第2話 波乱のスタート② 「突然の睡魔」
真鈴には、カルデニアという一条君にそっくりな女の子の夢をみていたこと、入学試験の日に、カサを借りたことなどを話したら、それはもう興味津々。
ファンタジーやオカルト的な話が大好きみたいで、さらに仲良くなれた感じ。
でも、真鈴がわたし、エトワールのお母さんだっていったら、お腹をかかえて大笑いしている。
「私が、蓮夏ちゃんのお母さん? あー、面白い。なによそれェ」
「わ、笑わないって約束でしょう。笑わないでよッ」
「ごめん、ごめん」
目尻の涙をぬぐって、一生懸命に笑いをこらえる真鈴。やっぱり話すんじゃなかったと後悔したけど、すこし真面目な顔に戻って不思議なことをいいだした。
「そういえば受験の日、蓮夏ちゃんが途中でバスをおりちゃって、ものすごく心配になったなぁ。なぜか気になって、ずっと門の前で蓮夏ちゃんをさがしてたし……」
「あのときは、本当にごめんなさい。背中たたいて、さむいのに心配かけちゃって」
「いいの、いいの。ただ、蓮夏ちゃんの夢の話を聞いちゃったら、私、本当に蓮夏ちゃんのお母さんだったかも。娘を心配する親の気持ち、みたいな? そうだッ!」
真鈴はガシッとわたしの肩に手を置き、表情を固める。あまりにも真剣な眼差しにたじろいだけど、真鈴の手に力が入る。
「一条にも聞いてみようよ。私と同じように蓮夏ちゃんをみて、なにか感じたかもしれないよ」
「ま、まさか」
「だっておかしいでしょ? まったく知らない人同士なのに、カサに入れる?」
「それは……、大雪だったし、親切で」
深いため息をつかれた。
「夢が前世の記憶なら、困っている蓮夏ちゃんをみつけて、放って置けなかったのよ。大親友だったんでしょ? 私だってなにか心に引っ掛かるものがあったのよ。うん、きっとそうよ」
うん、うん、と、ひとりで大きくうなずいて、真鈴は一条君のもとへと走り出したから、全力で止めた。
真鈴は不満そうにしていたけど、これ以上ヘンな人だと思われたくない。
一条君にむかって「カルデニア」と叫んだときの、呆れたようなつめたい目。
穴があったら掘ってでもなかに入って、隠れたかった……。
「そろそろ入学式がはじまるから、廊下に並ばないと」
「え、もうそんな時間?」
腕時計をみて、残念そうな顔をする真鈴には悪いけど、わたしは胸をなでおろした。
そして、入学式がはじまる。
ありがたいような、つまらないような、よくわからない話を長々と聞き、新入生代表の挨拶になった。
「……あ」
わたしだけじゃない。
新入生も在校生もすこしざわついている。
新入生代表として、スタンドマイクの前に立っているのは、一条新太。
ちょっとあの赤い髪は不良っぽい。
わたしも明るい栗色の髪だから、人のことはいえないけど、かなり目立っている。でも、堂々とした風貌で、ハキハキとした威勢の良い声。
合格発表の日も、制服の受け渡しの日にも姿をみなかった。だから、てっきり不合格になったと思っていたのに、新入生代表ってことは、首席で合格じゃないか。
あと一点でも失っていたら不合格だった、ギリギリ合格のわたしとは雲泥の差。
夢の中では、なかよしレベルマックスのカルデニアなのに、ずいぶん遠い人のように感じて、ため息をつく。
それにしても、体育館の窓から流れこむ春の優しい風が心地良くて、とても眠い。
あくびをこらえ、くっつきそうなまぶたをこする。
ウトウトすること数回。
春の陽気と戦いながら、なんとか入学式をのりきったのに……。
体育館から出ると、何人かの先生が生徒をつかまえて、なにやら話をしているのが見えた。
「なんだ、このスカートの丈はッ」
城南高校は進学校だけど、風紀面はあまりうるさくないと聞いていた。でも、やはり最初が肝心なのか、短すぎるスカート丈の生徒に注意をしている。
わたしは明るい栗色の髪に、パーマをあてたようなクセ毛。いやな予感がするから、早足で通り過ぎようとしたけど、フォーマルスーツに身を包んだ強面の先生が、仁王立ちでこっちをにらみつけている。
絶対に目をあわせない方がいいと直感が働いたけど、遅かった。
「おい、そこ。ちょっと来いッ!!」
怒鳴りつけるような声にビクッとしたけど、呼ばれたらいくしかない。
「なんだ、その髪は?」
「えっ?」
「えっ、じゃないッ! パーマか? ちょっと生活指導室に来い」
がんばってセットしても、汗や湿気でアッサリと崩れる天然パーマ。
ウネウネうねる、憎い奴。
いつもポニーテールにしてごまかしていたけど、今日は時間がなくて髪をおろしている。
「ち、違います。これはくせ毛で」
目頭が熱く、泣きそうな顔になったけど、先生はさらに厳しい目でにらむ。
「ウソをつくなッ! パーマの当てすぎで、髪まで変色してるじゃないか」
「これも、もともと……。生まれたときから茶色っぽいんです」
中学生のときも、生活指導の先生によく呼び止められたっけ。でも、本当にパーマやヘアカラーをしているわけじゃないので、絶対に負けられない。
手をギュッと握り、胸を張ったけど、先生には、生意気に反抗してくる生徒に見えたのかもしれない。
前髪を鷲づかみにされた。
「みればわかるんだよ。生徒指導室に来いッ!」
――怖い。
ドクンッと、うるさいほど心臓の音が大きく聞こえた。
いままでも、髪の色やクセ毛が理解されずに、何度も叱られたことがある。でも、ここまで恐怖を感じたことはない。
それなのに、わたしの心の中で、わたしじゃないなにかが、とても怖がっている。
全身から汗が噴き出すような不気味さを感じると、手足から熱が消え、膝が震えだした。
「れ、蓮夏ちゃん」
不安そうな真鈴の声が、とても遠くに聞こえる。
ふわふわと浮いているような感じがして、足に力が入らない。
このままだと倒れてしまう。心では焦っているのに、身体がいうことを聞かない。
どうすることもできない異変に戸惑っていると、だれかがわたしの背中に手をそえた。
「そいつでアウトなら、オレの髪はどうなるんっすかねぇ?」
「い、一条」
パッと前髪から先生の手が離れた。
思わず顔を上げたけど、視界がグニャリとゆがむ。
――カラスだ。汚いカラスだ。
ひどく罵倒するような声が頭の中に響くと、立っていられないほどの強い睡魔におそわれた。
「江藤?」
わたしを呼ぶ声が何度も聞こえたけど、足もとから崩れおちた。
そして、ドボンと水の中に放り込まれて、沈んでいくような感覚。
背中から深い闇へと落ちていくようだった。
息苦しさは感じなくなったけど、だんだんとひかりが消えていくのが怖かった。
どうしようもできずに、全身に力が入ると、潮の香りがする。
この感覚は――。
満月の夜じゃないのに、夢がはじまる。
いままで、こんなことはなかったのに……。