伸ばせない。カルデニアをつかむことができないまま、沈んでいく。
カルデニアの赤い髪が、海水の中でも煌々と燃えさかっているようにみえた。
エトワールは、炎のような赤い髪が大好きだった。
健康的な褐色の肌も。
目と目があった。
エトワールはとびっきりの笑顔をつくるけど、あとすこしでつながりそうだった手が、どんどんと離れてしまう。
力をなくしたエトワールは引きずり込まれるように、暗い海の底に沈んだ。黒い瞳に、かすかな輝きをもたらす満月をうつしながら。
――忘れないで、エト。私も、フォンセも、あなたのことが大好きよ。
もうほとんど意識がなかったのに、やさしいアニスの声が頭に浮かぶと、冷たすぎる身体を温かくした。
なつかしい母の温もりに包まれている感覚と、アニスと瞳を思い出す満月。ほのかに明るいひかりがエトワールをそっと包みこむと、黒い瞳は閉じた。
暗闇のごとく深い海の底で、エトワールの身体は白い泡になり、消えていく。
「夢が……終わる?」
エトワールの身体が完全に消えてしまうと、白い泡の中から蓮夏があらわれた。
しずかな海の中にいるけど、夢なので苦しくない。
でも、キラキラと輝く星のような泡から、エトワールの声がする。
「お願い、わたしの声を聞いて。
長い夢をみている、もうひとりの……、わたし。
ジェラルドは、わたしを捨てたの。
だから、お願い。
あの人に、近づかないで。
ジェラルドを、起こさないで――」
蓮夏は、金色のちょっと長い前髪からみえる、澄んだ青空のような瞳に心を奪われた。
やさしく目を細めるジェラルドの夢に、いつもドキドキしていた。
エトワールとジェラルドは仲良しで、生まれかわりが現世にいるなら、絶対に会いたいと願った。
それなのに――。
煌めく星の声は、とても残酷なものだった。




