第7話 挫折と希望① 「地下室」
カツーン、カツーンと石段をおりていく。ランタンで足元を照らしても、うす暗い。空気はよどみ、悪臭が鼻をつく。
エトワールは思わずフードをひっぱり、鼻と口を覆った。
「ここにいる負傷兵たちは、今日、明日にでも死んでしまうようなヤツらだ。看護は適当でよい。一週間ここで働いたという実績があれば、女中たちも医術師として認めるだろう」
そういい残すと、ぺリックはさっさと地下室から抜け出す。
取り残されたエトワールは心細さに泣き出しそうになった。でも、両手でパンッと頬をたたき、前に進む。
トンネルのような、長い一本道の地下室に響くのは、エトワールの足音と、負傷兵の苦痛に満ちたうめき声。
人影がみえると、エトワールの足は震えだした。
手足から赤黒い血膿をたれ流す負傷兵。顔が半分潰れ、目が飛び出した男。生きているのが不思議なぐらい、ひどい傷を負っている。
怖くて声が出ない。それでも汚れた包帯に手を伸ばすと、負傷兵は怯えた目で首を横にふった。
腐臭と血にまみれて汚れた身体よりも、黒い髪と瞳が怖いのか。エトワールは心臓をひねり潰されるようなショックを受けた。
「そうよね。私の方が恐ろしいのね……」
キュッと下唇を噛み、目を閉じた。そして、すぅっと大きく息を吸い込み、エルネストの子守唄を歌う。幼いころ、アニスがよく歌ってくれた、やさしい気持ちになれる歌
鈴の音が転がるような歌声が、せまい地下室にこだました。
負傷兵たちは、死神があまりにも美しい声でうたうので、呆気にとられた。するともう怯えるものはいない。
エトワールはできるだけ声を出しながら、傷を洗い、薬をぬっていたが、すぐに新しい包帯も、持ってきた薬も底をつく。
地下室では衛生環境がとても悪いこと、薬品が足りないことなどをぺリックに訴えたが、「ワシはしらん。明日もよろしく」といって、相手にしない。
非常に腹をたてたエトワールは、翌日、ありったけの薬品を持ち出し、地下室におりた。
しかし――。
昨日、二十五人いた負傷兵が、十二人に減っている。呆然とするエトワールに、ペリックはつめたく、突き放すようにいった。
「今朝、半分、死んでいた。ここはそういう場所だ。適当に過ごせ」
そそくさと地下室から、逃げるように出ていくペリックを見送ると、エトワールは言葉の意味を考えて、動けなくなった。でも、いびきのようなうめき声にまぎれて、だれかがエトワールを呼んでいる。
「……お……じょう……ちゃ……うた……を……」
その声にハッとして、昨日のようにうたいながら、負傷兵たちの手当てをはじめた。
傷が悪化している人もいる。熱を出している人も。なにも食べられず、エトワールが差し出した水を、涙を流して飲む人。たった二日で、エトワールの胸は張り裂けそうになる。
「お願い。死なないで」
エトワールは、フォンセが残した本の知識を最大限にいかし、負傷兵たちの痛みや不安を取り除くことに努めた。
そして、三日たっても、四日たっても、残った十二人はだれも命を落とさなかった。それどころか、食事をとれるようになったものや、声を出せるようになったものもあらわれる。
医術師に資格がもらえる、約束の日が来た。
エトワールは資格取得後も、ここで働きたいと思った。あとすこしで、地下室から抜け出せる負傷兵たちを、最後まで治療したいと、熱心に語りかけた。
ところがペリックの答えは、残酷なものだった。
「残った負傷兵は、昨日の夜、全員……神のもとへ旅立った。ご苦労だったなエトワール。これは、ジラルデ国王様からの資格証明書だ。地下室のことは他言せんように」
「ウソ……。あんなに回復していたのに、どうして?」
「悪いことはいわん。忘れろ。その資格で薬をつくって、エルネストの未来を支えてくれ。キミには未来がある」
「未来? もしかして、あの人たちを……殺したの?」
ひどい傷を負ったものたちは、たとえ傷が癒えても、もう戦場には戻れない。それどころか、無残な姿は戦いを無用に怖がらせる。だから、負傷兵は戦地に捨ててくると聞いたことがある。でも、そんな話は信じていなかった。
地下室にいた負傷兵はみんな、ヨモの葉をすりつぶした即席の薬が、たっぷりとぬってあった。
だれかが応急処置をして運ばれたなら、それを治癒のが医術師の仕事。それなのに――。
「これ以上、余計な詮索をするのなら、反逆罪で国外に追放するぞッ!」
恫喝され、歯を砕いてしまいそうなほどつよく奥歯をかんだ。
行き場のないくやしさに、涙があふれた。
泣きながら石畳の坂をくだり、この国はなにかおかしいと感じた。しかし、そう感じても、黒い瞳と髪のエトワールに、できることなどひとつもない。
医術師の資格証明書をビリッと破ると、その場に投げ捨てた。
その日は、ラスティの家には戻らず、森の奥にふらふらと消える。
野鳥のさえずりと、小川のせせらぎが静かに響く道を、ゆっくりと歩む。すると、ちいさな小屋がみえた。そこは、アニスとフォンセがいた、なつかしい場所。たくさんの本がまだ残り、丸い木のイスに座って、エトワールは本を読む。
フォンセが残した本は、治療に成功した話ばかりではない。医術師としての苦悩や不満も残されている。
父の素直な気持ちを読むことで、エトワールは心を静めようとした。
この国はおかしい。豊かな大地と、清らかな水があるのに、他国の物資を奪いに走る。
血を流さない戦いなんてないのに、貴族は知らん顔。
戦渦はどんどんひろがり、下々のものだけが血を流す。
「こんな国のために、フォンセが残してくれた知識を使いたくない」
貴族だけが優遇され、救えるはずの命を救わない現実。
生きながら殺された、十二人の負傷兵たちのことを思い、エトワールはすべてにおいて甘かったことを後悔をした。




