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焦燥感

こんばんは。

今回は健吾君と真乃ちゃんがいちゃいちゃ(?)します。

(どこだここは……)

 目を開けてみると、そこは一面黒の世界だった。

(どこだ、ここ……)

 とりあえず、自分の体を動かしてみる。どうやら自分は地面に立っているようだ。足元を見下ろしてみると、白線の上に立っていた。

 よく見ると、その白線は遠い彼方まで、ただただ真っ直ぐに伸びている。……際限なく。これは全く見覚えのない景色だった。

 目の前に、一人の少年が立っていた。その幼げな顔つきは、俺がこの世で最もよく知っている人物――「あの人」だった。

(なんでこんなところにいるんだ?)

「僕はここにはいないよ」

 考えたことが相手にも伝わったようだ。

(じゃあお前は誰だ)

「そういう意味じゃない。今この場、この時だけ、君と会話できるという事実がこの場に横たわっているだけで、君が普段生きている時間、ないし空間には僕はいないという意味だ」

 理解不能なように聞こえて、なぜかその意味を呑み込むことが出来た。俺は「あの人」と一か月前に別れたはずだったが、今この場でだけは会話できるらしい。

(しかし、こちら側に会話したいことなど、ない)

「あなたは今、いや、普段の時間は、何をしている?」

(俺は、仲間たちと一緒に、……そうだな、楽しく青春を過ごしている。いつも悲しそうな顔をしている、あなたと違ってね)

「そうか……。しかし、あなたは本当にそれでいいのかい?」

(どういうことだ)

「今のあなたは、本当のあなたではないということを、理解しているのか?」

 これはまるで禅問答だ。

「僕は、違うと思っている。あなたは間違っている。そのままその道を突っ走ってはいけない。あなたは、僕と同じ道を歩むべきだ」

(それは、ただあなたが寂しいだけだからだろう? 俺は、今の俺が好きだ。あなたの考えには同意できない)

「そうか……。どうせ、あなたならそう返すだろうと思っていたよ。分かった。今日のところは引き返すとするよ」

 そう「あの人」が言うと、俺の目の前からフッと消えた。初めから存在していなかったかのように。

(そうだ、俺にはやらねばならないことがある)

 それは、「あの人」とは違った人生を歩むこと。そして、この世界の素晴らしさを心身一体となって享受することだ。


 しばらくして、まどろみが俺を襲ってきた。


「……朝か」

 夢を見ていた。「あの人」を夢に見たのは初めてだ。ほんのりと心がブルーになる。

「……飯食おう」

 俺は、着替えたり朝食をとったりと、いつも通りの朝のルーチンワークをこなして、家を出た。


 外は暑い。

 まだ五月だが、日差しは強く、空気は暑くて重い、が……。

(そうだよ、これだよこれ)

 「この世界」……いや、この現実世界から見れば、「あの世界」か、あそこでは体感できないモノだ。天候さえ変わらない「あの世界」に行くようになってから、鬱陶しい日差しも、迷惑な豪雨も、有難みのあるものとして感じられる。

(自然の恵みに感謝だ……)

 なんて考えていると。

「おはようございます、健吾さん」

 俺の目の前に、真乃がいた。


 俺と真道、そして七海さんは高校一年だが、一個下の真乃は中学三年だ。よって、俺と真乃が通う学校は異なるのだが、お互い非常に近くに位置しているので、登校では一緒になることが多い。

「ところで、真道は?」

「兄なら寝坊しましたよ」

 あっさりと言ってのけた。

「マジで」

 今までも二度三度あったことなので、それ自体は驚くには値しないが……。

(じゃあ、真乃と二人で登校じゃん)

 少し緊張してきた。今までは大して気にしなかったのだが。

「全く、うちの兄も困ったもんです」

 真乃が苦笑しながらつぶやく。

 真乃は小柄な女の子だ。髪は地味な配色のリボンで留めている。髪自体はサラサラで、いい匂いでもしそうだった。

(ええと、そんなことより、何か話題はないか、話題は)

 焦るが何も出てこない。真乃の横顔ばかり気にしてしまう。これを見惚れるということだろうか。なんだか、彼女のこの横顔が、この世で最も価値あるモノだという、錯覚めいた感情が生まれてくる。

(どうかしてるな、俺)

「あ、そうだ、健吾さん。あの後、兄はどうしたと思います?」

 向こうから話題を振ってきてくれたので、いささか安堵する。

「あの後って、どの後だ?」

「アニメを見損ねたみたいなこと言ってたじゃないですか」

「ああ、あれか。どうなったんだ?」

「実は私が録画撮っといてあげてたんですよ」

 優しい妹さんである。

「じゃあ、真道はちゃんと見れたんだ」

「いえ、実は最後の五分くらいカットして録画してたんですよ」

 ひ、ひどい。それはつまり、一番盛り上がるところで終わっちゃうってことじゃん。

「……真道は何か言ってたか」

「『真乃、何で兄ちゃんにこんなひどい仕打ちするんだ! ぬか喜びさせといて一気に落胆させるなんてあんまりだ!』って言ってました。そこで私が、『これに懲りたらちゃんと自分で録画しとくなり対策しときなよ』って言ってやりました」

 真道は、完全に妹の手のひらで踊らされていたようだ。その妹さんは今、俺の隣で得意げな顔でそのことをネタにしている。

 それにしても、仲の良さそうな兄妹である。一人暮らしの俺にとっては、少々羨ましかった。


 真乃と出会ってから学校へ向かうまでに、曲がり角が三回、横断歩道が七回。時間がたつにつれて、それらを一回ずつ消費していくという事実が、そこはかとなくリアルに感じられた。

 いつの間にか真乃との会話も途切れ、お互い無言で歩いていた。

 何かしゃべらなきゃいけない。しかし話題はこれっぽっちも浮かんでは来なかった。「あの人」と違う人生を歩むと豪語したのは、どこの誰だったか、と自分を鼓舞する。鼓舞するが、それでも話題が何も無かった。

(いや、話題が無いのではなく、切り出す勇気がないだけだ)

 本当は話題はたくさんあった。真乃の家はどこにあるのかとか、進路はどうするつもりなのかとか、「あの世界」は一体何なのかとか。しかし、いざ口にしようとすると、喉につっかえて出てこない。

 よって、無言で歩くよりほか無かった。

「健吾さん、それじゃあまた」

「へ?」

 気が付くと、もう最後の横断歩道を渡り切って、校門のすぐそばだった。

「あ、ああ」

 ここで離れれば、次に会うのは放課後だ。……しかし、それでは少しつまらない。本当にそれでいいのだろうか。

(いや、ここは、呼び止めるべきだ)

 そう思えた。

「あ、ちょっと待ってくれ、真乃」

「え?」

 真乃が振り返って俺の顔を見た。。

 良かった。何とか引き留める言葉を絞り出すことが出来た。

 俺と真乃が、ある状況下に置かれた。

 この状況下では、俺が言葉を発しない限り、両者とも逃れることは許されない。局所的にしか光を当てられない暗い演劇の舞台の上のように、時間と空間が静止していた。

 俺は、これから話す内容も一緒くたに取り込むみたいに息を吸って、言った。

「昼休み、一緒にご飯食べないか?」


「よう、健吾!」

 真道がさわやかな声色と共に教室へ飛び込んできた。一時間目の終了後に。

「完全に遅刻じゃん。どうしたの」

「いやまー聞いてくれよ。うちの妹がさー」

「録画を撮ってくれたけどいいところでぶち切れてた?」

「そうそうそう! そうなんだよーさすが健吾は分かってるわー。やっぱうちの妹ダメだよねーそうだよねえー」

「まあ自業自得ってことで、これに懲りたらちゃんと自分で録画しとくなり対策しときなよ」

「なんか真乃とほとんど同じこと言われた! 妹からだけでなく、弟からも怒られるとは、俺はこれから誰を味方に生きてけばいいんだ!」

 だから俺はあんたの弟じゃねえ。

「それより、もうそろそろ二時間目が始まるぞ」

「え、二時間目って何だっけ?」

「古典」

「……教科書忘れた。健吾、貸してくれ」

「俺も使わなきゃいけないんすけど……。隣のクラスに行って七海さんに貸してもらえ」

 真道は「そうするわ」と言い残して急いで教室を出て行った。

 なんというか、どこまでも適当なヤツである。


 二時間目、三時間目と、刻々と時間が過ぎていく。朝の約束の内容が頭から離れない。教師の声もおぼろげだ。

(最近の俺は、何か変だ)

 最近は、真乃と二人だとなかなか会話が続かない。これは一体何なのだろうか。

(いや、問題は、会話が続かないことじゃないのかも)

 会話が続かないことは以前からあった。といっても別に不仲なわけではなかった。もちろん今だってそうだろう。本当の問題は、会話が続かないことの原因が自分自身にのみにあると錯覚していること、そしてそのことに一抹の焦燥感を覚えているということだ。

(要は、もっと親密になりたいという心の動きなんだろうか)

 もっと会話したいと願うこと。それは真乃とより仲良くなりたいからに他ならないはずだ。

 もっとも、それが友情としてか、恋情としてかは、いまだ判然としなかった。


 昼休みが始まる。

 校門から学校を出るのは禁止されているので、それ以外の場所から脱出を試みる。人目に付きにくく、かつ比較的よじ登りやすいフェンスがあるところから抜け出すことにする。

(こんな不良みたいなことをするの、初めてだな)

 心の底から、心地良いリズムが聞こえだす。笑みが止まらない。それは、自由に生きることを決めた者だけが有する笑みであった。俺は完全に「あの人」ではないのだという認識が、俺の心を照らしていた。

 フェンスをよじ登り、着地する。あとは小走りで細い路地へ向かう。

 俺の高校と真乃の中学校からほど近いところに、小さな公園がある。遊具は二、三ほどしかない、寂しい公園だ。平日の昼間ともなれば、利用している人間はほとんどいないだろう。俺は真乃と、ここで落ち合うことを約束していた。

 公園に着いた。あたりには案の定、誰もいなかった。少しだけ待つと、真乃が小走りでやってきた。

「健吾さん、こんにちは」

「こんちは。すまんな、こんなところで」

「いえ、ゆっくりご飯が食べられるところが、ここくらいしかないですからね」

 走ったからだろう、ほんのりと上気したその顔を見て、危うく劣情を覚えそうだった。

 ひとまず俺たちはベンチに座ることにした。

 与えられた猶予は昼休みのニ十分間。その間にできる限り会話をしておきたい。この時の為に、午前中は十分に話す内容を練ってある。抜かりはない。

「真乃って、好きなヤツとかいるの?」

「え、……い、いきなりなんですか!? え、えーと……」

 いきなりすぎたらしい。真乃が動揺していた。

 こんな会話から切り込むのは不自然だと自分でもよく分かっていたが、時間制限を考慮すると、世間話から入るのは時間がもったいないと思ったのだ。

「えっと、健吾さんはどうなんですか?」

「俺は、えっと」

 あ、そっくり同じ内容で質問され返す可能性を忘れてた。なんて答えよう。

「俺は、んーと、いないよ」

「じゃあ私もいませんってことで」

 そこで会話は途切れた。

(うわー何やってんの俺。いきなり会話が途切れたんすけど!)

 恋バナはハードルが高かったらしい。仕方がないので次の話題を放り込むことにした。

「真乃の家ってどこなん?」

「私の家ですか?」

 家の場所を尋ねることで、そこそこ会話は続くはずだ。というより、こっちを先にすればよかったのではなかろうか。

「えーと、私たちが普段会う場所がありますよね」

「登校するときに出会う場所ね」

「そこから学校への方向とは反対へずっと進んで、二番目の横断歩道を左折して、そのあと二番目の分かれ道で左折してから、えーと……」

(しまった。よく考えたら、口で説明するのって結構大変じゃん)

「それから、すぐのところで曲がってから……、住宅地みたいのがあるので、そこの五番目……いや四番目の家が私のおうちです」

「すまん、よくわからなかった」

「……でしょうね」

 若干あきれ顔になって言う。

 え、えーと、次の話題は……。

「ご趣味は」

「え? えーと……。読書?」

 終わった。

 ……。

 いや、あまり終わらせたくはないので、もう少しこの話題を引き延ばすことにする。俺の趣味を言ってみることにしよう。

(……いや待て、俺の趣味って何だ?)

 よく考えたら、よく考えたことがなかった。かといってここで「あの人」の趣味を暴露するわけにもいかない。俺自身の趣味を伝えなくては。

「……俺はあんまり趣味とか無いかな。今は皆で放課後に集まって『あの世界』へ行ってワイワイやるのが一番楽しい」

 ここからさらに話題を繋げられないだろうか。

「そういえば、あのロボットについてはよく分からないけど、あの電撃がビカビカって出る小型機器は一体何だろうね」

「私は、ロボットとその武器は同じ人が作ったんじゃないかなあって思います」

「そう?」

「だって見た感じとか、雰囲気的に似ていますし」

 確かに、「あの世界」ではロボットと機械製の武器が明らかに浮いているし、「あの世界」に関する何者かがその両方を創造したと考えるのが妥当かも知れない。

「でも、なんで敵も武器もメカなんだろう。敵は魑魅魍魎、武器は魔法少女ステッキ、みたいなのでもいいのに」

「うーん、『あの世界』を創った人の趣味じゃあないでしょうか」

「趣味か……。だとしたらどんな人なんだろう」

 弁当を食べながら思案する。機械が趣味な人か……。おっさんの絵面しか思い浮かばないな。

「じゃ、私そろそろ行きますね」

「へ?」

 時計を見た。昼休み終了まで、残り五分とない。

(マジ?)

 あっという間に時間が過ぎていた。いつの間にか、真乃の方はとっくに弁当を平らげていたようだ。

「ちょっと待って!」

 俺は真乃を引き留める。今朝の再現にも思えるシチュエーション。だが今朝よりは俺の心は落ち着いていた。

「メアドを交換しよう」

 同時にメモ用紙とシャーペンを取り出した。

「今は学校中だから携帯持ってないけど、これに書いて交換しよう」

「え、うん」

 真乃にペンと紙を、多少強引に受け取らせる。その顔には、少しだけ驚きの感情が混じっていた。

 真乃はベンチをバインダー代わりにして英数字を綴っていく。俺もメモ用紙を一枚破り取り、同じような格好でメアドを書き記した。

 二人は同時に書き終え、同時にメモを交換した。

 俺の心は弾んだ。なにせ、これから先は基本的に好きなタイミングで触れ合うことができるわけだ。これは至上の喜びだ。……恋バナとかより最初にメアド交換をすればよかったのかもしれない。

「それじゃあ、時間が押してるんで行きますね」

 荷物をまとめた真乃はそれだけ告げて、校舎へと走っていった。それは軽やかな足取りに見え、サラサラの髪が風に揺れていた。

 その後姿を見て、ああ、やっぱり良いな、と思った。

(良いなって何だ)

 よく分からなかった。

(俺もさっさと行くか)

 俺も残った弁当と荷物をまとめて、公園を後にした。


 公園には、最初に来たときと同じく、誰もいなかった。

次回はまたあの異空間に行くと思います。

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