第5話 エトワールとジェラルド② 「やはり、ただの夢じゃない」
な、な、な、なんですと――ッ!?
わたしはスカイブルーの布団からはみ出て、ベッドから転げおち、頭をつよく打った。オレンジ色のカーテンがゆれ、スズメの鳴き声と共に、まぶしい朝陽がさしこんでいる。
時計をみると、七時半。
「蓮夏ッ! いつまで寝てるのォー」
またいつもとおなじ、朝がはじまっていた。
慌てて学校の準備をして、慌ただしく家を出る。そして、バスにゆられながら考えた。
ジェラルドは、とにかくカッコいい。
金色の髪に青い目なんて、どこからどうみても物語にでてくる王子様。
エトワールをサッと助けて、悪漢も徹底的にたたきのめす。
なにもかもが完璧で、とろけるような色男だ。
エトワールはそんなジェラルドに胸をキューンとさせて、好きで好きでたまらない。でも、あの国にはきびしい身分制度があった。それなのに、ジェラルドがエトワールにプロポーズをした?
夢はいつも断片的で、謎が多い。
「いったい、なにがあったんだ?」
ブツブツとつぶやきながら、眉間にシワをよせて目を閉じる。
ジェラルドは騎士らしく正義感が強くて、凛々しくて、仲間も多かった。それなのに、その姿には似合わないほど、ものすごく寂しそうな目をしていたことがある。
うす暗い夜の海を、エトワールと歩いているときだった。急に立ち止まったジェラルドは、煌々と輝く町をみながらつぶやいた。
「この国はもうダメかもしれない」
「えっ?」
潮風にまぎれたジェラルドの声が小さすぎて、聞きかえした。
「この国はとても平和だ。これからもずっと」
「平和なのは良いことでしょ?」
「良いことだが、それに慣れすぎて見失っている」
「なにを?」
「…………」
ジェラルドは岩場に腰をおろすとハンカチを広げ、エトワールを座らせた。
海は暗くてよくみえないけど、よせてはかえす波の音を一緒に聞いているだけで、特別な時間になっていた。
やがて、ため息まじりのジェラルドが口を開く。
「先日、黄金の剣をみせてもらったよ」
「まぁ、金で剣ができるのですか?」
「金はやわらかすぎて、飾りのようなものだ。騎士たちも、貴族のように煌びやかな金や宝石に夢中だからね」
「いいなぁー。わたしも黄金の剣をみてみたいです」
エトワールは普通の女の子だから、煌びやかなものには憧れをいだく。
両手をあわせて笑みを浮かべながら語りかけたのに、ジェラルドはすこし困ったような顔をした。
「騎士や貴族だけが裕福になりすぎた。人を見下し、裁判なんて形骸化している。理不尽だらけだ」
ジェラルドは空をみあげて、ハッキリといった。
「こんな国をつくるために、オレは命をかけているんじゃない」
やり場のない思いがジェラルドを包み込み、苦悩しているのがよくわかった。
「でも、ジェラルドさまみたいな人がいるから、みんなすごく助かっています。わたしも助けてもらったし」
慰めるような言葉をかけると、ジェラルドはますます悲しそうな顔をする。そんな痛々しい姿をみていると、エトワールの胸は張り裂けそうにつらかった。
普段は凛々しくて、国や町のために奮闘しているのに、ふたりきりになると弱さをみせる。それはエトワールを信頼している証しでもあった。
身分が違っても、ジェラルドの支えになれるなら、そばにいたい。エトワールは、やさしすぎるジェラルドが心配だった……。
「んっ」
ゆさゆさと、身体が揺れている。
「蓮夏ちゃん、起きてッ。ここでおりるよ」
「はひ?」
肩がガシガシとゆれて目が覚めた。
いつの間にか真鈴がわたしの横に座り、腕を引っ張っている。
「ほらぁ、はやく。おりるよ」
「真鈴……。あれ? わたし、寝てた?」
「ぐっすり寝てたわよ」
真鈴はクスクスと笑っているけど、ゾッとするような焦りを感じた。
入学式の日も、眠くないのに目が開けられないほどの睡魔におそわれ、倒れた。いまも、いつ眠ってしまったのか、まったく記憶にない。
エトワールのことを考えていたけど、眠くなかった。
意識もハッキリとしていた。それなのに、スッと魂が別の世界へいってしまうような……。
なんだか怖い。
すこしエトワールのことから離れようと思ったけど――。
「江藤ーッ。ちょっと、ちょっと来い」
教室にはいるなり、一条君が手招きをしている。
「昨日、保健室で話してた夢って、白くて四角い家が並んでて。あ、石畳も白かったな。カルデニアって女が、赤い髪のクセ毛で、なんかキツそうな眉なのに、すこしタレ目で――」
やけに興奮した様子でいっぱいしゃべるから、真鈴とわたしは顔を見あわせた。でも、先に真鈴が笑いだす。
「キツそうな眉にすこしタレ目って、そのまんま一条にあてはまるじゃん。なに自己紹介してるのよ」
「ち、違うって。オレもみたんだ。昨日の夜にヘンな夢を……。笑うなら、羽野はどっかいけよ」
「いかないわよ。蓮夏ちゃんの不思議な夢の話には興味があるし」
「チッ、じゃあ笑うなよ。エトワールの黒い髪を最初にほめたとかいって、すげェ怒ってた夢なんだ。妙にリアルで、目が覚めてからも落ちつかなくて。江藤、なんか心当たりあるか?」
真鈴と一条君がじっとわたしをみつめる。
もちろんわたしには心当たりがあった。でも、それは夢だったはず。現実ではないただの夢。
スッと血の気がひき、ますます怖くなった。
「……ジェラルドにプロポーズされて、それは騙されてるかもしれないって、カルデニアがすごく怒って、ジェラルドに会いにいったときの話に……似てる」
カルデニアにそっくりな一条君が、本当にカルデニアだとしたら、わたしのみている夢は、やはりただの夢じゃない。
なにか意味があり、わたしたちの出会いも偶然じゃなかった。そう確信すると、隠しきれない怖さも残るけど、ささやかな心強さを感じる。
胸に刺さっていたトゲが、ぽろっと抜けおちるような気分。
だけど、真鈴は顔をしかめた。
「ジェラルドって? そんな人の話は聞いてないよ」
「あ、えっと……」
「プ、プロポーズ!? 江藤は結婚してるのか?」
ビックリした表情の一条君には、「なにいってんだ、コイツ?」って顔をするしかない。
「蓮夏ちゃん、まだなにか隠してるわね」
「ちょっと話をまとめてみよーぜ。なんかすごいことになるかもな」
「ほんと、すごいことになりそうね。さあ、蓮夏ちゃん。今度は包み隠さず、ぜぇーんぶ話してね」
「ぜ、ぜんぶ……ですか?」
興味津々メンバーに、一条君が加わった。
すこしエトワールのことから離れようと思っていたのに、逃れられない運命のようなものを感じた。
ジェラルドのことを話すのは、なんだか初恋の話をするようで、かなり恥ずかしいけど、わたしは腹をくくる。
アニスがみつかり、カルデニアがいる。それならきっと、ジェラルドにも会えるはずだ。




