第2話 僕がもらいます① 「金色の不思議」
エルネストでは「神々の絵」と呼ばれていたが、トウの国では「楽園の絵」と呼んでいる。どこの国にも、神をモチーフにした絵がたくさん残されていた。
神や女神は金色の髪と金の瞳をもち、その使いたちも金色に輝いている。
「その昔、人はみなひとつの楽園を求めて争い、血を流す。すると空から金色の髪と、金色の瞳をした神が大地を切り裂き、楽園は六つにわかれた。トウの国はそのひとつ。エルネスト王国には、いまも天の使いが生きていると聞いていたが……。おどろいたな」
アニスにつよい関心を抱いたフォンセだったが、ラスティは顔をしかめて、乾いた笑みをつくる。
「トウの国の話は、エルネストの建国神話とすこし違うな。でも、あの子はアニス。貴族の娘だが、ふつうの子供だ。王都にいけば、金ピカなんてゴロゴロいるぞ。天の使いなど、この国にいるもんか」
すこし苛立つようなトゲのある言葉に、フォンセはなにか余計なことを口にしたのかと、また目をキョロキョロさせた。
アニスはもっていた小さなお盆を、ドンッと荒々しくテーブルの上に置く。
「ラスティ、いい加減なこといわないでよ。私はアニス・クレール・ラミー・ヤン・ジラルデ。ジラルデの名をもつ、神の子なのよ。天の使いでも間違っていないわ」
湯気がたつ木の器を手に取り、アニスはラスティを睨みつけながら、フォンセの横に座った。
「神の子?」
「そうよ。つぎの誕生日に、聖なる岬から神の国へいくの。さ、鶏とセルロのスープよ。すこし苦いけど、食べて。早く元気になれるわ」
「セルロ?」
「とても栄養価の高い、この国にしかない野菜よ。食べてみて」
アニスのもってきたスープをのぞき込んだ。すると、一呼吸しただけで木の器からたちのぼる湯気が、鶏肉と貝のうまそうな匂いとなって鼻腔を刺激する。
セルロという、みたことも食べたこともない野菜からは、青臭さをすこし感じたが、スープには細かい脂の玉が。そのうまそうなひかりに、フォンセの顔色が明るくなった。
「いただきます」
「アニス、俺の分は?」
「ラスティの分なんてないわよ。さっさと家に帰って、フレムのつくった朝食を食べてきなさいよ。いっつも食器が片付かないって怒っていたわ。あんなステキな奥様をもらっておきながら、いつもフラフラ出歩いて」
「フラフラって、ひでぇ言い方だなぁ。町を見守るのも族長としてのだな――」
アニスとラスティの口喧嘩がはじまった。
フォンセは木のスプーンをくわえたままオロオロしていたが、カランと鐘の音がなり、白亜の壁にはりつく木の扉が開く。
「急ぎの用だから、失礼するよ」
まぶしい陽のひかりと共に、金色の髪と瞳をもつ男が、コツコツと靴音を立てながら家の中にはいって来た。
「まったく、アニスのいう通りだ。やっと見つけたぞ、ラスティ」
まだあどけなさが残るアニスと違って、絵でみた神の風貌と寸分違わない男の姿に、フォンセの手がとまった。しばしみとれてしまったが、白色のルダンゴートの下に、細かな細工をほどこした、立派な剣がゆれている。
フォンセは男から目をそらし、スープを飲み干した。そして、震えるような小さな声を出す。
「僕を……、捕まえにきたのか?」
「ん? 海岸に倒れていたというアシェ人の男か。まだ子供のようだが、歳はいくつかな?」
「子供?」
フォンセは、ムッとした顔をした。
「僕はトウの国のフォンセ。子供ではない。今年で十九歳になる」
「「「十九歳!?」」」
三人があまりにもおどろくので、フォンセはため息をついた。
「アシェ人はみんな小柄なんだよ。二十歳をこえた人でも、僕よりすこし大きいぐらいだ。それより、アナタは?」
「おっと、これは失礼。私は王国騎士団団長補佐の、フェザード・ヴィス・ファビウス。キミとおなじ歳だ」
丁寧な語り口調で、おだやかな表情をしているが、フェザードの目は笑っていない。氷のようなつめたい眼差しで、アシェ人を見下している。
悪意もなく自然に人を軽視する態度に、たとえアニスとおなじ金色の髪と瞳をしていても、フォンセにはそれが美しいと思えなくなった。
「フォンセを捕まえないなら、なんの用だ?」
めんどくさそうな声に、フェザードはフッと鼻で笑った。
「あぁ、そうだったな。アニスに話がある」
「私に?」
「ラスティにもな」
「ほぅ。次期、王国騎士団の団長様からのお言葉とは、これは、これは、ありがたいお話ですか? こっちは朝から漁に出られず、暇で暇で」
「そう嫌味をいうな。アニスの役目は取り下げになった」
「えっ、どうして? 私、ずっと良い子にしていたわよ」
「口は悪いけどな」
アニスは立ちあがると、キッとラスティを睨みつけた。でも、フォンセの器が空になっていることに気がつき、「おかわりはいるかしら?」と手を伸ばした。
フォンセはうなずき、木の器を差し出したが、アニスの手は震えている。するとフェザードが近づき、アニスの震える手を取った。
「昨夜、国王陛下がご逝去された。神のもとへは国王陛下がむかわれる。だから、アニスの役目はもうない」
それは落ち着いた低い声だったが、アニスもラスティも顔一面に驚愕の色を浮かべる。
「フェザード、それは本当か?」
「国王陛下がずっと病に伏せていたことは、ラメルの族長なら知ってたはずだぞ。冗談でこんなことがいえるか?」
「アニスはどうなるんだッ」
ラスティの憤りがこもった声に、アニスの身体がビクッと動いた。
金色の髪と瞳をもっていても、身体の弱い欠陥品だといわれてきたアニス。それでも、神のもとへ旅立つ、「神の子」と呼ばれるようになってからは違う。自尊心を取り戻し、大人になれない儚い命でも、意味のある尊いものだといい聞かせ、常に明るくふるまっていた。
神の子としての役目がなくなるということは、また生きる価値のない「いらない子」にもどるということ。そのことを身が裂けるほどよく知っているアニスは、怯えるような目でフェザードをみた。
「アニスはなにも心配しなくていい。私に考えがあるから」
その声は温かく、慈愛に満ちていた。
アニスがコクンとうなずくと、フェザードはよりいっそう目を細める。
アニスを見つめるときだけ、フェザードの金色の瞳がやさしくなるのを、フォンセは見逃さなかった。
清らかな輝きをみせるアニスと、どこか悪意を感じるフェザード。おなじ神の色をもっていても、人によってこんなにも違うのかと、不思議な思いでふたりを見つめていた。




