第6話 夢の世界の正体② 「夢の世界はエルネスト王国」
バスをおりてすこし歩くと、個人宅とは思えない邸宅がみえた。
西にかたむいた陽のひかりが、外壁を金色に染めるから、よりいっそう他を圧倒する豪勢な屋敷にみえる。
その大きな屋敷の横には、蔦が絡まったレンガ造りの建物あった。
「ここ、ここ」
真鈴は、これまたりっぱなアーチを描く門をくぐり、なれた足取りでどんどん先へ進む。すると、入り口近くに『受付』と書いてある小窓がガラッと開いた。
「おや、その制服は城南高校の生徒さん? ここは五時までだから、あと三十分しかみられないよ」
日焼けした血色の良いおばさんが、声をかけてきた。
「三十分でも大丈夫です」
わたしは入場券を買うために窓口へ近づいたけど……。
た、高い。
小学生以下は無料。大人は一五〇〇円!? 学生割引はないの?
三人分だと四五〇〇円。毎月のお小遣いが五〇〇〇円だから……。
帰りたくなった。
窓口の前でかたまっていると、真鈴がポンッと肩をたたく。
「城南高校の学生はタダだから、はやく中に入ろう」
ニッと口角をあげて、いたずらっぽく笑う真鈴。
「さ、最初から無料だって、知ってたの? 真鈴、だましたなぁー」
「蓮夏ちゃんの覚悟が知りたかったの」
「ひどーい」
口では怒ってみせても、内心はほっとした。
入り口の前で真鈴とじゃれ合っていると「時間がねぇから、はやく入れ」と、背中を押された。
カルデニア、いや、一条君はすこし短気なところがある。
「あ、はい。すみません」
ちょこんと頭をさげて、建物の中へ入った。
赤絨毯が敷かれたうす暗い廊下が続く。邸宅があまりにも大きかったので、こちらの建物が小さくみえたけど、中はかなり広い。
「静かすぎて不気味だな」
キョロキョロしながら話す、一条君の声がせまい廊下に響いた。
「この雰囲気が良いのよ。私は落ち着くけどなぁー」
楽しそうな真鈴のあとに続いて、廊下を右に曲がると――。
足がとまった。
風なんか入ってこないはずなのに、しっとりとした潮風が肌にまとわりつく。夢でみた、あの港町にしかない独特の香りに、高鳴る心臓。これは、はじめて一条君に出会ったときと似ている。
横目で一条君をみたけど、同じように立ちどまっている。
真鈴だけがスタスタと歩き、ポンッと手をたたいた。
「あっ、ここのパンフレット、買うの忘れてたぁー。ごめん、ちょっと戻って買ってくる。先にみててぇー」
「え、あ、うん。わかった」
ゆっくりと歩き出し、ガラスケースに近づいた。ケースの中には様々なものが飾られている。
どこかでみたことがあるような、木の器。
細かい細工が施された壺。
ライトに照らされて輝く、黄金の剣や王冠。
どれも、海底から拾いあげたものにはみえない。昨日までごく普通に使っていたような……、そんな気になる。
わたしとは反対の方向に歩き出した一条君が、「……江藤、これ」と、ケースに手をついたまま、つぶやくような声を出した。
人がいないので、ほんのちいさなささやきでもよく聞こえた。
わたしは、一条君が見つめるケースをのぞいた。
「……これは」
ジェラルドの瞳のような、青い空色の宝石を、麻糸でドレスアップしたペンダントが目に入る。すると、悲しくもないのに、瞳に涙がたまった。
「エトワールのペンダントだよな?」
「うん」
エトワールが、カルデニアからもらったペンダント。
ジェラルドと一緒になったお祝いに、もらった記憶がふとよみがえる。
幼いころからみていた夢は、ただの夢じゃない。
目の前には、なつかしい品々が展示されている。これはもう決定的な証拠になった。
やはりあの夢は前世で、このペンダントを知っている一条君は、カルデニア。
感動? 動揺? 興奮? 悲しみ? なんだかよくわからない感情が波のように押しよせ、混乱している。
でも、一条君は冷静だった。
「こっちには、石碑があるんだ」
そういって、またスタスタと歩き出す。
わたしはこぼれ落ちそうな涙をふいて、一条君のあとを追いかけた。
所々にヒビが入り、砕けている場所もあるけど、両手でつかめそうな石碑。その前で立ちどまると、なにかに取りつかれたかのように、一条君はスラスラと刻まれた文字を読みだした。
「……赤い髪色をしたラメル族の願いが通じ、神々が降臨すると、すべての争いがこの世から消えた。金色の髪と金色の双眸をした神、エルネロスは、永劫の平和を見守るため、人間の姿となり、エルネスト王国を設立――」
あまりにも淡々と語るので、「すごい、ここの文字が読めるの?」と心の底から驚いたのに、一条君はひどく呆れた顔をして、わたしを見おろす。
「読めるわけねぇーだろ。石碑の下に説明があるから、江藤も読んどけば?」
「あ、ホントだ」
なんだかものすごく恥ずかしくなって、背中に汗がにじみ出る。
顔が赤くなっていたらイヤだなぁと思ったけど、ライトアップされた展示品以外の場所はうす暗い。顔をかくすように、明るさからすこし離れて、説明文を読んだ。
『エルネスト王国は、自然ゆたかな山と海にかこまれた楽園。豊富な食料とつきることのない水のおかげで大きく発展する。しかし、疫病や内戦が起き、歴史からその名を消す。こちらにある数々の展示品は、南氏のプロジェクトのひとつとして――』
「南氏って理事長のことかしら?」
「かもな。お、こっちにはエルネストの絵があるぞ」
【エルネスト王国 想像図】と記された絵。それはわたしの背丈よりも大きく、壮大な油絵だった。
太陽のひかりがまばゆく輝く、エメラルドグリーンの海がいきいきと描かれ、三日月の形をした白い砂浜と、四角い白亜の壁がずらりと並ぶ町が続く。そして緑がゆたかな山のふもとのは、宮殿のようなりっぱな建物が並んでいる。
夢でみた景色が、そのままの形で絵になっているので、ポカンと口を開けたまま、息がつけなくなるほど驚いた。
「夢とまったく一緒だね」
「ここの理事長も、オレたちと同じ記憶をもっているかもしれないな」
「そういえば真鈴、遅いなァ」
「ん? 羽野は、どこへいったんだ?」
「ここのパンフレットを買うって……。まだ戻ってこないの」
「んだよ、あと十分ぐらいしか時間ねぇーぞ。なにやってんだ?」
「さあ……。ちょっとみてくる」
駆けだしたとき、また別の展示品が目に入った。
透明感のある氷のような刃をした折れた剣と、エルネストの海を思わせる綺麗な緑色の模様が入った鞘。かなり壊れているけど――。
「ジェラルドの剣?」
ガラスケースに張りつくと、信じられない説明文が添えられている。
【エルネストを滅亡に導いた剣】
ウソ……だ。
心臓がドクンと大きく跳ねる。
ジェラルドは、国を守るために騎士団に入り……。
ふと、うす暗い夜の海を思い出した。
「こんな国をつくるために、オレは命をかけているんじゃない」
複雑な思いをエトワールにぶつける、ジェラルドの痛々しい姿。
不安が、水紋のように胸の中にひろがった。




