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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第2章 エルネストの悲劇
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第7話 挫折と希望① 「地下室」

 カツーン、カツーンと石段をおりていく。ランタンで足元を照らしても、うす暗い。空気はよどみ、悪臭が鼻をつく。

 エトワールは思わずフードをひっぱり、鼻と口を覆った。

「ここにいる負傷兵たちは、今日、明日にでも死んでしまうようなヤツらだ。看護は適当でよい。一週間ここで働いたという実績があれば、女中たちも医術師として認めるだろう」

 そういい残すと、ぺリックはさっさと地下室から抜け出す。

 取り残されたエトワールは心細さに泣き出しそうになった。でも、両手でパンッと頬をたたき、前に進む。

 トンネルのような、長い一本道の地下室に響くのは、エトワールの足音と、負傷兵の苦痛に満ちたうめき声。

 人影がみえると、エトワールの足は震えだした。

 手足から赤黒い血膿(ちうみ)をたれ流す負傷兵。顔が半分潰れ、目が飛び出した男。生きているのが不思議なぐらい、ひどい傷を負っている。

 怖くて声が出ない。それでも汚れた包帯に手を伸ばすと、負傷兵は怯えた目で首を横にふった。

 腐臭と血にまみれて汚れた身体よりも、黒い髪と瞳が怖いのか。エトワールは心臓をひねり潰されるようなショックを受けた。

「そうよね。私の方が恐ろしいのね……」

 キュッと下唇を噛み、目を閉じた。そして、すぅっと大きく息を吸い込み、エルネストの子守唄を歌う。幼いころ、アニスがよく歌ってくれた、やさしい気持ちになれる歌

 鈴の音が転がるような歌声が、せまい地下室にこだました。

 負傷兵たちは、死神があまりにも美しい声でうたうので、呆気にとられた。するともう怯えるものはいない。

 エトワールはできるだけ声を出しながら、傷を洗い、薬をぬっていたが、すぐに新しい包帯も、持ってきた薬も底をつく。

 地下室では衛生環境がとても悪いこと、薬品が足りないことなどをぺリックに訴えたが、「ワシはしらん。明日もよろしく」といって、相手にしない。

 非常に腹をたてたエトワールは、翌日、ありったけの薬品を持ち出し、地下室におりた。

 しかし――。

 昨日、二十五人いた負傷兵が、十二人に減っている。呆然とするエトワールに、ペリックはつめたく、突き放すようにいった。

「今朝、半分、死んでいた。ここはそういう場所だ。適当に過ごせ」

 そそくさと地下室から、逃げるように出ていくペリックを見送ると、エトワールは言葉の意味を考えて、動けなくなった。でも、いびきのようなうめき声にまぎれて、だれかがエトワールを呼んでいる。

「……お……じょう……ちゃ……うた……を……」

 その声にハッとして、昨日のようにうたいながら、負傷兵たちの手当てをはじめた。

 傷が悪化している人もいる。熱を出している人も。なにも食べられず、エトワールが差し出した水を、涙を流して飲む人。たった二日で、エトワールの胸は張り裂けそうになる。

「お願い。死なないで」

 エトワールは、フォンセが残した本の知識を最大限にいかし、負傷兵たちの痛みや不安を取り除くことに努めた。

 そして、三日たっても、四日たっても、残った十二人はだれも命を落とさなかった。それどころか、食事をとれるようになったものや、声を出せるようになったものもあらわれる。

 医術師に資格がもらえる、約束の日が来た。

 エトワールは資格取得後も、ここで働きたいと思った。あとすこしで、地下室から抜け出せる負傷兵たちを、最後まで治療したいと、熱心に語りかけた。

 ところがペリックの答えは、残酷なものだった。

「残った負傷兵は、昨日の夜、全員……神のもとへ旅立った。ご苦労だったなエトワール。これは、ジラルデ国王様からの資格証明書だ。地下室のことは他言せんように」

「ウソ……。あんなに回復していたのに、どうして?」

「悪いことはいわん。忘れろ。その資格で薬をつくって、エルネストの未来を支えてくれ。キミには未来がある」

「未来? もしかして、あの人たちを……殺したの?」

 ひどい傷を負ったものたちは、たとえ傷が癒えても、もう戦場には戻れない。それどころか、無残な姿は戦いを無用に怖がらせる。だから、負傷兵は戦地に捨ててくると聞いたことがある。でも、そんな話は信じていなかった。

 地下室にいた負傷兵はみんな、ヨモの葉をすりつぶした即席の薬が、たっぷりとぬってあった。

 だれかが応急処置をして運ばれたなら、それを治癒のが医術師の仕事。それなのに――。

「これ以上、余計な詮索をするのなら、反逆罪で国外に追放するぞッ!」

 恫喝(どうかつ)され、歯を砕いてしまいそうなほどつよく奥歯をかんだ。

 行き場のないくやしさに、涙があふれた。

 泣きながら石畳の坂をくだり、この国はなにかおかしいと感じた。しかし、そう感じても、黒い瞳と髪のエトワールに、できることなどひとつもない。

 医術師の資格証明書をビリッと破ると、その場に投げ捨てた。

 その日は、ラスティの家には戻らず、森の奥にふらふらと消える。

 野鳥のさえずりと、小川のせせらぎが静かに響く道を、ゆっくりと歩む。すると、ちいさな小屋がみえた。そこは、アニスとフォンセがいた、なつかしい場所。たくさんの本がまだ残り、丸い木のイスに座って、エトワールは本を読む。

 フォンセが残した本は、治療に成功した話ばかりではない。医術師としての苦悩や不満も残されている。

 父の素直な気持ちを読むことで、エトワールは心を静めようとした。

 この国はおかしい。豊かな大地と、清らかな水があるのに、他国の物資を奪いに走る。

 血を流さない戦いなんてないのに、貴族は知らん顔。

 戦渦はどんどんひろがり、下々(しもじも)のものだけが血を流す。

「こんな国のために、フォンセが残してくれた知識を使いたくない」

 貴族だけが優遇され、救えるはずの命を救わない現実。

 生きながら殺された、十二人の負傷兵たちのことを思い、エトワールはすべてにおいて甘かったことを後悔をした。


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