第10話 引き裂かれたふたり① 「黒い病」
勝者はいないということで事なきを得たが、この退団試練は、茶番だという者もいた。
ジェラルドはフェザードの息子。
退団させてやりたいが、騎士としての厳しい規則がある。だからノワールを放ち、ジェラルドに退治させたと。
しかし、ラスティは違う見方をした。
「ありゃ、フェザードが負けそうになって、あわててノワールを放ったな。たいしたケガ人がいなくてよかったが、最近のフェザードの行動は目に余る。まぁ、いつまでもつまらない話が続いて、エトワールも大変だろ。ジェラルドは元気にしているか?」
「はい。のんびりしてますよ」
嬉しくて仕方がないと言った表情で、エトワールは笑顔を見せる。
ジェラルドとの結婚が決まり、幸せそのもにだった。
「エトワール、ちょっときておくれ。ラメルの花嫁衣裳だけど、サイズを合わせたい」
「は、はい。いま行きます-」
フレムに呼ばれて奥の部屋へいくと、胸もとが大きく開いた純白のドレスを持っている。ヒラヒラと揺れるシルクの布がとても美しいけれど……。
「ラメルの人たちは、みんな胸が大きいから似合いそうだけど、私がこれを着るんですか?」
ちらっと胸元を見てため息をつく。
するとフレムが笑いながら、長い布を持ち出した。
「大丈夫だよ。胸もとにはこっちの布を先に巻いて、腰にも」
パールピンクの布を胸に巻き、純白のドレスに袖を通す。腰にも同じパールピンクの布をベルトのように巻きつけて、裾まで優雅にたれ流すと、二色の色がとても神秘的な素晴らしいドレスになった。
「エトワール、似合ってるよ。とってもキレイ。あ、そうだ。これはアタシからのお祝い」
うれしそうに顔をほころばせたカルデニアが、ふわりとエトワールの首にかけたのは、麻紐でドレスアップされた青い宝石。
どこまでもひろがる、青空の色をしていた。
「これは、ラメルの民が、金色の神エルネロスに、争いを終わらせてほしいと願ったとき、エルネロスが流した涙なの。ラメルの族長にしか伝わらない宝石なんだから」
「え、そんな貴重なもの、もらえないわ」
首を横に振って返そうとしたけど、フレムがとめた。
「伝説の願い石とか言われているけど、ただのお守りなんだよ。むかし、アニスにあげたものだから、もらっとくれ」
胸にかかった青い石を手にとった。
ジェラルドの瞳と同じ色に、思わず頬が朱に染まる。
「ありがとうカルデニア、フレム。大切にするね」
「エトワールがお嫁さんになっちゃうのは、ちょっと寂しいけど。なにかあったら、すぐ帰ってくるんだよ」
「こら、カルデニア。帰ってきちゃダメでしょう。ジェラルドは良い青年だから、きっと幸せになれるよ」
慈愛にみちたやさしい眼差しにじんときて、エトワールの目に涙がたまったけど、ラスティの大きな身体がヌッと部屋に入って来た。
「ちょっといいか? お、エトワール、キレイだな」
「えへへ」
ラスティの前では、子供のように笑うエトワール。でも、ラスティのうしろにいるジェラルドに気がつくと、さっと顔色をかえてカルデニアの陰に隠れた。
「ラスティ、勝手に入ってくるんじゃないよ。ジェラルドにみられたじゃないか」
花嫁衣装は、当日の楽しみにしておきたかったフレムは、両手を腰にあて、ラスティに詰め寄った。
「あぁ、すまねぇ。だが、困ったことが。なぁ、ジェラルド」
ジェラルドの同意を求めたが、ぼぅっと立ちすくんだまま、ピクリとも動かない。
「おい、ジェラルドッ!」
「えっ。あ、あぁ、さっき傭兵が来て」
どこか上の空で、チラッ、チラッとエトワールをみている。
「あぁ、もういい。俺が説明する。エトワールがキレイだからって、しっかりしろッ」
背中をバシッとたたかれ、ジェラルドが前のめりになると、ニッと白い歯をみせてラスティが笑う。
「戦しか知らないジェラルドも、そんな顔をするんだな。エトワールにべた惚れじゃないか」
ガハハハと豪快に笑うから、エトワールもジェラルドも頬を赤く染めて身悶える。するとカルデニアが、ムスッとしてラスティの大きな口をふさいだ。
「で、その困ったことってなに?」
「あぁ、そうだった。海岸にアレが流れ着いたんだよ」
アレといいながら両手を合わせたので、流れ着いたのは遺体だとすぐにわかった。
「サイ国の人間っぽいが、水死したわけでもない。高価なアクセサリーや武器もジャラジャラつけて、ヘンなんだよ。エトワールなら死因を特定できないかって、傭兵が来てだな」
「そういうことなら、すぐにいきます」
男たちを部屋から追い出して、エトワールは急いで着替えた。
白い砂浜にはたくさんの人が集まり、ラスティの姿を見つけた傭兵が大きく手を振った。
「待たせたな。コイツが医術師のエトワールだ」
ちょこんと頭をさげたが、傭兵は頭をさげることなくギロッと睨む。
「かなり高価のものを身につけているから、くれぐれも気を付けるように」
それはまるでエトワールが、高価なものを盗むかのような言い草だった。
ラスティが眉をひそめて、険しい表情を見せたから、エトワールは慌ててとめた。だが、遺体の様子を見ると、ただの水死体でないことに気がつく。
「これ……、すこし危険だわ。みなさん、離れて。関係のない人は、帰った方がいいわ」
コートのポケットから白い手袋を取り出し、大きめの布を口に巻く。
「どういうことだ?」
「ラスティも布で口をかくして。脚や腕に黒い斑点があるの。なにかの病気かもしれない。うつるといけないから、はやく離れて」
うつるという言葉に、やじ馬たちは恐れおののき、クモの子を散らすように消えた。
「傭兵さん、この人たちを全部燃やしてください」
「わかった。服をはぐが、それは平気か?」
「いけません。全部、一緒に燃やしてください」
「宝石もか?」
信じられないといった表情の傭兵に、当たり前ですと深くうなずいた。
「運ぶときは、鼻と口を布で覆って、手袋をしてください。全部燃やしたら、すぐに身体を清めてください」
「んー、こんな高価なものを燃やすのは、騎士団長の許可がいるな」
「はやくしないと、病がひろがるかもしれませんよ」
必死に訴えたが、傭兵は「あとは我々でなんとかする」といって、エトワールたちを追い払った。
嫌な予感がしたが、ここでもめ事を起こせば式に影響する。きゅっと唇を閉じて、傭兵の言うとおりにした。
しかし三日後、エルネスト王国に災いがふりかかる。
海岸にいた傭兵たちが血を吐き、次々とこの世を去った。
その後も、奇妙な病はとまらない。
とても元気だった町の人まで、身体のどこかに黒い斑点があらわれると、血を吐き苦しみながら死んでいく。
この奇病は【黒い病】として伝わり、人々を恐怖におとしいれていた。
いつ感染するかわからない恐怖は、思考をも鈍らせる。
怯える人たちが次第に口にするようになったのは、エトワールの名前。
「あのカラス女が原因だ」
「あいつの髪と目は黒いのに、平気なのはおかしい」
「あいつの黒が、病気をばらまいている」
恐怖の矛先が、すべてエトワールに向く。
「バカバカしい。エトワールが病の原因なら、真っ先にオレが倒れているはずだ」
ジェラルドは声を張りあげて、エトワールを守ろうとしたが、ひろがった恐怖はおさまらない。
「おそらく、あのときの傭兵が宝石を盗んで、身につけていたんだろう」
ラスティがくやしさに歯をかき鳴らしても、一度広がった病をくいとめる方法がない。
「ここにいれば、大丈夫だからね。エトワール」
カルデニアがやさしく抱きしめて、頭をなでながらなぐさめても、エトワールは深く傷つき、悲しんでいた。
そして、とうとう。
「ラスティ、大変だよ。フェザードが、エトワールを幽閉するって」
フレムの声に、ジェラルドが剣をとった。ひどく殺気立ち、怒りを抑えきれない様子のジェラルドだが、ラスティが立ちふさがる。
「落ち着け、ジェラルド。まずは話を聞かないと。エトワールも来い」
ラスティが呼んだのはエトワールだけだったが、カルデニアもジェラルドも、フェザードのもとへと急いだ。




