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お嬢と立花君  作者: アウトキャスト
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人違い


 金後と分かれてたどり着いた裏庭は昨日と同じように閑散としていて俺以外には誰もいなかった。

 連日でここを訪れるのは初めてだと思いながら、俺は一人になれた事に少し安堵する。


「金田……麗美か」


 昨日はここで彼女に告白をされた。その理由を考えるのを放棄したものの、さっきの彼女の態度で疑問が再発してしまった。

 あのまま他人に戻って、今まで通りにしてくれれば何も問題がなかったのにな。

 俺は一人で裏庭に佇みながら一人で思考を続けるが、ここでようやくこの状況に違和感を覚え始める。


「なんで誰もいないんだよ」


 強制的に呼び出されたはずなのに、俺が待っているって最悪じゃないか。やっぱりこれは悪戯か?

 過去にも誰も来なかった経験があるので、俺としては警戒してしまう。

 五分……いや、三分待ってこなかったらバイトもあるし帰る事にするか。

 悪戯説と仮定して俺はバッグを地面に置き、時間を確認する為に時計を見る。ここから三分だと秒針を見て決めて、視線を地面に落とす。


 ――誰も来ない。

 

 とはいっても、来た方が時間がなくなってしまうわけだから、誰も来ないほうがいい。

 俺はちょっと手持ち無沙汰になりながら、無心で時間が経過するのをジッと待ち続ける。

 普通の奴なら携帯とかいじったりするんだろうが、俺は携帯を持っていない。理由は簡単で家計的にそんな余裕がないからだ。

 友達付き合いに必須な物という認識はあるが、今のところ欲しいと思った事もない。

 入学当初に親父にも問われた事があるが、携帯を買うくらいならパソコンがあった方がいいと言ったら、そっちを購入してくれた。

 これは上手く共用しているので、あの親父とメールのやり取りや会話をするより建設だと思っている。


「ん……?」


 丁度、秒針が二周したところで、複数の影が俺の視界に入った。俺はすぐに視線を上げると………三人の男子生徒がこっちに向かってきていた。一人は一九○はあるんじゃないかの長身で丸刈りの屈強な男。腋にいる二人の男の一人は縁なしの眼鏡をかけて端正な顔立ちをしている。もう片側にいる男はクラスメイトの吉田君で、俺はこの三人の関係が余計にわからずに困惑してしまう。


「お前が立花陽介か?」


 俺がジロジロと三人の顔を見ていると、長身の男が俺にドスの利いた声で喋りかけてくる。

 ここで、俺は長身の男が誰かを思い出す。ウチの学園じゃかなりの有名人なのだが、まさかこんな風に絡まれるとは思いもしなかった。


「……そうですけど、あなたは牛沢うしざわ先輩ですよね?」


 入学したての頃、ウチの学年では……一つ上の牛沢に絡まれたらタダではすまないと有名だった。それはこの姿を見ればわかる。この分厚い胸板は堅実に鍛え上げられたものだろう。


「いや、違うな」


 しかし、牛沢は俺の質問に対して何故か頭を振った。

 人違いなわけがない。こんな筋肉ダルマが二人もいたら余計に噂になるし、ふつーに嫌だ。


「まぁ……俺は用事があるんでそろそろ帰ります」


 とはいっても、この人があの牛沢だろうとそうじゃなかろうと、この裏庭で話を続けたくはない。俺は嘘にはならない言葉を言って、バッグを掴み取り中庭へと歩き出そうとする。


「おや、君は誰かを待っていたんじゃないのかね?」


 ここで眼鏡の男が進路を遮り、決めポーズを決めるように指差してくる。まさかとは思っていたが……この人達があの手紙の差出人なのか?

 俺は吉田君に視線を移すが、彼は教室での態度と同じように無言で俺から視線を逸らした。

 まぁ……味方をしてくれるつもりはなく、あくまで向こう側って意思表示なんだろう。


「立花ァ! 無視してんじゃねぇ!」


 どうするべきか悩んでいるところに、牛沢から咆哮みたいなバカでかい声が発せられた。これは裏庭だけではなく中庭まで響いたんじゃないんだろうか……


「う、うるせぇ……」

「こっち来いや!」


 俺の言葉など耳に入ってないのか、牛沢は挑発するように俺を手招きする。完全に旧世代のヤンキーだと思いながら、俺は渋々逃げる事は諦めて牛沢の前まで戻る。


「んで、牛沢先輩……俺に何の用ですか?」


 こうなったら下手に出てさっさと用を済ませてしまおう。俺はそんな魂胆で顎鬚の目立つ牛沢を見上げる。


「今の俺は牛沢ではない! 隊長と呼ぶがいい」

「は……?」


 まともに相手にしようと思ったら三秒後に俺はそんなのは無理だという現実を突きつけられた。いや、マジで意味がわからねぇ。隊長って一体何のだよ。部活動だとしても隊長なんて役職はないよな……


「えーと、隊長。立花は我々の活動の事を知らないので伝わらないかと……」


 流石に会話が破綻していると察したのか眼鏡の男がフォローしてくれる。


「確かに隊員Bの言うとおりだな。だが、今の俺は麗美様の為に存在しているのだ!」


 んが、暴走気味の牛沢は自分の存在意義が隊長としての役職にあると公言する。


「……麗美様?」


 ツッコミどころはたくさんあるのだが、とりあえずは聞き覚えのある名前が出てきたので、それを声に出す。


「そうだ。我々は麗美様親衛隊だ」


 すると、ノリノリの牛沢は自分達が金田のファンである事の説明を始める。麗美様と呼ばれている噂は知っていたものの、ガチで呼んでいる奴がいるとは思わなかったので、絶句するしかない。


「我々は噂話の真意を確かめに来たのだ。あのような噂は麗美様の今後の学園生活に支障をきたす」


 ここで眼鏡の男がまたフォローを入れる。隊員Bとか言われていたけど、この人は参報のような雰囲気を漂わせる。

 それにしても昨日の今日なのに思った以上に噂は広がっているんだな。


「立花、全てを話せ。話せば命を取るような真似はしないぞ」


 話の流れが見えてきた俺に牛沢は脅し文句を言って、目に闘志を宿らせる。勝手に騎士を気取っているみたいだが、こんな野郎とガチンコ勝負する気はない。


「噂は勝手に誇張されてるだけですよ。別に金田とは付き合っているわけじゃないです」

「そうであったなら、すでにお前は血祭りだ」


 俺としては一言で終わらせたつもりだったのだが、その答えでは満足してくれなかった。


「我々が知りたいのは昨日……この場所で麗美様と何の話をしたか。偽りがあればウチの隊長が言葉通りの事をするよ?」

「……おいおいおい」


 真剣な目で尋問をしてくる親衛隊がマジで怖いと思い、俺は一歩だけ後ずさる。正直に話をしようにも、それはそれでこいつらにはNG行為だろう。「告白されましたけどフリました」なんて言ったら、違う罪を被せられるんじゃないか?

 こうなったら、裏庭で話もしていないと誤魔化した方が得策のような気がする。


「ちなみに君と麗美様が裏庭で話をしているのは隊員Cが目撃している」


 だが、先手を取るように眼鏡の男は吉田君を指差して、吉田君は力強くコクリと頷いた。

 そういえば、裏庭から全力疾走していた事は正雄も口にしていたし、それを覆すのは不可能なのか。


「じゃあ……正直に話しますと、相談事をされたんですよ」


 完全に逃げ道を失った俺はもっともらしい嘘で切り抜ける事にする。


「相談事だと! 麗美様に悩みがあるのか!」

「内容は言えませんよ。そーいう約束なので」


 ちょっとわざとらしいと思ったが、牛沢には効果的だったのか、餌に食いつく魚のように大声を上げる。


「言いたくなるようにしてやろうか!」


 すると、暴力主義の牛沢は力ずくで俺から情報を引き出そうとする。一瞬でも騎士と思ったのが悔やむほど、その目は暴漢じみていた。


「……金田に言いますよ。牛沢先輩によくわからないけど、ボコボコにされたって」

「な……に!」


 実際、相談事なんて何もないので、俺はとにかく嘘に嘘を重ねてこの厄介な隊長を言いくるめる事に徹する。


「これは少々、困りましたね……」


 大概の事は牛沢の暴力でゴリ押してきたのか、眼鏡の男はこの展開に困っているようだ。


「ていうか、親衛隊なら正攻法で金田から聞き出してくださいよ」


 それほど口の上手くない俺としてはもう限界だ。これ以上はボロが出てきてしまうだろう。


「ぬぐ……!」

「……まぁ、この情報を得ただけでも良しとしますか」


 その願いが通じたのか、俺に対する視線が弱まり緊張していた空気が和らいでいく。それから、親衛隊の三人はボソボソと一言二言会話をすると、俺にようやく背を見せてくれる。


「命拾いしたな、立花ァ!」


 捨て台詞にしては洒落にならない事を言って、親衛隊の三人は来た時と同じように牛沢を先頭にして去っていく。


「はぁ……」


 その背中を見ながら俺は胸に手を置いて重い息を吐き出す。もうマジで勘弁してくれよ。


「あ、やべ」


 ドッと疲れてしまったが、俺はここに来た時よりも異様なほど進んでいる長針に目を移す。

 とんだ厄災だと思いながら急いで帰ろうと視線を上げる。すると、親衛隊達と入れ替わるようにツーサイドアップの髪をピョコピョコと揺らしながら女の子がこっちに駆けて来るのが見えた。


「………?」


 裏庭に急いでやってくる女の子って珍しいな。俺はそう思いながら、その子とすれ違おうとしたが……


「あ、あの……!」


 その女の子は俺の目の前でピタリと立ち止まったのだ。しかも、随分と急いでやってきたのか息がかなり乱れていて、声を出すのも辛そうに見える。

 俺は知り合いかと思い、その子の全身を確認するが……見覚えはない。

 背は金田と同じくらいで小さく、走り方や息を整える仕草といい、金田に匹敵するくらいのかわいい女の子に思える。

 金田との違いを挙げるなら胸が標準より小さいくらいだろうか……?


「あの、凄くお待たせしてしまって申し訳ないんですけど……!」

「???」


 ある程度、息が整うと彼女はガバッと凄い勢いで顔を上げて、振り絞るように声を上げた。

 しかし、俺は彼女がなんでこんな事を言い出すかもわかっていないので、首を傾げる。


「ごめんなさい! お断りさせてもらいます!」


 ……そして、こっちの表情を確かめる事もなく勝手に話を進めていく。主語のない発言なので何をお断りされたかサッパリわからないし、そもそも君は一体誰なんだ?


「では、私は部活がありますので!」

「え……? あぁ、わかった」


 彼女はアクセル全開のまま顔を上げた勢いを殺す事なくペコリとお辞儀をすると、来た時と同じように髪をピョコピョコ揺らしながら中庭へと戻っていった。状況を整理できない俺はよくわからないまま忙しそうな彼女の背中に対して手を振っていたが……


「――今のは何だったんだ?」


 これが真の置いてけぼりなのだと理解して、愚痴に近い独り言を吐き出す。彼女は言いたい事を言うだけ言って去っていてしまったわけで……こちらとしてはわけがわからない。


「あのー」

「うわっ!」


 そんな中、背後から背中を叩かれて俺は軽い悲鳴を上げる。ボーっとしていたのもあるが、誰もいるわけがない背後から人が現れるとは考えもしなかった。


「あ、申し訳ない……」


 俺はビックリしながらも振り返ると、気の弱そうな猫背の男がゲッソリした表情で俺に謝っていた。


「あんたも親衛隊か?」

「……親衛隊? いや、違うよ」


 俺に用事があるんだろうし、彼も金田の親衛隊だと思ったのだが、そうではないらしい。


「じゃあ、何なんだよ」


 いろいろあって不機嫌な俺は先輩か後輩かもわからない彼に高圧的な態度を取る。


「……その、人違いなんだ」


 彼は思った以上に気が弱いのかモゴモゴと口ごもりながら要領の得ない返事をしてくる。


「意味がわからん」

「……さっきフラれるのは僕だったんだよ」


 俺が怒り爆発寸前だと察したのか、彼は怯えながらも人違いの意味を説明し始める。

 どうやら、さっきの女の子は彼に呼び出されたらしい。しかし、彼は裏庭で待っていたが、俺や親衛隊が現れてから喧嘩が始まると誤解して奥の方で隠れていた、と補足する。

 牛沢が怒声を上げていたし仕方ないといえば仕方ないが、そのせいで遅れて現れた彼女に会う事ができなかった。

 その用件は彼がフラれたと口にしたんだから、言うまでもなく告白をしようとしていたんだろうな。

 気が付かない彼女にも問題があると思うが、手紙での呼び出し方にも問題があったんだと思われる。


「あー、なるほどな。じゃあ、俺は帰るわ」

「……え? 驚かないのかい?」


 話の繋がった俺はこれ以上の情報は不要だと思い、さっさと帰る事にする。時間に間に合うか心配なので、無駄話をする余裕はないのが本音だが。


「んなこと言われてもな。俺には関係のない話だ。リベンジしたければ勝手にすればいいだろう?」


 とはいっても、あの娘は相手が誰だろうと断る勢いだったし、リベンジしても無意味な気がする。


「……リベンジって使い方が違うような」


 気が弱いだけでなく冗談も通じないのか、言葉通りに受け取っているようだ。

 これでよく告白しようと思ったな。まぁ……人の色恋沙汰に何か言うのは野暮なので俺は片手を上げて裏庭をあとにする。

 しかし、のんびり歩いている余裕はなかったので、俺はため息混じりにバイト先に向かうために駆け出した。


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