第8話 心に決めた② 「退団試練」
半年後、吉報が王国中を駆けめぐった。
金の翼をもつ、黄金の獅子が描かれたエルネスト軍の旗が、サイ国の重要拠点を征服したと。
重要拠点には水がある。
命のみなもとである水源を奪われたサイ国は、いままで味わったことのない敗戦を重ねると、軍は混乱に陥り、滅亡のウワサもささやかれた。
完全勝利をしたエルネストでは、毎晩どこかで祭りが行われ、フェザードは軍神として敬われる。
国王よりも人気を集め、フェザード帝国万歳と叫ぶものまでいた。
そんなお祭り騒ぎを一番嫌っていたのは、ジェラルドだった。
どこへ行っても、サイ国で戦った英雄のひとりとして迎えられ、酒の席によばれる。それがわずらわしい。
人にみつからないように、コソコソと町中を歩くのは、ジェラルドらしくないことだった。
「あぁ、オレもう騎士をやめるから。退団試練を受けることにした」
「退団試練?」
エトワールは店の開店準備をしながら、聞きなれない言葉に首をかしげた。
「騎士王と戦って勝てばいい。ただそれだけだ」
とても甘くて赤いリゴンの実がつまったパイを、目を細めておいしそうに食べるジェラルドの横で、エトワールはあきれる。
「勝てるわけないでしょ。恩賞を使う話は?」
「勝つよ。ひとつしかない恩賞は、もっと大事なことに使うつもり」
「大事なこと?」
「ひみつ。試練の日は明後日頃かな? 来てくれるよね?」
うれしそうに笑うジェラルドのことが、理解できなかった。
半年におよぶサイ国との戦いは、一進一退攻防だったと聞いている。これまで以上に犠牲者も多かった。ジェラルドも深い傷を負い、死にかけている。
「またケガをして、傷がふえますよ」
「これが最後になるから、そんな顔をしないでくれ」
ポン、ポンッとエトワールの頭を軽くたたくと、身体をつくるとかいって、ジェラルドは帰ってしまった。
どんなに考え込んでも、エルネストの軍神、フェザードに挑むなんて理解できない。
負傷兵と共に、ボロボロになって帰ってきたジェラルドをみたとき、心臓が止まりそうになった。フォンセの残した本を読みあさり、ケガの様子をみながら薬を調合して、片ときも離れることができなかった。
いまは、おたがいに一緒にいるのが心地よくて、それだけで十分なのに、また危ないことをしようとしている。
「よぅ、エトワール。マスターは、いるか?」
「ひゃっ!」
「おいおい、そんなに驚くなよ」
笑いながら、ラスティの大きな身体が店に入ってきた。
新鮮な魚が入ったケースをカウンターに、ドンッと置き、ラスティは額から流れる汗を拭く。
エトワールは疲労回復によく効く、すっぱいレモの実をしぼり、よくひえた水に混ぜると、ラスティに渡した。
「ちょうどよかったわ。ねぇ教えて、ジェラルドはフェザードよりつよいの?」
「うーん、そうだなぁ。フェザードも若くないからなぁ。正々堂々と戦えば、ジェラルドの方が有利だろうな」
「勝てるのね」
声をはずませてもう一度たずねると、ラスティの顔が曇る。
「もしかして、騎士をやめる話か? それならフェザードが勝つ。というか、負けられないだろ。一国の軍神が小隊長に負けるなど、あってはならんことだ」
「そんな……。でも、ふたりは親子でしょ?」
「親子といってもなぁ……。フェザードには息子がたくさんいるし、金ピカ主義だからなぁ。アレは普通の親子とは訳が違うな」
水を一気に飲み干し、レモの実のすっぱさに顔をしかめてから、ラスティは空になった魚かごを「よっ」といって背負った。
「ジェラルドには、エルネストを勝利に導いた恩賞があるはずだ。恩賞を使って騎士をやめる奴はたくさんいる。なんでそれを使わないんだ?」
「わからない。たったひとつの願いは、もっと違うことに使うって……」
「まぁ、俺はラメルの代表として、試練には立ち合いを求められている。エトワールはどうする?」
「ジェラルドが試練に負けたら、どうなるんですか?」
不安げな声に、ラスティはこれ以上話を長引かせたくなかったのか、スタスタと歩きだした。
一番聞きたい答えが返ってこないので、エトワールが戸惑っていると、扉の前でピタリと止まる。
「いまさら狼狽えるな。エトワールの選んだ男は、そういう男だ。それに、ジェラルドは無理だといわれた要塞を、いくつも落としている。腕もある。ちゃんと最後までみてやれ」
背中を向けたまま、きつい口調を残して、ラスティは店をでた。それはまるで、「男が決めたことに口を挟むな」と、いわれているようだった。
心が乱れて、嵐のような胸騒ぎがしても、エトワールにはなにもできなかった。
ただ怖くて、退団試練が行われないことを願ったが、その日はやってくる。
青く澄みきった空にドーン、ドーンッと大太鼓の音が響くと、白い鳥が逃げるように羽ばたいた。
退団試練が行われることを知らせる音は、耳をふさいでも聞こえてくる。
「行くしかない……か」
エトワールは白いコートを手に取り、黒い髪を隠すようにフードをかぶった。そして、退団試練が行われる闘技場まで、心を悩ませながら歩く。
円形の闘技場は、罪人を処刑したり、傭兵志願者の合否を決めたり、さまざまな使い道があった。しかし、人よりも大きく、鋭い爪と牙をもった猛獣と戦う騎士の姿に、貴族たちはおおいに盛りあがる。
自分の手は汚さずに、他人の流血によろこぶ。いつしか闘技場は、貴族の娯楽となり、だれかが血を流す場所になっていた。
そんな闘技場で、エルネストを大国に導いた英雄であり、軍神であるフェザードが戦う。
闘技場が近づくにつれて、フェザードの勇姿を一目みようと集まった群衆で、前に進めなくなった。
退団試練開始の時間が、一刻、一刻と迫っている。
「すみません、通してください」
そのちいさな声に気がついたものは、エトワールの黒い瞳に「うわっ」といって驚く。すると、微妙な空間ができた。
ザワザワと心無い辛辣な言葉が耳に入るが、道ができるのでエトワールはフードを脱いだ。
「ひいっ」
どこかしらで小さな悲鳴が響くと、押し合っていた人たちが、すぅっとエトワールから離れていく。
複雑な気分だけど、人々が離れてくれるので、黒い髪をみせびらかすように走った。
そして、なんとか退団試練が開始される前に、闘技場へ入ることができた。
いつもはやさしく暖かい潮風が吹くのに、今日はすこし寒い。でも、ひろい闘技場の中心にいるジェラルドの姿に、胸が熱くなった。
金属の輪を鎖のように編んでつくった鎧。肩や胸などの重要部分には銀色の金属板が覆われ、完全武装をしている。
フェザードの姿を心待ちにしている群衆は、手のひらを返したように、ジェラルドにつめたいヤジを飛ばす。
銀色のヘルムを小脇にかかえ、ひろい闘技場の中でひとりたたずむ姿が、ひどく孤独にみえた。
「なにもできない……」
この場でジェラルドに声をかけることも、孤独を紛らわすこともできない。
いつも、ただみているだけ。それが歯がゆくて、くやしかった。




