第11話 星の声① 「ジェラルドがいない」
フェザードが約束したとおり、幽閉といっても生活に困ることはなかった。むしろ、食べきれないほどの食事や、贅沢な服がずらりと並んで気が引ける。
カルデニアはただの付き添いだから、王都と港町を自由に出入りしていた。
町の様子や病のことなど、いろいろな情報をエトワールに伝えていたが、楽しくなるような話ばかりではない。
「ジェラルドがいない?」
「うん。どこにもいないんだ」
「……なにかあったのかしら?」
「わかんない。でも、エトワールは心配しないで。きっとすぐ見つかるから」
でも、ジェラルドは見つからなかった。
ラスティたちも情報を集めたが、船場でフェザードと話をしていたという目撃情報を最後に、消息がつかめない。
カルデニアはジェラルドの話をしなくなり、エトワールがたずねても、曖昧に答えるだけ。心の奥底に不安がたまり、重苦しいものが身体を支配する。
空色のペンダントを眺めながら、ジェラルドのやさしい瞳を思い出しても、なにか良くないことが起こりそうな予感は消えない。
そして、その日はやってくる。
港町へあそびに行ったカルデニアが、おやつの時間になっても珍しく戻ってこなかった。かわりに重装備の騎士が、国王のサインがはいった書類を渡す。
「本日、エトワールの幽閉を解く。ここにある荷物は好きなだけ持ち帰り、ここでの生活は他言してはならない。そして、ジェラルドさまが、聖なる岬でお待ちです」
騎士の言葉を聞いて、よろこびの色を頬に浮かべた。
「あの、カルデニアは? 今日もここへ来ているはずですが?」
「ラスティさまの娘なら、荷物をまとめている。心配しなくても良い」
「そうですか。ありがとうございます」
騎士に頭をさげ、大切なものだけをカバンにつめる。
どこをさがしても、荷物をまとめているはずのカルデニアがいなかったけど、ジェラルドにはやく会いたい。
はやる気持ちをおさえきれずに、エトワールは駆けだした。
王都から白い石畳の坂をくだり、舗装されていない道をのぼる。すると、沈みかけた太陽のひかりに、エメラルドグリーンの海が朱色に染まっているのがみえた。そしてそのまばゆい輝きの中に、人影がみえる。
エトワールは足をとめた。
「えっ……」
そこにはジェラルドがいるはずなのに、別の人がいる。
長くのびた金色の髪に、エトワールは血の気が引くのを感じながら、後ずさりをした。
「逃げるな」
地の底から響くような、威厳のある低い声。
「フェザード……さ……ま?」
全身にぞわっと鳥肌が立ち、ここにいては危ないと感じたが、フェザードは手のしている者を放り投げた。
ドサッと砂ぼこりを立てながら、倒れているのは赤い髪。
「カルデニアッ!」
ぐったりとして、動かないカルデニア。
エトワールが慌ててかけよると、フェザードは見下すような冷笑を浮かべる。
「さすがはラスティの娘だ。男三人がかりでも捕まえられずに、毒矢を使った」
「ド……ク?」
上着をめくり、血がにじむカルデニアの背中をみると、矢が突き刺さった跡が。
痛々しいほど赤黒く腫れ、異常なほど脈をうっている。
「なんてことをッ」
炎のような激しい怒りが、エトワールの身体を貫く。
奥歯をかみしめ、有無をいわせない迫力で睨みつけたが、フェザードは笑う。
「その声、その目つき。まさにアニスそのものだ。ここに解毒剤がある。アニスの声で命乞いをしろ。そうすれば、ラスティの娘は助けてやる」
「……ダ……メだよ、エ……ト……」
カルデニアの目がすこし開く。
「カルデニア、これを噛んで」
腰ひもに結び付けていた革袋から薬草を取り出し、口に入れた。背中にもありったけの軟膏をぬったが、フェザードがエトワールのほそい腕をつかみあげた。
「他国もエルネストも、欲しいと思うものは、なんでも手に入れた。だが、たったひとつだけ手に入れられなかったものがある。なんだかわかるか?」
「知らないわよッ。離して」
「アニスだよ」
憎悪のこもった声を出し、カルデニアの背中を踏みつけた。
「いッ、あぁあああーッ」
激痛に耐えられないカルデニアの悲鳴が、エトワールの耳を裂く。
「お願い、離してッ。もうやめてーッ!」
「ここは神が来臨した神聖な場所。だから、ここで誓え。このフェザードに隷属しろ」
パッと手が離された。
「その汚い黒髪は金色にかえてやる。声だけあればいいと思っていたが、目も捨てがたいな。くりぬいて、黄金でもつめてやろうか?」
「く……、狂ってる」
よろめき、地べたに座りこんだが、いままでに抱いたことのない激しい憎悪が、際限なくわきあがる。
殺気立つエトワールに、フェザードはまた笑った。
「そういえば、この私に同じことをいったヤツがいたな。「狂ってる」と。私はそいつの腹に穴を開け、真っ暗な海に落としてやったよ」
スッとエトワールの耳元に顔を近づけ、ねっとりとした声を出す。
「オマエの父、フォンセをな」
勝ち誇ったかのような高笑いが響く。
エトワールは蒼ざめた顔のまま、這うようにしてカルデニアのもとへ。
フェザードがなにをいって、なにがしたいのかまったく理解できない。でも、目の前のカルデニアが死にそうで怖い。
美しいエルネストの景色が涙でグニャリと曲がり、吐きそうなほど苦しい。
震える手で薬草をカルデニアの傷にかぶせると、エトワールの手を、カルデニアはしっかりと握った。
「そんな……こと、ジェラルドが……ゆる……す……もんか」
「ジェラルド?」
金色の眉がピクリとあがった
「あぁ、そうだった。すっかり忘れていたが、ジェラルドはもうこちら側の人間だ。ラメルとも、黒髪の娘とも縁を切った」
胸もとから一枚の紙を取り出すと、エトワールにむかって、たたきつけるように投げた。
それは離縁を届ける正式な書類。
ジェラルド直筆のサインがある。
「ウソ……」
呆然として抵抗しないエトワールの姿に、フェザードは物足りなさを感じたのか、さらに声をあげた。
「私には息子がたくさんいたが、ジェラルドほど優秀なものはいない。貴様と別れて、彼は私のもとで働くことを選んだ」
フェザードはしゃがみ込み、エトワールのあごをクイッと持ちあげた。被虐されて、深い絶望に沈む姿にゾクゾクとした快感を得ているフェザードは、つめたくひかる金色の瞳を、さらにあやしく輝かせる。
「ジェラルドの、本当の姿を教えてやろうか?」
エトワールは涙の止まらない目を見開いて、首を横に振ったが、フェザードは話をとめなかった。




