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剣と閃の虚偽剣(バルムンク)  作者: Fran
第1巻 紅い悪魔
3/8

第三話 スフィア・アルテミス

<3>

翌日。本日から登校。朝は7時半。

「ぶわっぷっ!」

ゼクスのいつもの変な起き方である。アラーム関係なく、ある決まった時間には起きるという体質で、ゼクスにとって、嫌々起こされるのだ。

というのは、ゼクスは悪夢毎回見る。『紅聖』の名がある限り、前世の闇を見たり、またシューベルト家の人間の過去を見たりなど、日に日に変わりはするが、やはりぜクスにとって関係ないこを繰り返し再生されているようで、気分が悪い。それによってゼクスは現実では丁度ぴったりな時間に覚醒するのだ。

「・・・また誰かの夢だったな。女の子の声だっけか」

助けて、助けてと泣き叫んでくる夢。そして最後には、悲鳴を上げ、血塗られていく。そんな気分の悪い夢を、幾度なく見てきた。ゼクスはそれを受け入れていくべきだと、思ったのだ。

「・・・ほんと後で学園長帰らないと、ほかの生徒に言われるぞこれ」

ちらりと見渡すと、ウリエルとシュティスが毛布を来ておらず寝ていたのだ。

ゼクスはそっと二人に毛布を上に被せてあげた。

「ウリエルは・・・まあいいか、今日は遊びに来てるだけだろうし。学園長は・・・起こすか後で」

とりあえず、朝食の準備をした。

本日のメニューは、パン、ベーコン、目玉焼き、そしてフレンチサラダを作った。なかなかの出来栄えにゼクスは鼻を高々にする。

「うっし、学園長おこそう」

ゼクスは、リビングで寝てる学園長、シュティスを起こしに行った。

「起きてください、というか早く出て行ってください」

昨日の『剣闘』はピリピリしていた状況が続いていて、正直疲れている。ゼクスはシュティスの気持ちも分かっているつもりだが、自分の部屋にいられるのが嫌なのだ。

「んん・・・もう朝なのか、ふぁああ・・・」

「いつまで寝てるんですか、生徒が登校するまでに帰ってください」

そんな事を言ってるゼクスだが、朝食の準備ができているのだ。とりあえず、ゼクスはその方向に言うことにした。

「とりあえず、そんな恰好では返せないので、着替えてください」

「ぇぇ・・・このままでもいいじゃないかぁ・・・」

すると、シュティスは何かを感じたのか、鼻を利かす。クンクンと匂ったのはベーコンの焼いたいい匂いだった。

「これは・・・(スンスン)いい匂いだ、君がしたのかい?」

言おうと思っていたことがすぐにばれた。省略することができたからそれはそれでいいのだが。ゼクスはコホン、と咳払いする。

「まあ、あれですよ。そのまま倒れられても嫌なんで、食べていってください」

「フフ、気が利くじゃないか。これはもらわれるお嫁さんも楽できそうだな」

したくてしている訳ではない。小さいころから、家にはごはん一つ作っておらず、自分で作らないと死ぬからだったのだ。なので必死に作ったし、まずいものは食べてそれを軸にいろいろ工夫して上手くしていった。

「まあ趣味の一環ですよ。見聞は広くしておくべし、剣の道を生きる人は当たり前です」

現在の状況ではこれが最適な言葉だ。下手に言えば、言い訳としてとらえられるからだ。ゼクスはキッチンへ向かう。

「服着替えてさっさと来てください。そんで食べて早く帰ってください」

「どんだけ帰ってほしんだキミは・・・」

苦笑いするシュティスは、ゼクスの行為に甘え、服を着替え、キッチンへ向かった。

「おお・・・」

シュティスはよだれを垂らしてしまう。パンの焼き具合、目玉焼きの黄身の半熟の完璧さ、そしてなんといってもベーコンのブラックペッパーでふった焼き目。すべてが黄金比の見た目と匂い。

「い・・・いただきます」

「はいよ、どうぞ」

まずは、気にしていたベーコンを一口。

ぱくっ。

「んん!?なんだこのおいしさは!」

腰が抜けるようなおいしさ。口にひろがるは濃厚なジューシーさ。おいしさを逃がさずに焼き上げ、中にしっかりと詰め込まれている。ブラックペッパーで嫌な臭みはなく、美味しい。

「焼き方には工夫している。マジモンのグリルから焼き上げてるんだ。外はサクッと、中はふんわりのベーコングリルだ!」

目を光らせて、シュティスはどんどんと食べていく。

「むっ、パンはバター使用か、これは合うな」

パンにはバターを仕込んでいるが、あともう一つ仕込んでいるのだ。それは、少量のハチミツである。べったり塗ってしまうと甘いハチミツトーストになるが、あえて少量加えることによって邪魔になることはなく、むしろバターの濃厚さをひきたたすことが可能だ。

「後何がはいっているかわかります?」

これが分かれば、かなり鼻に利くひとであろう、ゼクスはシュティスに聞いた。

「ふむ・・・ほのかな香り・・・ハチミツかこれは」

当たりだ。ゼクスはおお、と驚く表情に変わる。

「なかなかじゃないですか。学園長、なんでも精通してるんですね」

「まあ、それなりにだがな。最も、美味しいお菓子などは食べてきているものでね、パンもそのお菓子の一つにすぎんのだ、私にとっては」

お菓子って。ゼクスは苦笑する。

「まあ、それ食べ終わったら本当帰ってくださいよ。何言われるのかわかんないですし」

ゼクスは、寮の制度を入学する以前から前予習していた。この閃銘アルディス学園の寮制度は、男女との共同生活、部屋の出入りなど禁止されている。寮長のカトル・エンジェクスは、寮の規則に忠実であるので八時には必ず寮の見回りに来るのだ。

「フフ、その辺は任せおきたまえ、ゼクス君。学園長とは、名ばかりなのではないのだよ?」

決め台詞を言ったその直後。

「へぇ・・・学園長、それはどういうことでしょうか?」

聞くからに、ゼクスは察してしまう。あちゃー、なんてところではない。

「君も遊びに来たのかい、カトル君」

「私は見回りです、学園長は?」

「私はゼクス君の食事に呼ばれているだけだ」

ぐぐぐ、と握りこぶしが、カトルに込められる。

「あのですね、寮の制度ご存知でしょう?学園長、少しは自重してもらえません?」

ニコニコしていいるようで、完全にぶち切れモード。

「フフ、自重か。残念ながら私の辞典にそのような言葉はなくてね」

「このアマぁぁ!」

キレた。ゼクスは彼女らのやり取りを見ているほかなかった。ははは、と笑ってごまかして食べた食器などを台所に持っていき、洗っていた。

「それと、ゼクス君」

びくっ、と全身に寒気を感じた。よからぬことが起こる前兆である。ゼクスは意を決し、振り向く。

「な、なんでしょうか」

「あなたの不注意でもあるんですよ、気を付けてください。ウリエル・アッシュ―ドの許可はやむを得ず出しましたが・・・いつ何を言われるのかわからないのですから寮長の私でもかばいきれない時があるので、お願いしますよ」

寮長カトルの言い分は最も正しいのだ。この規則の元を作り上げたのは、このだらしようのない学園長ではなく、『頂上機関』の人間たちによるものである。

『頂上機関』は、閃銘アルディス学園設立に関わり、学校などの費用はその機関から支払われている。すべてが『頂上機関』が干渉している事はないが、4割以上は頂上が管理して支払っているといってもいいだろう。その頂上機関にケンカ売ってしまえば、退学はおろか、これからの生活費など、制限される。

「わかりました・・・今回は勘弁してください、昨日学園長にいろいろ振り回されたので」

「ほう・・・では今日は学園長をしっかりと絞り込まなくてはいけませんね!」

ぐいっ、とシュティスの首をしっかりと掴む。その同時にずりずり、シュティスを回収するように、ゼクスのいる場所からだんだんと離れていく。

「ゼクス君~、また学園で待っている!ご飯ありがとう、って離さんかい、カトル君!」

「貴方を離してしまうとまたどっかに行きそうなので。あ、そうそう」

連れ帰るカトルはゼクスの方にふりかえる。

「カトル・エンジェクスです。ここ「遊星寮」の寮長で担当は「史学」です、お見知りおきを」

紫の長い髪はさらっとしており、ふりかえるとき髪がふわっと宙に浮いた。たれ目なその瞳の先に、何思っているのかすら読みにくい。不思議な人でもあるカトルは、今後さまざまに関わってくると思っていい。

「ゼクス・シューベルトです。ご存じだとは思いますが、『紅い悪魔』なんだったり呼ばれてます」

「なるほど。――君がこの世界の『脅威』になるのか、はたまた『救世主』になるのか。楽しみですね」

その時のゼクスにとっては何を言っているのかさっぱりであった。何かあるんだろう、ということぐらいにしか受け取っていなった。カトルは自己紹介を終えた後、シュティスを引き続いて引っ張っていき、ゼクスの部屋を後にした。

「――で。許可ってなんだ、ウリエル」

後ろからこそっ、と起きてくるウリエルを識っていたかのように、ゼクスは尋ねる。

「い、いやあ本当は普通に遊びに来る予定だったんだけどなぁ、なんだろうなぁ、知り合いがたまたまいたのものでですね、許可もらったんですよねぇ、ええ」

昨日ゼクスは疲れて何も聞いていなかったのだ。ウリエルは汗をだくだくと流し、ゼクスの様子をうかがう。

「――はぁ。まあいいけど、自宅警備員なんだろ?その分、部屋の片付けと、掃除やってくれていたら問題ないから、頼むな」

「いていいんすか、ゼクスさんっ!」

目をキラキラさせているウリエルは初めて見た気がする。ゼクスの顔の前までずいっ、と近づけてきた。ゼクスはあまり女の子に迫られるのが好きではない。

「わ、いいから離れろ。俺あまり近づかれるのは好きじゃないんだ」

むー、としかめっ面にウリエルは顔の頬を膨らます。

「未来の旦那が何言ってんだか」

「はぁ!?」

衝撃の言葉に、ゼクスは驚愕する。

「まー、冗談だけどなー」

この言葉の結末で、ゼクスはホッとする。だが、「半分な」という小さな言葉はゼクスには伝わっていなった。

「というか、時間大丈夫なの?」

と、ウリエルに言われた瞬間。ゼクスは固まり、時計のあるキッチンのほうへ顔を向けた。

現在八時三〇分。

「まずい、朝礼に遅れる!」

あわてて、ゼクスは制服に着替え、残った洗い物はすべて水に浸しておいた。

「ウリエル、留守番宜しく、いってきます!」

「はーい、任された」

そう言って、ゼクスは部屋を後にした。

「さてさて・・・私はもうひと眠りしますかね」

ウリエルはゼクスを見送り、鍵を閉めた後、リビングで眠りについた。



<4>

ゼクスは、颯爽と自分の部屋から玄関へ、靴を履き、扉を開け、寮の外へと向かった。

外は桜の散った跡が多い。これは外の掃除が大変そうだ。

閃銘アルディス学園の校舎は寮から北東に位置する。距離はそう遠くはないが、一分でも遅れると、強烈な罰が待っている、そうだ。

「あっ」

「えっ」

ばったりと出会ってしまったのはあのレヴィ・シャルルである。

「ゼクス君!おはよう!」

「あ、あぁ」

唐突の出会いにゼクスは戸惑った。この前気をそらしてしまったことを気にしているのだろうか、なんて思ってもいた。

「その、お前は・・・俺が怖くないのか」

「え?」

当然の質問をした。『紅い悪魔』なんて近づく奴なんて誰もいないはずだ。しかし、彼女は普通の人間のように接してくる。彼女の目的は―――

「お前、何が目的なんだ」

その言葉を聞くと、レヴィは目をつむり、語った。

「私はあの時許せなかったの。私にはよくわからないけど、ゼクス君に宿る「何か」をみんな全員で否定していた。そして「虐め」が始まった。学校に来させまいと、皆がたかって寄ってゼクス君に虐めていた。机の落書き、靴箱の靴を無くされ、挙句の果てには席自体無かったなんてこともあった。・・・だから意を決したの、私も。たとえ一人になっても。すべての信頼がなくなったとしても。ゼクス君は普通の、私たちと同じ『人間』だ、って。あの運動を起こしたのはそういう理由。その後、私は何もかも無くしたわ。でも『悔い』は一切なった。正しい、って自分で思えたから。それでいいの」

「・・・」

そこまで見てくれていたのか。

ゼクスは情けない、と初めて思った。こんなにも悩んでくれて、自分の立場を引き換えに、俺を普通の『人間』として受け入れるように、一生懸命だったのだ。

「だから、今回は『紅い悪魔』だなんて呼ばせたりしないからね、ゼクス君!」

だが、それはただの余計なお世話に過ぎないのだ。してくれ、やってくれなど一切言ったつもりはない。なのにどうして一生懸命なのか。ゼクスはそれが分からなかった。

「お前、何のために俺のことを」

「ん?何のためにって、それはゼクス君のためだよ?」

ゼクスのため。彼女はそう言った。自分のためでなく、誰のためでもなく。

ただただ、ゼクスのために。認めてもらうために。

ゼクスは中学の頃、運動を起こしていたある一人の少女を思い出していた。

その少女は大きな声で、そして何よりも一生懸命で、声がかれるまで発言していた。

「ゼクス君は『紅い悪魔』なんかじゃありません!それを証明したいんです、どうか署名を、署名をお願いします!」

その周りには誰もいなった。誰も助けてもいなかった。ただ一人、孤独に戦う少女を、ゼクスは教室の窓の外から見ていた。

「・・・くん、ゼクス君ってば!」

過去を振り返っていたゼクスは元の世界へと覚醒した。

「ああ、悪い」

「もう、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ、校舎案内するから来て!」

レヴィはゼクスの袖をひっぱり、レヴィが先行し、歩き始めた。


***


西校舎入り口前。

校舎いくつか分かれており、一年生は西校舎、二年生は東校舎、三年生は南校舎と三つの区分に分かれている。どれも校舎との特徴が違っていてわかりやすくなっており、アルディスアーケードに近いのは東校舎で、二年生にとっては遊びに行くというのはもってこいの校舎である。

「ここが私たち一年生の西校舎よ」

「ほう・・・ここが」

堂々と建てられている校舎に、閃銘アルディス学園のシンボルが建てられていた。

金色に輝き、たたずんている。ゼクスはそんな大きなものを見上げて惚けていた。

「さっ、早く校舎入ろう」

「ああ」

晴れて入学を果たそうとしたその時だった。

「なんだこのアマぁ!」

「調子に乗るんじゃあねぇぞ!」

少し離れたところから大きな吠えずらが聞こえてきた。ゼクスはそれを聞き逃さず、立ち止まった。

「どうしたの、ゼクス君?」

「・・・なんか絡んでみるみたいだから、レヴィさ・・・いや、レヴィ。先行っててくれ」

あまり迷惑をかけないために、ゼクスはレヴィを先に行くよう伝えた。

「わかった。ゼクス君教室わからなくなったら1Bに来てね、私そこのクラスだから」

そう言ってレヴィは、校舎に入っていった。

「クラスもそういえば、学園長に聞いておくべきだったな。・・・それはそうと」

ゼクスは、先程の声がした方向を見つめる。見つめた先は、桜がまだ散ってもいない場所で、日影が大いに広がる、今にも隠し事ができそうな場所から聞こえた。

「あそこか・・・よし」

ゼクスは、おそるおそるその日陰のある場所へと向かっていった。


「一年のクセしてなめすぎじゃないか?」

「ほんとっすよ、このお方を知っての狼藉か、あぁ?」

一人の巨漢の男と細い男二人による女一人のケンカである。

「・・・」

緑の髪の女は一人静かに佇み、巨漢の男を見つめる。ただ、微かな怒りに。

「この方は、『獄番』と呼ばれるガストム・ガネーシャ様だぞ、恐れおののけ!」

「お前見たな貧相な体とは大違いなのだよ!」

よく言えたものだ。お前たちも同じではないか。

女は、フッ、微笑する。それを余裕とみられたのか、細い男二人はカッカ、と逆鱗していた。

「貴様ぁ・・・ただで帰れると思うなよ」

その言葉を待っていたかのように、女はこれを機に畳みかける。

「そんな強者の余裕を構えているようだけれど、私と対峙する以上、覚悟はできているのでしょうね、『獄番』さん」

『獄番』と呼ばれるガストムはついに口を動かす。

「・・・俺と『戦闘』で殺り合うって算段か。まあ、別に構わないが、貴様も死んでも知らんぞ」

「どうせ、死んだって誰も悲しみはしないわよ・・・それで受けるってことでいいわね」

女は背中に背負っていた蒼く帯びた刀身を抜く。それはまるで蒼き竜をベースに製作されたかような、禍々しくそれでいて綺麗な刀身である。女は右手にその剣を持ち、相手が出方を伺っている。

「フン・・・雑魚では務まらなさそうな雰囲気ではあるな。・・・よし」

ガストムはズボンのポケットから何なら金色に光る手袋を取り出し、その手袋を両手に装着した。

「俺の『剣』は、「愚行剣」。ただの拳じゃねぇ。ちゃんと刃もついている」

金色に光る拳から、刃物が出てくる。あれに当たるとおそらく出血は免れないだろう。

「奇妙な『剣』ね。そんなもの普通、校則と公式試合でも反則じゃないのかしら」

「はっ。てめえ、何も勉強してないじゃねえか。『戦闘』ってのは何でもアリなんだよ」

そう、『戦闘』において武器の使用は自由である。親善試合とも言われる『剣闘』は純粋な剣と剣との闘いである。この二つは似たようでもあり、似ていないのである。

「『戦闘』なんてただの反則技。アルディスはあるべき姿を無くした。それは戦闘の他ならないのよ」

「時代ってのはいつも移り変わっていくものだよ、お嬢さん・・・いや、『閃姫』」

『閃姫』書いて字の如く、剣技では最強と称される女性のみに与えられる異名。閃姫と呼ばれる女は、ガストムをキッ、と睨む。

「ははは、そんな睨むんじゃねぇよ、せっかくのベッピンさんが勿体ない」

からかわれていると分かった女はすぐさま地面を蹴って走り出した。

「せやああっ!」

女の蒼の刀身がブオッ、と重く響き地面に叩き付けられた。その破壊力は絶大なものであり、地面一帯が割れ始めていたのだ。

「・・・っとと。危ない、危ない」

ガストムはひょいと華麗にかわした。

「かわすな!くそデブ!」

叩き付けた蒼の刀身は再び持ち上げられ、振り落とす。ズンズンと響いて地面は裂け目まで出始めた。

「校舎近くで地面壊すなよ、閃姫さん~」

上げ足をとられ、完全に挑発に乗ってしまっている。 

「うるさいデブ!あんたのせいで私は・・・」

女は何かを込めるように、柄をぎゅっと締める。

「あんたは絶対に許さない!お爺様を愚弄したこと!死んで償いなさい!」

女は完全にガストムの術中にはまる。ガストムは喜びを抑えられず、大笑いする。

「ふはははは!いいぞ、もっと葛藤しろ!お前はそうするほど、剣に意識を集中しなくなるのだからなぁ!」

高笑いを上げるガストムは、見下すように女を見つめる。そして、ついに調子に乗ったか、こんな発言まで始めた。

「まあ、俺の女になるなら話は別だ。俺のものになるなら撤回してやらなくもないぞ」

「調子になりがって・・・っ!」

グググ、力が力んでしまっている。これでは本来の剣の力が発揮できない。

「一体どうしたら・・・」

そんなときであった。女の前に一人の男が姿を現す。

「おーい」

「ああ?」

目の前に現れたは、紅い髪をしたボサボサの頭。制服は乱れYシャツも出ている青年。

「なにしてんの?」

「お前は誰だ」

「ゼクス・シューベルト。『紅い悪魔』なんて呼ばれてるけど」

「はぁ?」

ゼクスは何があったのか、言葉だけで解決しようと試みた。

「まあ、そんな向きになりなさんな、ダンナ。一つ、話で解決しましょや」

「どけ」

一発で断られた。ゼクスは粘りに入る。

「まあ、そんなこと言わずに、な。俺も戦いなんて好まない人だしよ」

「どけ」

その一言のみ。

「君もなんか言ってくれよ」

女の子にも希望を託してゼクスは聞く。

「どいてください」

これはどうしようもないな、と思ったゼクスははぁ、と溜息をついて背中から借り物の『刀剣』を鞘から少しだけ出した。そしてゼクスは妙な言葉を発した。

『暴虐ヲ爆ゼルハ豪炎ノ獄刀剣』

その言葉を発した瞬間、世界は真っ紅に染まり、周りは何もない、ただただ無限に広がる闇の世界へ変わる。

「・・・っ!?」

女はあまりの驚きに足が竦んだ。ガストムも同様に。

「な、な、なんだぁ!?」

ぎゃーぎゃーと犬みたいに吠えるガストムを見て、ゼクスはこう発した。

「オ前ハ、人ニ優シクシタ事ガアルカ?」

誰もいないところから声だけが響き、ガストムはさらにおびえ始める。

「だ、だれだぁー!」

完全に正気ではなさそうだったので、女のほうに問うことにした。

「オ前ハ、コノ世界ヲドウ見ル?」

女は、震えながらでも、唇を動かし始め。

「闇が・・・深すぎます」

「フム・・・正直ダナ。ヨシモウイイダロウ」

パチン、と大きな音が鳴り響いた。すると女は元の場所へと戻ってきた。その目の前にはガストムの姿はなかった。

「おーい、ダイジョブか」

ゼクスが彼女のもとに駆け寄る。

「さっきのは・・・あなたが?」

「まあ、そうだな。幻術の一種って奴?」

それにしてはかなりリアルに創られていた。血で染めあげたような闇の世界は、まるで自分の世界をのぞき込んでいるようでもあったのだ。女は周りを見渡す。

「そういえば、ガストムたちは」

「ん、あそこ」

すると女は、ぎょっ、とした目に一瞬で変わる。

「な、なんですか・・・これ」

「あいつらは向こうの世界にまだいるから『形』として残っているだけだ。向こうの存在も消えればこの世界から消滅し、誰からも忘れ去られる。『忘却』ってやつだな」

女が目にしたものは、骨の残骸だった。桜の木の下で寝込んでいる姿で、ガストムとその子分と思わしき骨が置かれていた。

「今は骨の姿だが、これが向こうの世界で消えればこれも灰に変わる。まあ技名通りの『豪炎の剣』だな」

人間は死んで骨になる。これは昔からあった『火葬』というものに近い。がこれは火葬ではなく、人間の存亡を賭けたものとして、現実世界には骨しか残らない。

そんな話をしていると、骨は急激に灰へと化し散っていった。女はこれは、というように顔を驚かせる。

「あー、死んでしまったか。名もなき者が」

「・・・・・・」

女は、静かに座り込み、祈りをささげた。無残に散っていった名も分からない人に。

「誰もかもわかんないやつに、祈りをささげるとは。まったくおめでたいやつだな」

「・・・一応『剣士』だからね。あなたと違って『外道』とは違う」

外道。確かにあの剣技は人の理から外れた『禁技』である。人の何もかもを狂わす禁技で、『禁忌解放』というものだ。だがこれがなければ、戦闘では勝利しなかった。

「私は、間違った戦い方を正す為にここに来たの。あなたみたいなのを含めてね」


「あ・・・あれは!」

ゼクスは誰か来たのに気づき、瞬時に近くの草むらに入った。

「スフィア様、ですよね?」

どうやら男子生徒のようだ。おそらく同年代であろう。男子はきらきらとした目で、スフィア、さっきゼクスが話していた彼女を見つめている。

「ええ、そうよ。どうせサインくれっていうんでしょ。ペン貸しなさい」

いやっほう、と大きく声があがる。「やめなさい、ほかの子が来るでしょ」とこそっとしゃべるスフィア。ゼクスは何者なのだ、と草村から様子をうかがう。

「はい、どうぞ」

「やったあ!人気アイドルのスフィア様のサインだぁ!」

男子生徒は、喜びながら去っていった。ゼクスは終わったと思い、彼女の前に出た。

「・・・お前何やってる人なんだ」

「アイドルよ。片手間にやってるの」

アイドル。かつて二ホンが一度大きな存在を生み出したというのを聞いたことがあるが、それ以降生まれたことなど無かった。しかし彼女は『アイドル』というそのものを復活させれるくらいの、影響力を今そこでゼクスは目の当たりにした。

「まあ、本腰入れるほどのことは何もやってはいないけれど、小遣い稼ぎには丁度いい仕事だったからやってるだけ・・・もういいかしら」

スフィアはゼクスをもう見たくないと、そんな雰囲気を出していた。完全にゼクスの視線から脱している。

「おっと。帰るのには早いぜ」

「・・・まだ何かあるの」

呆れ顔のスフィア。ゼクスはさっき助けたお礼を要求するように手のひらを出す。

「・・・それは何」

「助けたお礼、まだだろ?なんかくれよ」

「はぁ・・・」

迫るゼクスに一喝いれよう、そう思ったスフィアは、靴をカン、と大きく鳴らし真剣な顔でこう言い放った。

「貴方、図が高いわよ。私を誰だと思ってるの?『閃姫』が通り名、スフィア・アルテミスよ!過去成績はトップを貫き、閃銘アルディス学園入学試験も満点で入学。実技でも最有力候補なのよ!『魔神』と呼ばれたあの人に近づくためにも日々切磋琢磨するこの学園に入った!なのに何故あなたは・・・『魔神』と知り合いなの!?」

決め台詞を言おうとしたのだが、完全にあとから個人的な質問をされたようだった。ゼクスはえぇ・・・、と言わんばかりの顔で答えた。

「父さんの知り合いで、この学園に入学してきたんだよ。俺も会うまではシュティス学園長のことなんも知らなかったし、別に知り合い関係なくあの人はいい人だぞ」

「ちょっ・・・はい?それってコネで入ったってわけ?あなたズルすぎるわよ!」

確かにズルに近いことはした。学園の入学案内の中に、ゼクスは黒色の封筒を見つけ、開けて手紙の内容を読んだ。

『お父さんの話は聞いている。私のことろでよければ『剣』を磨いてみないか。きっと光るものが見つかるであろう。詳細は転入一日前の日にある指定の場所に来てくれ。場所はお父さんが知っていると思う。君の良い返事を待っている。 シュティス・オーリディア』

なんてものを今見せつけたら完全にチートされてるなんて思われるだろう。

「まあ・・・何にしろ、お礼はしてもらわないとな」

「少し考えておくわ。―――――それにしても」

スフィアは少し汗をかき始める。

「まあ、私はほぼ講義見たな講義みたいなものだけれど、・・・あまり遅刻の単位は増やしたくないわ」

震え声で早口にしゃべる。ゼクスは「ああ、これは完全にやばいんでしょうな」と思い苦笑する。ゼクスはそんなスフィアに声をかける。

「じゃあ、学校案内しながら教室案内してくれよ。それでチャラでいい」

「あまり要求はしないのね、キミ」

スフィアにとって、想定外だったらしい。いやらしくしてきたり、強姦など、男子にはよくある行為をするのではないかと思っていた。

「俺どんな人間なんだよ」

「えっ、心読まれた!?」

読んでいなくとも、そのくらいはわかるわ、何真っ赤にしてんだ。

ゼクスは心の中で爆笑する。こんな天然な人は初めてであったからだ。

「・・・というよりあなたのクラスってどこなのよ」

「えと、確か」

制服のズボンのポケットからくしゃくしゃの紙を取り出して見る。

「1‐Aって書いてる」

「ああ、私たちのクラスなのね。わかった、案内してあげる」

そう言ってスフィアは先に歩き出し、ゼクスをも歩き出そうとした瞬間。

「ひぁっ!」

何かに躓き、スフィアは体勢を崩し、地面に強く倒れこむ。

「おい大丈夫か・・・って」

ゼクスは倒れこんだスフィアを助けようとした。しかし、ゼクスはこの姿を見られてこの後殺されるかもしれない出来事が起こった。

スフィアのスカートがめくれてかわいい下着があらわになる。水色のデティールで、フリル付きの完全な「魅せる下着」言っても過言ではないものだった。

ゼクスは真っ赤に染まり、一瞬見たと同時スフィアから視線を外す。

「おい、早く立ってくれよ!」

これ以上見られない。ゼクスは早くしてほしいまいと、催促をかける。

「っ・・・」

スフィアは足を捻っていたのだ。ゼクスはもう一度ちらりと見たとき、ようやく理解した。

「・・・早くそれを言ってくれ」

ゼクスは倒れこんでいるスフィアをおんぶする。

「ちょっと・・・!何しているの!」

「なにって・・・ケガしてんだから無茶すんなよ」

そう言ってゼクスは再び歩き出す。場所はとにかく聞きながらでもいいだろう、と思い校舎のほうへ入っていった。


***


「保健室はどこになるんだ」

「校舎1Fね。下駄箱からだと右折して行くほうが早いかな」

西校舎1F。ゼクスたちは足を捻ったスフィアを保健室に連れていくため、探しまわあっていた。ゼクスは上履きに変えて、下駄箱から左右道があるところを右へ曲がっていく。

「その・・・ごめんなさい」

「何がだ?」

いきなり謝れるスフィアに、ゼクスは首を傾げる。

「初対面の人にこんなことさせてしまって。剣士として恥だわ」

「別に恥だなんて思わなくていいんじゃないか?目の前にいるのは、外道の人間だし」

はっ、と我に返る。そうだ、この人は『剣』という本質を知らない。技だけに頼って、純粋な戦いをしない。スフィアはすっかり忘れていた。

しかし。そんな彼なのに、ズルしかしないのに。彼は自分を見捨てず、優しくしている。

彼は、どっちが本物なのか。

「ねえ・・・聞いてもいい」

「なんだよ」

スフィアは、何かを決したか、こう応えた。

「あなたは何のために、『剣』を取るの?」

何のために。ゼクスは「それは・・・」と言いかけた。

しかし、それは偽善なのではないか。

『剣』は護るためにあるもの。

『暴力』のためにあるならば、自分はどっちかというと『暴力』なのだろう。

ゼクスは自分を偽るのがすごく悔しそうにこう言った。

「『剣』としての本質を見出すため、そして俺自身『紅聖』の力と向き合うために、かな」

嘘だ。大嘘だ。

本当は、こんな不条理にできた世界を壊してやりたいと思った。

あの時も、あの時も。

ゼクスは過去の出来事を思い出す。

化け物と呼ばれて妹がどんな思いで旅立っていったのか。

ウリエルがあの時何故俺に助けを求めてきたのか。

いくつもの『社会の闇』を見てきた。

きっと父さんもそんな思いもいっぱいしてきたはずだ。

だから、人一倍生きて、妹の分まで報えるように。

ゼクスは自分の歯を鳴らすように、ギリッ、と音を立てた。

「・・・」

スフィアはこれ以上何も言わなかった。何かを見てしまったかのように、スフィアは目を伏せた。彼に彼なりの事情というものがあるのであろう。

そんな話をしていると、保健室に到着した。

「ここだな」

「もう降ろして。・・・ここからなら歩けるから」

そう言ってゼクスは彼女をゆっくりと降ろしてあげた。

「ねえ、ゼクスくん」

スフィアはゼクスを悲しそうな目で見ていた。

「あなたが今まで何があったのかはわからないけど・・・未来は変えられる。だから絶対にあきらめないで」

悲しそうな目から、希望をもつ目に光り輝く。一粒くらいの涙が彼女の頬を伝って流れ落ちる。

「アンタも俺を恐れないんだな。・・・ったくなんでだか」

ゼクスは髪をポリポリと掻く。照れくさいというか、なんというか。こんなにクサいことを言われたのは初めてで、正直嬉しかった。

「ゼクス・シュ―ベルト。改めて宜しく」

「スフィア・アルテミス。よく覚えておきなさい」

にっ、と彼女は大きな笑みを浮かべた。

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