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罪悪感

今回はまたよう分からん世界でのお話。

「みんな、こいつに注目してくれい!」

 現実世界から「この世界」へワープしたとたん、真道は言いだした。

 腕が体から引きちぎれんとするくらい、高々と何かを掲げている。

「……紙切れ?」

「クジさ」

 真道は俺たちにも見えるように腕を降ろした。

「七海と一緒に作ったのさ」

 見ると七海さんも満足そうな表情をしていた。

「何に使うの」

「メンバー分け。今まではひとりひとりバラバラに行動してたけど、これからは二人一組になろうって言いだしてさ」

「おそらく、これからは私たちが戦っている相手が強くなっていく気がするので、安全面を考慮して、という訳です」

 七海さんはそう言った。

「どうして敵が強くなるなんて分かるんですか?」

 真乃がちょっと待ったと言わんばかりに質問した。

「……えーと、それはもちろん、お約束だからよ」

「……へ?」

 俺と真乃は顔を見合わせて、互いにぼんやりとした表情をする。

「えーと、そんなことより早くクジ引きましょ、ハイこれ健吾君の分ね。で、こっちが真乃ちゃん」

 七海さんは俺たちに半ば強引にクジを渡していく。

「クジって俺たちが引きたいのを引くんじゃねえのかよ……」

 何かはぐらかされてないか、と思った。しかし、七海さんも俺たちと同じく、「この世界」に関しては無知同然のはずだ。お約束だか何かは知らないが、気にしすぎだろう。

 手渡されたクジを見てみると、随分とファンシーなクマのイラストが添えてあった。

 真乃のクジをのぞき見してみると、俺のと同じクマのイラストが。

「絵柄が同じだったら同じペアよ」

 じゃあ、俺は真乃とペアなのか。

「あ、健吾さんと同じですね」

 そう言う真乃の表情を見やると、口元は上がり、目は細めていた。受け手によって百八十度解釈が変わってしまうような、微妙な表情だった。

(なんで最近の俺はこんなことばかり考えてるんだ)

 彼女の表情の真意など、この世の大多数の人間には関係のない話のはずなのに。

「私は真道と一緒に回るから、そっちも適当に頑張って~」

「無茶してけがすんなよ。じゃあな!」

 七海さんと真道は仲睦まじくテンションアゲアゲで去っていった。

「……とりあえず、行こうか」

「はい!」

 嬉しそうな良い返事が返ってきた。

(うーん、やっぱり、さっきのあの顔は嬉しいって解釈でいいのかな……。いや、嬉しいと言ってもどのくらい嬉しいのかは分からんし……)

 なんて考え事をしつつ、真道らとは反対側へ歩みだした。


 森の中は薄暗い。そこら辺の土やら木やらから光が出るので明るい、という話はどこへ行ったのか。

(というより、昨日までよりも暗くなってないか?)

 感覚を研ぎ澄ますように注意深く観察することで、ようやくわかるほどの違い。昨日までよりも少し視界が狭まっていた。木が密集してる地帯では木が二、三十本は視界に入っていたのが、今や半分以下である。

「健吾さん。ここってこんなに薄暗かったですかね?」

 森に入って数分。真乃も気づいたみたいだ。

「まあ、昨日と場所が違うから、木の密集具合とかが違うだけかもしれんし」

「まあそうかもしれないですけど……。それに、なんだか空気も澱んでませんか?」

 俺は一度立ち止まって、両手を広げ、田舎のおいしい空気を吸うみたいに何度か呼吸した。

「……どうだろ。どちらかというと、空気が薄くなってきてるような……」

 どちらにせよ、森の中、というイメージには似つかわしくない。森の空気というものは、もっと澄んでいて、濃いものであるはずだ。少なくとも、現実世界ならば。

「なんなんだ『この世界』は……。ますますわからん」

「わからんといえば、今日の七海さん、なんだかおかしかったですね」

「ああ、今日は強いモンスターが出るとかなんとか」

「……その言い方だと、なんだかソーシャルゲームか何かで遊んでるみたいですね」

 それを聞いて、そうかなるほど、と思った。俺たちはただこの森の中で、ソーシャルゲームをたしなむようにこのイベントを楽しめばいい、と素直に思えた。そう考えると、気力がいくらかみなぎってきた。

 それに今、俺たちはこの薄暗い森の中で二人きりだ。明かり、空気、敵。今日「この世界」に様々な変化が訪れるのならば、そして仮に「この世界」が俺たちの仲を繋ぐために存在しているとするならば、俺と真乃との間に何かが起こったとしても、不思議では無いのではないか。

「よし、どんな敵が出てきても俺がサクッと倒してやるよ……ん?」

 何やら調子が出始めた、といったところで、周囲からガサガサと物音が聞こえた。

「これはもしかして」

「健吾さん……これは……」

 そして、小型機器の集合体、ロボットが現れた。

「「ひええ!」」

 俺と真乃は奇声を上げながら同時に飛び退く。

(なんだこれ……犬?)

 犬というよりこれは……ハウンドか何かか?

 それは今まで見たことのない形のロボットであった。うなり声の類の音声を発する機能は持ち合わせていないようであるが、その代わりと言わんばかりに全身をふるわせて全力で威嚇しに来る。

 一瞬だけ真乃の方をチラ見した。彼女もおびえているところを見ると、初対面なのは俺だけではないようだった。


 静寂の後、ハウンドが突進をしてきた。

 俺は反射的に進行方向と垂直に身を投げ出した。木に肩をぶつける。すぐさま姿勢を整え背後、すなわちハウンドの方向へ顔を向ける。彼我の距離はさっきよりも開いた。

 本当は真乃の方を気にしたいのだが、目の前のハウンドがあまりに危険すぎると脳が信号を発しているようで、今は敵の方に集中するしかなかった。

 ハウンドが俺を睨む。そしてその視線をそらした。そしてまた俺に。

(視線をそらした方に、真乃がいるんだな)

 どうやら、俺たち二人のどちらを先に食うかで、お悩みのようだった。

(来るなら来い……!)

 ハウンドはいまだ対象を決めかねているようだった。焦らしにも思える。早く来てくれないと、緊張で心が張り裂けそうだった。

 ついにハウンドは満を持して飛びかかってきた。俺に。やはり反射的に垂直によける。しかし今度はハウンドはすぐに方向転換をして俺を追い回す。とても棒立ちではいられない。姿勢を高くしたり低くしたり、転がったり跳んだりしてよけた。日常生活では無いに等しい鉛直方向への運動を、猛烈に意識していた。

「今だ! こいつに弾をぶっ放せ!」

 自分でも驚くほど荒い語調で言い放つ。敵が、俺だけを追い回している今しかチャンスは無い。

 途切れることなく攻めてくる。それに合わせてよける。よけていると、ハウンドがついに俺の足をかみついた……かと思いきやギリギリのところで回避した。全く誇張なしで、殺されたかと思った。「この世界」は俺たちを繋げてくれる? まったくナンセンス。そんな素晴らしい世界で死を最も身近に感じるなんて、ない。

「早く! 大丈夫だ俺はちゃんとよける! だから頼む!」

 今の俺には全く心の余裕がないことを、力いっぱい声にして表した。

 目まぐるしく回る視界の端に、一瞬だけ真乃の姿をとらえた。そして目が合った。

 そのおかげだろうか。電撃が迸る気配がした。同時に俺を追い回す殺意の影が吹き飛んで行くのが見えた。すぐさま俺は右手で武器のスイッチを探し出し、気配めがけて押し込んだ。

 今度こそ、ハウンドは吹き飛び、マイクのハウリングにも似た騒音を出したかと思うと、殺意と熱気と共に消え失せた。

「や……」

 俺は真乃に向きあう。

「やった! 倒した! お前のおかげ! ありがとう!」

 俺は未成熟な子供のように単語ばかりの歓声をあげて、真乃に抱きついた。

「いやマジで死ぬかと思ったよ! なんだよただのワンちゃんに見せかけてアホみたいに強かったじゃねえかよ! いやでも良かった良かった! いやーあのへったくそな武術しかかませねえ今までのロボットとマジ大違いだったよマジで。でも二発で倒せたのが幸いした! 良かった! 真乃がフォローしてくれて助かったよ! もしフォロー無かったら俺今頃あいつに食われて美味しい午後のおやつにされてたよ……て、あれ?」

 ベラベラと喋っているうちに、真乃が無言でいるのに気づいた。ついでに俺が真乃に抱きついているというシチュエーションを知覚し始めた。そして真乃がほんの少し赤面していることも。

「あ……」

 不意に、軽々しく言葉を発せない状況だと気付いた。森の奥深くに眠っていた静寂が、いまふつふつと立ち現れてきた。

 真乃の顔を見る。今まで見せたことのない表情だった。それは俺の心の奥底に眠っているありとあらゆる感情を、容赦なく揺さぶってきた。

 ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたミックスジュースのような何かが俺を支配する。これは何だ? 感情の類か。今すぐにここから離れたほうが良いのか、いやここにいたいのか。彼女の顔を直視するべきか、しないべきか。この事実を自然と受け止めるべきか、不自然と解釈すべきか。様々な疑問やら感情やらが絶え間なく現れては消えた。

 しばらくして、そのぐちゃぐちゃな感情を見る目が慣れてきたのか、ひとつの感情をそこに見出した。

(罪悪感……?)

 何に対しての罪悪感なのか。探る。その感情には、何に対しての罪悪感なのかが記述されていた。しかし、今の俺には読み取ることが出来なかった。もどかしい気持ちばかりがはびこる。

「あ、あの……健吾さん……」

 声が聞こえた途端、俺の存在を支配していた感情群はあっという間にひとつ残らず霧散した。

「あ、ああ、悪い」

 すぐにそばを離れる。

「え、えっと、さっきはすぐに動かないで、ごめんなさい……」

「ああ、別に気にしてないよ。ほとんどけがもしてないし、良かった良かった。とりあえず、今日は森をさっさと出よう」

 俺は真乃を促し、森からの脱出を試みた。


 幸い、追加で敵に出くわすことなく、森の出口付近まで帰ることに成功した。

 歩いているうちに、森は、俺たちがハウンドと出くわす前の雰囲気を取り戻しつつあった。


 しかしその一方、俺たちは、大きく変形した感情を、それぞれが抱えていた。

今回真道のセリフ少な!

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