第ニ話 シュティス・オーリディア
<2>
ゼクス部屋は一通り片づけが終わった。時間は午後四時。丁度日は落ちていない。
「よし、準備はいいかい」
「歩いていくんですか?」
地図からそう遠くはない距離であった。スモールフォン略して『スモホ』のグルグルの検索の調べだ。
「私はそういうことも省きたい性分でな。私の近くに来たまえ」
何をするのかと思い、シュティスの近くに立った。
「そのままじっとしていていくれ。テレポート!」
瞬時にゼクスの部屋は闘技場の風景へと移り変わった。
「何が起こったんだ?」
「瞬間転移をしたんだ。早いだろう?」
魔力が減ったのを感じ取れる。この世界の魔力の概念はあまり公にはされてはいないが、かなり強力であるという。大魔方陣でも展開可能なのか?そんな質問もしては見たかったがそういう状況でもない。
「では、純粋に剣と剣でぶつかり合う『剣闘』を始めようか。そういえば君は何も持っていなかったな」
完全に『剣』を禁止にされているゼクスにとって、借り物の武器を使用するほかない。ゼクスは闘技場の武器庫にある、『刀』を模した武器を手にした。
「ほう、一番扱いが悪いとされている『刀剣』を選んだか」
『刀剣』とは、剣の種類の中で最も扱いが難しいといわれる武器種である。
一見刀に見えるが、太く長い単刃の武器である。不格好というのも理由に、刀より重く、刀の長身が長い太刀というのに近いものだ。ゼクスは昔からこれを手に剣を振ってきた。
「不格好ですけど、案外使いこなせば太刀よりも斬れ味は断然違いますよ」
ゼクスは鞘におさめたまま軽く振ってみた。ブォン、と重く鈍い音とともに、スンと
床が斬れたを見た。あの時からあまり落ちていないようだった。禁止されたのは丁度二年と少し前である。急激に変化したかと思っていたがあまり驚くところはなかった。
「――――こっちはいつでも、いけますよ」
うんしょと屈伸をして待機。シュティスはフフッ、笑みを浮かべいた。
「―――懐かしいな。こうやってあいつらとも戦ったのだったか」
昔のことをシュティスは思い出している。誰とは聞かないが、もしかして父とシュティスは同級生ということを前に聞いていたので、ひょっとすると・・・いいや、妙な詮索はやめておこう。
「始めましょうか。―――俺は鞘を抜きませんが、本気で行かせてもらいますんで」
「ああ。本気で来い」
シュティスの武器は『篭手剣』。手に篭手を付け、その篭手の中に剣を仕込ませているという非常に珍しい武器種である。かつての二ホンの国がその篭手の原点を作り上げたのだ。
ひしひしと空気が漂う中、小石がカツン、と音がなり、一気にその状況は大きく変わった。
「はあああっ!」
先に斬りかかったのは、鞘を抜かないままのゼクスであった。的確な当たり位置とその後の対応が必要になるため、体のひねり、手の持ち方、足の踏み方、ふり幅と次の行動の時間をすべて頭の中で計算する。これだというのがもちろんすべて百を出し切れるかというとそうではない。つまり九〇以上の力が必要になる。
「フフ、甘いぞゼクス君ッ!」
その斬撃はシュティスの経験上外すことになるはずだ。
だから、ここを狙った。真正面が勝てない相手だとわかった時、生真面目に真っ向に戦う人間はいるはずがない。むしろいたほうが、バカに等しい。
回避行動に出たシュティスに振りかぶった刀剣を即座で振り戻す。
「残念、それはあえて空振りですよ」
『最強』、『紅聖』、『紅い悪魔』などと呼ばれたゼクスにとってはたやすいものだ。
小さい時から勘は鋭く、計算しつくされた行動。感情で動くものでないと教えられてきたシューベルト家の教えにのっとって完成したのが、ゼクス・シューベルトという男なのだ。
ゼクスはシュティスの篭手の中の刃を粉砕した。
「そんな・・・」
「チェックメイトです、シュティスさん」
元に戻った刀剣を再度シュティスに振りかぶる。しかし、やられると思って必死で自分をかばう姿を見てしまったゼクスは頭のてっぺんで刀剣は止まった。
「・・・あまり言えたもんじゃないですけどそれ慣れてないんじゃないですか」
ゼクスから見て、篭手剣の使い方がいまいちなっていないと思つた。明らかおかしいのはシュティスには腰にぶら下げている『短剣』がある。
「余り慣れないものだよ、こういうのは。そして、なぜこの『剣』を使わないかってことだね」
そして、ここからは彼―――マキス・シューベルトが絡んできたのだった。
「これは、マキス・シューベルトの形見なんだ。私が誕生日の時、死んだ」
ますますわからない。何年の時を経ているのだ。マキスは古の大戦時死んだとされ、今生きているとなると何万歳のレベルだ。
「不躾で申し訳ないが、あんた何歳だ」
「私か。―――そうだな、いつから数えてないか」
少しなびしいそうな顔をし、闘技場から見える星を、シュティスは眺めた。
「申し訳ない、と言っていた。彼は言っていた。これから生まれてくる子供たちに謝りたいと。けど、それはマキスは伝えられない。だから代わりに私が伝えることにした」
伝えるとは言っても。人間には寿命というものがる。男性は約八〇歳、女性は八六歳というきちんとしたデータがとれている。これを越すというのは完全な超人である。いくら『最強』のゼクスとは言えども、寿命というものには逆らえない。
「つまりどういうことだ?」
この言葉を聞いた瞬間、シュティスは服の紐を解き始めた。
「え・・・」
驚愕でしかないゼクスは唖然としていた。そして我に返る。
「・・・なにやってんだぁ!」
ゼクスは顔が真っ赤に染まる。その言葉も聞かず、シュティスは脱ぎ続ける。
「おいおいおい・・・何やってんですかシュティスさん」
目を手で隠しちらちらは見てるが、裸体のシュティスは実に綺麗の一言だった。
――――がしかし。それはすぐに裏切られた。
「こういうことだ」
手を外していた。中身は機械だらけ。そう、こういうのは『アンドロイド』呼ぶべき存在だ。体中に何かに繋ぎ止めているような線が見えた。それはいいのだが。
「服脱いだ意味あります?」
むしろ、そっちが気になった。
「いやー、こっちのほうがゼクス君も興味を持ってくれるだろうと思ってね」
「余計なお世話です」
バッサリ切っていくのがゼクスのスタイルであるため、その言葉はかなりキレがあった。
「ということで私は魔法も剣も使えて、なおかつ不老不死のお姉さんということだ」
なるほど納得した。最近の技術はかなり進歩しており、死んだ人間の意志や魂が残っている遺産があれば、それを復元することができ、アンドロイドに移植することが可能になっているのだ。このような技術を『リ・バイブルテクノロジー』と称されている。
「早く服着てください。・・・なるほど代々の事情は把握しました」
もうちょっとだけ~、というような顔をしているシュティスに睨む。まったく、乙女心wかってないなーという顔をしながら服を着替える。
「この先のシューベルト家を見守るために私はこうやって現世に生きているのだと思う」
世界を改変した人物がここにいるというのが少しおかしいのだが、不思議にこの世界になじんでいるせいか、脅威に感じられない。これは、今のボケをわざとやっているシュティスから感じ取れたことだった。
「―――これから先、俺も道を踏み外すかもしれないですけど、俺は俺のままに、『剣』を取ります。誰に何と言われようが、決めるのは俺自身です」
結論。過去、マキス・シューベルトは次世代の子供たちに申し訳ないと思っていたのだ。
この理由付けはシュティスの言葉によるもの。そして、『最強』というものを残して、旅だった。これ以上のことはないのだ。この先は自分で変えていくしかない。他に変えられるものはいないのだから。
「――――そうか。わかった。学園長である身だが、精いっぱい応援させてもらおう」
ゼクスはこの人を信用たる人間だと判断した。必要以上にゼクスの嫌がるところを突いてはくるが、それ以外は裏切りようのない人であった。
「シュティス学園長。これからも宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく。ゼクス君」
晴れ空の星はよく見える。ゼクスとシュティスは星を眺めながら闘技場を後にした。
闘技場の観戦席。あまり人の目から見えにくい席から一人、結末を見ていたものがいた。
髪はエメラルドのような深めの青緑、ロングヘアに、特徴として腕には星の欠片で作られたブレスレット。初めて来ていたようで、そのまま戦いを見惚れていた。
スフィア・アルテミス。彼女の名前だ。決戦を見終わったあと、興奮が止まらず、自分の手をぎゅっと握りしめていた。
「あれが、『魔神』の力・・・すごい」
そう、ゼクスを見ていたのでなく、彼女シュティスのほうだった。確かに剣の読み方は断然にシュティスのほうが上だった。スフィアはゼクスの技を『チート』だと勘違いしている。
「きっと、反則したんだわ。シュティス様は負けない。あんな不抜けた男に・・・」
この先で出会うというのだが、印象が割るというのはすでにここから始まっているのだろう。
スフィアは、ぶつぶつ言いながら、闘技場を後にしたのだった。
***
その夜。
「あぁ、疲れた・・・」
部屋に帰ってきたゼクスにまた突っ込みをかける事が起こる。
「ん、おかえりん」
「フフ、お疲れさん」
疲労困憊なゼクスに降りかかるのは女二人の存在。一人は先ほど戦ったシュティス。
そしてもう一人の存在は。
「勝手に部屋に服入れたから。よろ」
金色のミディアムヘアー。緑色の瞳をしたカラーコンタクトではない純粋な目。
服は完全に乱れており、胸が見えかけである。
「・・・よろじゃないだろ、ウリエル」
ウリエル・アッシュ―ド。ゼクスの親戚。自宅警備員という、ニート。
そんな職があるか、なんて思っていたら本当に職業として存在していた。ニートとか言えないのだ。何もしないからニートであるには変わらないが。
「いやあ、ほんとにスケベだなぁゼクス君は。ハーレムじゃないか女の子二人もいるんだぞ?」
「あんたは何かってにあがってんだ!」
まるでさっきと同じ状況だ。シュティスの服装はまた脱いでバスタオル一枚の状態。
チラミセなのか、胸の谷間を強調させて来ている。ゼクスは頭が痛い。
「ん?私の胸を何見ているのだ?」
「服を着てくれ!」
もう突っ込むのがしんどくなり、声が出ない。弱々しい声でふにゃふにゃになるゼクスは、そのまま、無意識にシュティスの膝を枕にし、倒れこんだ。
「もう・・・眠い・・・このまま寝ます」
そのままゼクスは深く眠りについた。いびき大きくかくゼクスにシュティスは額にキスをした。
「お疲れさま。明日も宜しく」
その行為を見ていたウリエルはにやにやしていた。
「ほぉー、やっぱこいつ女難の相かかっるな、どスケベめ」
「フフ、彼は女の子を引きつけやすいのだろう。イケメンだしな」
うわぁー、という呆れ顔のウリエルは、ゼクスの顔を見つめていた。
「シュティスはどう思う?」
「何がだ?」
意味が深い感じの言葉に、シュティスは少ししわを寄せる。
「『紅い聖剣』。刀剣自体持ってないだろ」
「・・・」
『紅い悪魔』などと称されているゼクスだが、実を言うと能力的に一人で発揮できるものではない。つまり、もう一つの存在、『紅い聖剣』の刀剣自体が必要になる。しかし、刀剣を持っていないということは、ゼクスは真価を発揮できない状態にあるのだ。
「その辺は後で考えるとしよう。脅威が今そこに迫っているわけではない。本当に必要な時は・・・悪いが伝えねばならんな」
「ちゃんと考えてるんだねー、『魔神』ちゃん」
「よしてくれ、『熾天使』殿」
ウリエル・アッシュ―ドはれっきとした大天使であり、『熾天使』と呼ばれていた。
しかし、とあるきっかけで天界から追放され、この場所にやってきたというのだ。
その話は追々話すことになるだろう。
「はは、そんなンも言われてたっけ。んま、この部屋結構気に入ってるから自由にさせてもらうつもりだし。つーわけでいろいろとよろな、シュティスさん」
強調した言い方、それはこの人間界において今現在ではシュティスが上(年上というのも含む)になる、ということだ。ムッ、と少しまたしわが寄りそうになったが、今はしわを増やすべきではない、と考えにこやかに微笑んだ。
「ああ、宜しくウリエル」
お互い、和解したのか和解していないのか結局わからず、その夜二人はゼクスの家で熟睡した。