止まらぬ噂
――昼休み。
親父の作ったタンパク質だらけの弁当を食べ終えて、俺はペットボトルのお茶を飲む。
あたかも買ったように見えるが、家に常備している2リットルのを移し変えてきたものだ。
俺は金田の席を見やるが、賑やかな教室から切り離されたように空席になっている。
クラスメイトの女子は席を寄せ合って談笑しながら食事をしているが、その中にも彼女の姿はない。
多分、学生の当たり前の喧騒が嫌いなのだろう。
俺もそれほど好きではないが、そこから距離を取っても得をする事はないのだ。クラスメイトの輪の中に自由に出入りできないといろいろと面倒な事になる。
俺はその輪の境界線ギリギリのところでやり繰りしている。世渡りが上手ければ、自分を中心にしたグループを作り上げるんだろうけど、俺にはそんな器量はない。
「立花くん、ちょっと良いかなー?」
ぼっち飯を終えて、弁当箱をバッグにしまったところで、俺を呼ぶ声が耳に入る。
「あ?」
俺は生返事をしながら、声が聞こえた女子のグループへと視線を向ける。そこにはクラスの女子の中心グループが机を寄せ合って俺をマジマジと見つめていた。
女性不信の俺は聞こえないふりをして昼寝をしたいところだが、返事をしてしまった事もあり、頭をガリガリと掻いて呼び主のところへと歩いていく。
「何の用だ?」
どうせろくでもない事だろう。この女に呼ばれて良い事なんて一度もない俺は好戦的な態度で話しかける。
「聞きたい事があるんだけど……って、何でそんなに不機嫌そうなの?」
俺が不機嫌である事に気づいた彼女は大げさなリアクションをしながら言葉を続ける。
彼女は……小島 真子。前髪の髪留めがとても印象に残り、苗字を覚えるまではヘアピン女と視認していた。
ハッキリ言って、俺は彼女の事が嫌い……とまではいかないが苦手だ。
小島はクラスの人気者で常に物事の中心におり、俺とは去年からのクラスメイトでこんな感じでよく話しかけられる。
良く言えば社交的。悪く言えば仕切りたがり。
今は生徒会の書記を担当していて、次の生徒会の会長か副会長になるなんて話も聞いている。
別に中身がまるでないわけでもなく、成績もクラスで二番。運動もでき、容姿もかなり良いので二番目に人気もあると思う。類は友を呼ぶのか彼女のグループの人間もかわいい娘が集まっているので、ウチのクラスの男共はどうやって彼女と仲良くなろうかと悩むほどだ。
んが、俺はどうにも小島に対して好意的になれないのである。
「立花くんってさ、本当に金田さんと付き合うの?」
「……付き合わねーよ。噂話を真に受けるなよ」
「でも、みんなそう言ってるよ! 何もなくて噂にはならないと思うの!」
彼女はこんな感じで俺が好まない話題ばかりを無駄にハイテンションで振ってくるのだ。家庭事情もあり俺は他人に詮索されるのが嫌なので、いつも会話に困ってしまう。黙っていれば普通なんだが、喋りだすとボロが出るというか……知的な女の子ではなくなる。
「んなことを俺に言われてもな……」
実際、俺と金田は付き合うわけじゃないのにどう答えるのが良いんだろうか。人の噂も七十五日とは言うが、二ヶ月以上は長すぎる。俺は答えに窮しながら視線を彷徨わせる。
「本当に本当? 他人のふりして実は付き合ってたりしてない? 校門を出た瞬間に手をギュって繋いだりとか!」
俺が曖昧な態度でいるせいか、小島は身を乗り出す勢いで過度な妄想を交えて、言質を取ろうとしてくる。
「あの金田が告白したって前提がおかしいだろ? そんな姿を想像できるか?」
俺はため息を一つついてから、これ以上の噂の拡大を防ぐべく、噂の根幹にメスを入れる。なんでこんなに突っかかってくるのか俺としては理解できないが、あまり小島と金田の仲は良くなかったと思う。金田は孤高で誰にも媚びない人間だし、相容れないのは遠巻きで眺めていても感じ取れた。
となると、金田のちょっとしたスキャンダルを掴もうとしているのか……?
「でもでもでも、裏庭で見たって人がいるみたいだから! それって隠れた密会だよね!」
隠れた密会って意味が重複しているとツッコミたくなるが、このテンションに付き合っていられない。
「捏造だろ。人気を落とそうと誰かがしたんじゃねーの? 文化祭も近い事だしな」
金田を味方するつもりはないが、これ以上この話題を盛り上げられるのも困る。俺はこの噂話をする事がミスコンに否定的な人間の悪意のある行為だと言って、小島の強い視線から逃げる事にする。
「……わ、私は単純に人気者の二人の真実を知りたいだけ!」
「にしても、ミスコンとかウチの学園もよくやるぜ。生徒会権限で廃止にしてくれるとありがたいな」
それなりに動揺したのか小島が言葉に詰まったので、俺はすぐに文化祭の話を出して流れを一気に変える。
「あ、立花君。ミスコンじゃないよ。プリンス&プリンセスコンテストだよ?」
すると、ミスコンという言葉に反応したのか、小島グループの女の子達が正式名称を俺に教えてくれる。
「今年もウチの学年は立花君が選ばれるんじゃない?」
「うん、みんな言ってるよー」
「プリンセスはやっぱり金田さんじゃないかなー。ウチのクラスが独占しそうだね」
それがキッカケになったのか、楽しそうに傍観していたグループの女の子達が一斉に喋り始める。
「頼むから違う奴に入れてくれよ。俺はあーいう面倒なのは苦手だ」
俺は流れが完全に変わったと安心しつつも、突然向けられた彼女達の好意的な視線にたじろいでしまう。彼女達がさきほど言ったように、文化祭のコンテスト、というより人気投票は女の子だけではなく男に対しても行う。男女平等って事なんだろうが……選ばれた側に得はほとんどない。
「興味ないふりしてるのが、立花君らしいね」
「そーいえば、今まで考えた事なかったけど立花君と金田さんって絵になりそうだよねー」
「けど、金田さんって三年のイケメンとよくいるって話を聞いた事があるよ」
彼女達の冷やかしの声を聞きながら、俺は愛想笑いを浮かべて自分の席に逃げる事をする。
「……!」
しかし、振り返る直前に頬をプクプク膨らませている小島を見て、その場しのぎの逃げ方をした事に気づく。この様子じゃ、しばらくはこの話で絡まれる可能性があるな。
……まぁ、いいか。
実際に、俺と金田は付き合うわけじゃないし、ギャーギャー騒ぎ立てて自分のイメージダウンをするほど愚かな奴じゃないだろう。
ほとぼりが冷めるのを待つ事にしよう。そう決めた俺は自分の机に戻り、昼寝をしながら昼休みを過ごす事にした。