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お嬢と立花君  作者: アウトキャスト
7/24

体質改善の第一歩目


 あれから無駄に筋トレをしてしまい中々寝付けなかった俺はいつもよりも早く目が覚めてしまった。

 寝直すわけにもいかずに家を出たものの、頭は冴えずぼんやりと霞がかかっている。


「張り切りすぎたせいだが……眠い」


 天気も良く清々しい陽気なのだが、俺は疲れが抜けきっておらずドンヨリとしている。教室についたら即座に寝る事にしよう。自分でも背中が丸まっているとわかりつつ、俺は下駄箱へフラフラと歩いていく。


「た、立花くん。おはよう……!」

「んぁ……?」


 投げ捨てるように上履きを床に置いたところで、誰かが声をかけてきた為、俺は首だけを無理矢理回す。


「今日は……は、早いんだ」


 すると、かなり息を切らした小島真子の姿があった。となると、小島グループの娘達がいるのかと思い、ちょっと構えそうになるが……幸いな事に小島の周りには誰もいない。


「今日はたまたまだな」


 面倒くさい奴に声を掛けられたと感じながらも、上履きに視線を戻して靴を履き替えたら、さっさと教室へ向かう。


「え……! ちょっと、待ってよー!」


 小島が背後で何か言っているが、俺は聞こえないフリをして歩をわざと早める。

 普段より静かな廊下を歩き、俺はわざわざ早い時間にくる奴の気持ちを少しだけ理解する。こういう学園の雰囲気も悪くないな。気の持ち様だとは思うが、朝日がなんだか美しい物のように見える。


「立花くんって歩くの早いよね!」


 そんな気分を台無しにしたいのか、パタパタと走ってきた小島が俺の隣に並びやがった。

 こいつ、何か企んでいるのか……? 俺は目を合わせたくないと思いながらも、小島の横顔を眺める。


「あ、そーだ。英語の課題ってやってきた?」


 すると、小島は俺が警戒している事なんか気にも留めないのか世間話をふつーに始めた。


「課題なんてあったのか」


 開口一番、金田の事を聞かれると予測していた俺はこれくらいならと問題ないと思い雑談に付き合ってやる事にする。


「……やる以前の問題だね」


 小島的には想定外の答えだったのか、呆れたような表情で言葉を返す。


「なら、私のを見せてあげるよ」


 しかし、あらかじめこのセリフを言うつもりだったのか、小島は人差し指をピンと立てて俺に貸しを作るような提案をしてきた。


「いらねー」

「え! な、なんで?」


 この返答も小島的には想定外の答えらしく、目を見開いて声を上げる。せっかく決めポーズみたいな物を取っていたのに、これじゃ台無しだな。


「そこまでしてやる意味ねーじゃん」


 一応、小島のあからさまなアピールを悪意で踏みにじりたいわけではないので、俺は断った理由を話す。さっきのはすっげぇ演技っぽい言い方だったが、小島の善意である事には変わりないだろうし。


「課題の存在を知らなかった人が言うセリフかなぁ?」

「なら、自業自得って事でいいじゃねぇか」


 小島は俺が強がりで言っていると思っているのか棘のある一言を発したが、俺は俺の意思を貫く事にする。


「せっかく、私が……」

「そんなに見せたいなら俺以外の誰かに見せればいいだろ」


 自分の提案が断られた事にショックが大きかったのか、小島は眉をひそめてしょんぼりした様子を見せる。常にハイテンションな小島にしては、珍しい光景に見えてしまう。


「勘違いしないでよね。別に立花くんに見せたいわけじゃないし!」


 んが、そんな表情を見せたのは一瞬の事で、いつものように何かズレた発言をする。何をどう勘違いすればクラスメイトに見せる為に、課題をやったと思えるんだろうか。

 やっぱり小島とは反りが合わないとため息をつきそうになったが、俺は小島との距離がさきほどよりも詰まっている事に気づいた。

 ……おかしいぞ。小島が俺に追いついた時は危険領域である半径1メートルより外にいたはずだ。

 これではちょっとでも手を伸ばしたら小島の身体に触れてしまう。健全な男子ならラッキーと思える状況なのだが、残念な事に俺はこの状況に戦慄を覚える。


「おい、それ以上近寄るな」


 朝っぱらからトイレに篭りたくないので、俺は最低最悪のセリフを吐いて、汚物を避けるように露骨に距離を取ってしまう。


「えぇ! わ、私、何か臭ってたり……してる? もしかして、お母さんの納豆のせい? 別に私は食べてないのにー とばっちりだー」

「……すまん。流石に今のは俺の言い方が悪い」


 普段なら小島の反応がウザいと感じるはずなのだが、罪悪感のせいかキツい態度を取れずに微妙な言葉を返してしまう。しかし、小島は制服に臭いが染み付いていると勘違いしているのかバックから香水を取り出して臭い消しのように吹きかけ始める。元々臭いなんて存在しないので、一瞬にして俺達の周囲に甘ったるい香りが広がっていく。

 そんなどこか抜けたクラス委員の姿を見て、俺は小島をそこまで意識した事をバカらしく思い始める。こいつってここまで残念な奴だったっけ……?

 慌てふためく小島を鼻で笑えるほど余裕が生まれてきた俺は「今ならば女性恐怖症を克服できるかも?」なんて考えがよぎる。


 ――よし、視姦に挑戦してみよう。

 大体、小島程度なら怯える必要なんかないはずだ。


 声に出したら大問題な啖呵を心の中だけで呟いて、まずは安全圏である足元にピント合わせる。

 ウチの学園の女子生徒ではデフォルト装備である黒のハイソックス。ここまでは昨日までの俺でも普通に見れるところだ。そこからカメラワークを意識しながら俺は徐々に視線を上げていき、ふくらはぎとソックスと生足の境目を確認して、ふとももで一旦止める。いや、止めるではなく……身体の異変によって、止まってしまったのだ。


「ぐ……ぅ」


 理由は簡単。腸が痙攣を開始してしまった。流石に我慢できるレベルではあるが、キツいボディブローを喰らってしまい吐息を漏らす。

 生脚は危険だと判断して、スカートを飛び越してブレザーの胸元までジャンプする。夏服だったら一発KOだったが、冬服なら問題はないはず……


「な、なんで私の事をジッと見て、顔色が悪くなってるの……?」


 バレてないだろうと思っていたが、肩で息をしている俺を見て小島が困惑した表情を浮かべていた。普段のイメージですっかり忘れていたが、小島のスタイルは標準以上なんだな。運動部じゃないから、脚は細くて綺麗だし、胸もわりとある。

 背も高めなわり小顔だし、黙っていれば美少女じゃねーか。誰だよ、小島程度に怯える必要はないとか言った奴。


「やっぱり……目に毒だったらしい……」


 しかし、本能がどう感じても理性としては小島に反応してしまった事実は汚点なので、憎まれ口を叩いて、俺は教室に向かってノタノタと歩いていく。致命傷ではないが、しばらくは大人しくしている必要がありそうだ。


「毒っ……!」


 去り際の一言は痛恨の一撃になったのか、小島はその言葉と共に石像化した。

 その隙に俺は開きっぱなしになっている扉を通り抜けて教室へと入る。小島と一緒に来たように思われるのが嫌だったし、丁度良かったかもしれない。

 普通なら挨拶をして足を踏み入れるんだろうが、無愛想な俺は無言で数人のクラスメイトを確認して、自分の席へと向かう。相変わらず居心地の悪い空気だと肌で感じつつ、俺はどこにも目を合わせないようにする。


「お、おはよー」


 ワンテンポ遅れて石化状態から復活した小島が入ってくると、クラスの雰囲気がガラッと変わった。精神的ダメージのせいかぎこちないスマイルを浮かべているものの、クラスメイト達は楽しそうに小島へ挨拶を返している。

 なんだかんだで小島はウチのクラスの顔なんだと再認識しつつ、バッグを自分の机に置いたところで、誰かが視界に入ってくる。


「今日は早いのね。いつもより十分以上は早い」


 小島から解放されてやっと一息つける。そう思っていたのに、凛とした令嬢が文庫本を片手に目の前に立っていた。


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