第6話 別れとはじまり② 「独り立ちを夢見て」
色とりどりの花が敷かれた香木の柩に、アニスはねむる。
エトワールは、小さな身体が壊れてしまいそうなほど激しく泣いて、アニスから離れようとしなかった。でも、黒い瞳と黒い髪。不吉な死神の色として、貴族たちが追い出した。
ラメルの代表として、柩にフォンセの愛用品をいくつか入れたラスティは、打ちひしがれたようにうなだれるフェザードにすこし声をかけ、その場を去った。
「アニスのそばに、フォンセを置いてきた。だから泣くな、エトワール」
屋敷を追い出され、門番の前でわぁーっと泣いているエトワールを、大きな手で包み込むと、そのまま家に連れて帰った。
「エトワールは、今日からここで暮らす」
「ホントに!?」
カルデニアが顔をほころばせて、エトワールに抱きつく。フレムも「それがいい」といってくれた。
それから、黒い髪と瞳に苦労することが多くても、カルデニアと共によく働き、よく笑う娘に育つ。
そして、成人として認められる一六歳になると、エトワールはラスティに詰め寄った。
「私、フォンセと同じ医術師の資格を取って、働きたいです」
「はあ? リララックのような産婆なら、女でも資格がもらえるかもしれないが……。フォンセは薬学と、手術ができた。女じゃ無理だろ」
「産婆はもういっぱいで、新しく資格を取るのは難しいの。薬学なら、フォンセの本でたくさん勉強したわ」
「……手術は? 精神力と体力がいる。薬学だけじゃ、資格はもらえんな」
「手術なんて、みたこともやったこともないから、どうしよう」
「ここでカルデニアと働けばいいだろ。なあ、エトワール。オマエはやさしい子だから、俺たちに気兼ねする気持ちもよくわかる。だがな、みんなこの暮らしを気に入っている。ずっとここにいろ。それでいいじゃないか」
エトワールがしゅんとしてうつむくと、どこからかカルデニアが飛んでくる。
「お・と・う・さまぁー。ほら、とってもいい人がいるじゃない」
「おとうさま!? なんだそのヘンな呼び方は。熱でもあるのか? カルデニア」
カルデニアは肘を軽く曲げて、エトワールをツンツンつつく。
「はっ、そうだ。ラスティどの! 王国軍にお知り合いがいたはず。その方なら」
「どの!? エトワールまでやめてくれ。ふたりとも、いつもは呼び捨てのくせに。……頼むなら、フェザードかぁ。あいつなら医術師協会にも顔がきくが、あんまり会いたくないんだよなぁ」
太い腕を組んで目をつぶると、ドンッとテーブルをたたく音がする。
「なにいってるんだいッ。あんたはエトワールの夢を、挑戦すらさせてあげないつもりなのかい?」
「フレムまで……。フェザードの金ピカ主義は、オマエもよく知ってるだろ?」
「エトワールの名前を、出さなければいいのさ。知り合いに医術師を目指してるヤツがいるってね」
「しかし……」
エトワールは希望に満ちた目で、ラスティをみている。カルデニアとフレムは、とても厳しい視線を向けている。女三人に詰め寄られると、さすがのラスティも降参するしかなかった。
「あんまり期待するなよ」
その日のうちにラスティはフェザードと会い、エトワールの名前は伏せて、医術師の資格について話しあった。
エルネストに敵対するサイ国への進行も決まり、たくさんの騎士や傭兵がケガをして帰ってくる。
フェザードは、傷を治せるすぐれた医術師を切望していたので、簡単に医術師協会への紹介状を書いてくれた。
「――というわけで、エトワールはいまから、医術師協会のぺリックのところへいく準備をしてくれ」
「ラスティ、ありがとう!」
カルデニアと抱き合ってよろこぶエトワールだが、ラスティは渋い顔をする。
「ぺリックはユン家の貴族だから、フェザードの紹介状があっても、エトワールを認めない可能性があるぞ」
いままでも、黒い髪と瞳のせいで仕事を断られ、子供のころは石を投げられた。今回も門前払いをされるかもしれない。
背中まで伸びた長い黒髪を人差し指に巻きつけて、エトワールは考えた。
また傷つくことがあっても、フォンセが残してくれた本は、どれもわかりやすく翻訳され、いつもエトワールに語りかける。技術と知識があれば、黒い髪と瞳でも生きていけると。
グッと眉間に力がはいった。
「どんな結果でも、大丈夫。私は負けないから」
「お、良い目をしてるな。それなら、がんばってこい」
「はい!」
ラスティに背中を押されて、エトワールは元気に駆け出した。
不安を消すことはできないけど、フォンセと同じ医術師へ。その道を歩きはじめたことが、なによりもうれしかった。
ところが、医術師協会で待ち構えていたペリックは、白いあごひげをさすりながら、エトワールの姿に複雑な顔をする。
「その目と髪は……。おどろいたな、フォンセの娘なのか? 薬はつくれるのか?」
「は、はい。父と同じ薬がつくれます」
「それはありがたい。フォンセがいなくなってから、ケガで命を落とす若者が多くてな。しかし……。まぁついて来い」
ペリックは屋敷の中にエトワールを入れた。
鼻がツンとするような、消毒液の匂いが染みついた廊下を無言で歩く。そして、大広間の扉を開けると、たくさんの負傷兵たちが床に座っているのがみえた。
エトワールが大広間に足を入れると、バタバタと走り回っている女中が、目を見開いて、銀色のお盆を床に落とした。
「し、死神ッ!」
どよめきが起こる。
「あー、コラッ、静かにせいッ! 死神じゃない。フォンセの娘、エトワールだ。この中にも、むかし、フォンセに助けてもらったヤツがいるはずだ」
ペリックが怒鳴りつけるような大きな声を出しても、蜂の巣をつついたような騒ぎは、おさまらない。
「ダメか。エトワール、すまない。廊下へいこう」
「はい……」
「ワシとしては、フォンセの薬がぜひほしい。だが、患者がエトワールを医術師としてみなければ、資格は渡せない」
「フォンセも私と同じ黒い髪と黒い瞳だったんでしょ? どうやって資格をもらったんですか?」
「彼は、壊疽した部分を切り落とし、縫うことができた。できるかい?」
エトワールは首を横に振った。
「困ったのォ」
白髪頭をかきながら「うーん」と、うなっていると、お盆を落とした女中が、大広間から顔を出した。
「あの、リララックさま。さきほど、ジェラルドさまが、重傷兵を地下室に運んでました。かなり傷がひどくて……、私たちの手には負えません」
「またジェラルドか。フェザードの息子のくせに、なにを考えておるのじゃ。……そうだ、エトワール! 地下室の患者の世話をしろ。ヤツらは動けんし、口もほとんど開かない。一週間がんばれば、医術師として認めてやろう」
「本当ですか!」
両手をポンとあわせて、よろこびで明るい顔になったが、エトワールはまだ知らなかった。
この世には、想像もつかない暴力があり、人の身体を踏みつぶす者がいること。ラスティやカルデニアに守られてきたエトワールには、ひとかけらも想像できない世界があることを。




