第9話 勝敗の行方① 「戦いを邪魔するもの」
ぼうっと立ち尽くしていると、カルデニアが手を振ってエトワールを呼んでいた。
元気に跳ねるカルデニアをみて、すこし落ち着きを取り戻しても、胸が苦しくて不安が消えない。
「エトワール、遅かったな」
カルデニアの横には、ラスティが太い腕を組んで座っていた。
「さっきクジで、ジェラルドの武器が槍に決まった。……エトワール、そんな死にそうな顔をするな」
そういわれても、エトワールは心配でどうすることもできない。
やがて、「わぁ」という歓声と共に、奥の通路から武装した騎士が、ふたり掛かりで槍を運んできた。
ジェラルドは片手で槍を受け取ると、ガクンッと腕をさげた。首をかしげて両手で持ちなおすと、ブンッと横一文字に槍をふったが、すぐに鋭い穂先をドンッと地面に突き刺し、腕を組んだ。そして、空を見あげたり、地面を蹴ったり、落ち着かない様子をみせる。
「おぅおぅ、ジェラルドのヤツ、いつもの槍じゃなくて鍛錬用の槍にいらだってるようだな」
「鍛錬用だと、なにか違うのですか?」
「殺傷能力が低くて、長さも中途半端。そのくせ重さは、普通の槍以上。フェザードに勝つには素早さが必要だが、あの武器では分が悪い」
「そんなぁ」
「だからいっただろ、フェザードが勝つって。クジも仕組んだものかもしれねぇーな」
ますますジェラルドのことが心配で、心細くなる。しかし、ドンッ、ドンッと闘技場を震わす太鼓の律動が鳴り響くと、紙吹雪や大歓声がわき起こり、重装備の騎士たちを従えたフェザードがあらわれた。
細かな金細工をほどこした白い鎧に、縦長の大きなカイト・シールドをたずさえているフェザード。ジェラルドの父親なのに、闘志を燃やしている。
輝く金色の瞳に、慈悲などまったくない。だが、それはジェラルドも同じ。とてもよく澄んだ空色の瞳で、フェザードを見据えている。
おたがいを抹殺しようとしている緊張感が、戦いにうといエトワールにも伝わってくる。
フェザードは、刀身の先が両刃になっているサーベルをジェラルドにむけた。
いよいよ開始かと息をのみこんだが、ジェラルドが左手を突き出し、「待った」をかけた。
ブーイングが響く中で、ジェラルドは身振り手振りでなにかを話し、フェザードはうなずく。
「えっ!」
次の瞬間、だれもがどよめいた。
ジェラルドは、小脇に抱えた銀のヘルムを闘技場のすみに投げ捨て、鎧を脱ぎはじめた。すねあては外さなかったが、いつもの白い上着にそでを通すと、腰ひもをギュッと縛っている。
「フェザードは斬ることに特化したサーベルだよ。鎧をすてるなんて、死ぬ気なの?」
カルデニアの言葉にエトワールも戸惑ったが、ラスティは違った。
「槍が重すぎるんだろ。重量のある鎧をすてて、機動力を取り戻す作戦だ。フェザードに勝つには、スピードしかないからな」
再びドンッと大きな太鼓の音がひとつ響くと、フェザードに付き添ってあらわた騎士のひとりが、ふたりの間に立つ。
『これより、ジェラルド・シエル・ファビウスの騎士、退団試練を行う。騎士王と戦い、負けた場合は処刑。または、一番下の傭兵として、エルネストに隷従してもらう――』
勝った場合を述べない騎士の声が消えると、闘技場に退団試練の開始を告げる、銅鑼の音が響いた。
フェザードを応援する大歓声がわきあがったが、最初に仕掛けたのはジェラルドだった。
重そうな槍が、一直線にフェザードの胸もとへ伸びる。
しかし、カイト・シールドにはじかれ、あっという間にフェザードのサーベルが、ジェラルドの頬をかすめた。
サッと後ろへ飛びさがったが、フェザードの攻撃は速い。
盾と槍が激しくぶつかる音と火花に、波のようにひろがっていた大歓声も徐々にちいさくなる。
だれもが激しい攻防に息をのみ、言葉を失っていた。
エトワールはギュッと白いコートの胸もとを握りしめて、不安と戦っていた。でも、ジェラルドが笑っているのに気がついた。
空のような青い瞳は、楽しんでいる。追いつめられているのに、口角をあげて笑っている。
――慣れた。
声は聞こえないけど、ジェラルドの口元がそういった。すると、フェザードの懐へ飛び込むジェラルドのスピードが、グンとあがる。
身体を低くして、槍を半回転させると、盾を持つフェザードの左腕をすくうようにはねあげた。
カーンっと鋭い音と共に、フェザードの腕があがった。ジェラルドはその瞬間を逃さない。
迅速に槍を持ちなおし、槍先とは反対の石突をフェザードの胸にたたきつけると、鈍い音が響いた。同時に後方によろめいたフェザードは、ジェラルドから距離を取ったが、胸をおさえて膝をつく。ここで、チャンスとばかりに間合いを詰めたが、フェザードもあきらめてはいない。
カイト・シールドが、近づきすぎたジェラルドに横腹に食い込んだ。
「くっ」
ジェラルドは、苦痛に歪んだ顔をみせた。だが、そのままカイト・シールドをつかむと、フェザードから奪い取り、投げすてた。そしてまた、槍を半回転させ、今度は尖った槍先を突きおろす。
「いっけぇー!」
カルデニアの声援が飛んだが、フェザードはサーベルをうまく使い、槍はまた、激しい音と共にはじかれる。
「いまのは惜しかったが、勝負がつきそうだな」
険しい顔で戦いを見守っていたラスティの表情が緩んだ。
ジェラルドの攻撃は届かなかったが、盾を失い、地に膝をつけたままのフェザードから、焦りの色がみえる。
ジェラルドが勝つ。
エトワールはようやくホッと胸をなでおろしたが、突然、ドーンという爆発音が響き、足もとが大きくゆれた。
闘技場と観客席の間を仕切る石壁が崩れ、黒煙があがっている。
「なんだ?」
あとすこしで勝敗が決まるところだったが、予期せぬ出来事に、闘技場内で戦うふたりは手を止めた。
戦いが中断され、観客席からは苛立つようなヤジが飛んだが、黒煙の中から低いうなり声と、ズシッ、ズシンと、大地を震わす不気味な足音が。
「た、大変だぁーッ。ノワールが逃げたぞォォーッ!!」
どこからか轟きのような咆哮が聞こえると、ジェラルドとフェザードの前に、鋭く大きな爪を地面に食い込ませて歩く、四つ脚のノワールが姿をあらわした。
かたい黒い毛で全身を守るノワールは、傭兵が騎士に昇格する試練のために、闘技場で飼っている獰猛な肉食獣。
縄張り意識がとてもつよくて、光るものが苦手。その習性を利用して、昇格試練では挑戦者に黒いマントを身につけさせる。ノワールの、大地を引き裂くような荒々しいうなり声に恐れて背中を見せたとき、力量のない傭兵は死をむかえていた。
深緑の大きな目をギョロつかせて、真っ赤な口の端から荒い息と、唾液をたれ流すノワール。低いうなり声をあげて立ちあがると、人の何倍もの大きさになった。
黒々とした大きな塊が威嚇する姿に、観客席から悲鳴があがったが、フェザードが「静かにッ!」と、鋭く突きさすような声をあげた。
「ノワールの前には立つなッ。コイツは近寄るものと、黒いものしか狙わない」
そういって、サーベルを構えなおしたフェザードが土を蹴ると、先程のジェラルドよりも速く、ノワールに近づいた。そして、サーベルがひかり、シュッと音を立てると、ノワールの額からどす黒い血が噴き出す。
断末魔の叫びのような獣の咆哮が、大気を揺るがした。
砂埃が舞いあがり、ノワールはフェザードから逃げるように背を向ける。そのとき、サーベルにべっとりと付着した汚い血を振り払ったフェザードが、笑みを浮かべる。
きわめて不快な悪意のある笑みに、ジェラルドはハッとした。
「エトワールッ」
ノワールは、観客席に飛びこんでいた。




