刹那に過ぎ行く夏へ
活動報告にあげたSSを短編化しました。
欲しい。欲しい。欲しい。
あなたが欲しい。
他の誰でもない。あなたが欲しい。
決して伝えてはいけない想い。
彼は私の焦燥を知らない。
夏の日差しの中、私は見つめる。
彼は熱いトラックを一心不乱に走る。
タンクトップからすらりと伸びた肢体。
小麦色の肌を滴る汗。
私に向かって笑う口元から見える白い歯。
欲しい。欲しい。欲しい。
あなたが欲しい。
他の誰でもない。あなたが欲しい。
「タイム、どうだった?」
私の夢想を壊して、彼が駆け寄ってきた。
手元のストップウォッチを見ながら答える。
「自己ベストまであと少しね」
「じゃあ、もし俺が自己ベスト更新したら、俺とデートして」
真剣な顔で彼が私の腕を掴む。
彼に触れられたところが熱を持つ。
私は何でもないかのような顔で笑う。
「君が大人になったらね」
「大人になったらって、何歳からが大人だよ」
必死な顔で彼が食い下がる。
その若さが、太陽の光のように眩しくて。
困った顔で私は答えた。
「せめて20歳にならないと」
「わかった、絶対だからな! 4年後待ってろよ! いい男になってやる!」
「そのときには、私28歳よ? 陸上部の顧問どころか、この学校で先生してないかも…」
「でも、あんたはあんただろ。俺は、あんたがいいんだ」
欲しい。欲しい。欲しい。
あなたが欲しい。
他の誰でもない。あなたが欲しい。
自惚れかもしれない。
彼は今、私と同じ思いを抱いているのではないか。
先のことはわからないのに。
約束なんかして後悔するのに。
彼の熱に、私の熱に、夏の熱に、浮かされた私は。
頷いて、しまった。
◇ ◆ ◇
見て。見て。見て。
俺を見て。
お願いだから。俺だけを見て。
いつまでも届かない想い。
彼女は俺の欲望を知らない。
夏の日差しの中、俺は走る。
彼女は手元のストップウォッチを見つめている。
強風でTシャツが張り付く形のよい胸。
汗をぬぐうタオルを掴む白い手。
唇を湿らせようとチロリと覗いた舌。
見て。見て。見て。
俺を見て。
お願いだから。俺だけを見て。
「タイム、どうだった?」
俺に意識を向けてほしくて、声をかけた。
彼女はストップウォッチの数字を読み上げる。
「自己ベストまであと少しね」
「じゃあ、もし俺が自己ベスト更新したら、俺とデートして」
冷静な彼女を乱したくて、思わず白く細い腕を掴む。
手のひらに感じるのは俺の熱か、彼女の熱か。
彼女は笑って取り合わない。
「君が大人になったらね」
「大人になったらって、何歳からが大人だよ」
思わず勢い込んで問い詰める。
彼女の瞳が、眩しそうに細くなり。
目線を少し反らして、困った顔をした。
「せめて20歳にならないと」
「わかった、絶対だからな! 4年後待ってろよ! いい男になってやる!」
「そのときには、私28歳よ? 陸上部の顧問どころか、この学校で先生してないかも…」
「でも、あんたはあんただろ。俺は、あんたがいいんだ」
見て。見て。見て。
俺を見て。
お願いだから。俺だけを見て。
動揺したようにビクリと震える彼女と目が合った。
彼女は今、俺と同じ思いを抱いているのではないか。
大人の余裕でかわされると思ったのに。
子供の戯言だってあしらわれると思ったのに。
俺の熱に、彼女の熱に、夏の熱に、浮かされたのか。
彼女は、頷いた。
◇ ◆ ◇
私は、俺は、この夏を忘れない。
何年経っても、この瞬間だけは、色褪せないだろう。
焦がれるように互いを求めた、この夏を忘れない。
この後の物語は、二人の想いの強さ次第ということで。
作者としては、ハッピーエンドを希望します。