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有栖川の災難  作者: 花南
3/4

災難その3



「中身のある歌詞とない歌詞、どっちのほうが好き?」

 休み時間に大講堂で薫がそう聞いてきたとき、おいちゃんはたまたまボーカロイドの曲を聴いていた。イヤホンを外しながら、首をひねって「ないよりはあるほうがいいかな」と言ってみる。

「最近久しぶりにブリトニー聴いたんだよね。曲は好きなんだけれども、どうしても歌詞がそんなに好きになれなくて」

「ブリトニーの歌詞ってちょっとエロチックだしねえ」

 薫は洋楽派。おいちゃんはあまり詳しくないけれども、 前に一度何かの機会に聴いたことがあったものを思い出す。

「ブリトニーさんの歌詞って喧嘩しても服を脱げば仲直りできるとか、現実的なのが論理的なの? どうでもいいじゃん、とかそんな歌詞ばかりじゃない? なんか挑戦されているような気がする」

「誰に? 薫ちゃんがブリトニーに挑戦されてるの?」

「なんというか、ものごとの重要な順番全部なぎ倒すみたいな勢いがあって私だけでなく社会を挑発しているような気がする。お前ら全部ぶっ壊してやるーのような」

「薫ちゃんってたまに中二病っぽくなるよね」

「慢性的にこじらせたからね」

 薫は目の前で腕を組む。関係ないけれども組んだ腕の上に乗っかるほどの胸というのはでかすぎると思う。魅力的なのかわいせつなのかわからない光景を目前で見せつけられながら、おいちゃんは目を少しそらした。

「おいちゃんは中身のある歌詞のほうが好きなんだね」

「語と何か喧嘩したの?」

「ねえ、なんで語くんと喧嘩したことになるの?」

「姉弟喧嘩したときってだいたいおいちゃんのところに来るか、千木のところに愚痴言いに行くじゃない」

「文芸部のメンバーでつるんでるのそれだけしかいないじゃない。仕方ないじゃない」

「やっぱり喧嘩したんじゃない。何が喧嘩の原因なの?」

「現実的であるべきか、そんなの蹴散らしてフィーリングで生きるか」

 ああ……。おいちゃんはなんとなく、先が読めた。フィーリングで生きるは間違いなく薫だ。そして現実的になれって言うのが語の立場だ。

「それで、決定打は何?」

「現実的であれって言うなら二次元に恋するなーって次の日エロゲを全部中古屋に売り飛ばした」

「なんてひどいことを!」

「ねえ、おいちゃん。どこがひどいの?」

「だって語の嫁が一晩で消えちゃったんだよ? セーブデータが残っていてもディスクがなかったらロードできないんだよ?」

「だから? 語くんだっていつまでもエロゲが友達じゃあ不健全でしょ」

「エロゲは友達ではなく恋人です」

 おいちゃんたちにとっては重要なところをさりげなく修正する。薫はため息をついて

「それで、拗ねた語くんが口利いてくれないってわけ」

「ふうん」

 それとブリトニーが何か関係あるんだろうか。

「で、久しぶりにブリトニーをかけたのよ。そしたら『現実的に生きることが論理的なの? 関係ないじゃない、誰が気にするの』って歌詞が流れるじゃない? ほらほらほらほらほらほら! って思いたいのに、なぜかそう思えないでさ、やっぱり多少はフィーリングでなく現実を生きたほうがいいんじゃあって思うわけよ。私のゲシュタルトが崩壊したの」

「そんなもの崩壊していません。多少アンビバレンツを抱えたくらいでいちいちゲシュタルト崩壊しないでちょうだい」

 生来天邪鬼気質な薫がブリトニーの歌詞に反感を覚えたのはわかった。とはいえ、おいちゃんに八つ当たりされたらたまったものではない。

「語と仲直りしなさい」

「どうやって? エロゲならば全部売っちゃったよ」

「なんかきっかけ作ればいいじゃない。たとえば語を心配させて、仲直りするとか」

「えー。あいつ私の心配とかする?」

「たとえば薫ちゃんが帰ってこなかったらやりすぎたかな? ってあっちも思うかもしれないよ」

「千木くん家泊まってくる」

「それは心配しないでしょ。よりによって人畜無害の家に泊まったところで」

 あいつだったら隣で寝てたって手出ししないに決まっている。

「じゃあ、おいちゃんの家に泊まれば語くんが心配するの?」

「待て。どうしてそこでおいちゃんの家に泊まろうとするんだ」

「千木くんの家じゃなかったら、あと大学の知り合いって言ったらおいちゃんが一番身近じゃない」

「女の子の家に泊まりなさい」

「女の子、知り合いいない」

 普段から姉弟二人組で行動しているから友達つくる暇がなかったんだろ、ブラコン女。おいちゃんは内心舌打ちしながら、薫に「座りなさい」と言った。

「いいですか、おいちゃんにはいくら嫁がいるとはいえ、独身の男性です。生身の男です。一人暮らしの男! この意味わかる?」

「おいちゃん、寂しいね!」

「『寂しいね!』じゃあない。つまりね、いくら大学で親しい友達だからって、泊まって無事とは限らないわけ。わかる?」

「千木くんもいっしょに泊まってもらえば大丈夫じゃない?」

「そこで男の人数増やす意味がわからない。薫ちゃんわかってる? 男が増えるイコール、君の危険指数上がるんだよ?」

「で、実際出すの? 手を」

「出さないけれども」

「だったらいいじゃない」

「そこ、すぐに信じない!」

 この危機管理のない姉には現実的でしっかり者の語をつけておかなければ危険だ。いつ犬童みたいな男に騙されて金なり体なりもっていかれるかわからない。

「薫ちゃん……」

「はい!」

 返事だけは立派だった。

「おいちゃんと千木と恋人の家以外に泊まっちゃだめだからね?」

「それ、手を出さない人たち?」

「いや、恋人は公認で手を出していい人」

「いないよ、そんな人」

「やたらきっぱりひとりぼっち宣言した!」

 まあいいや。おいちゃん最近野菜不足しているから、たまには語のメイドさんを貸してもらうことにしよう。手を出すかって? そんなの、二次元に永遠を誓ったおいちゃんに限ってありません。


「イギリスイタリアフランス料理~中華トルコインド日本~」

 わけのわからん歌を歌いながら薫はおいちゃん家の冷蔵庫を開けた。中にある材料を確認しながら、一言。

「これぽっちじゃ足りないよ」

「薫ちゃん、どれだけ食べるつもりなの?」

「一汁三菜は食べなきゃ」

「そんなに食べるの?」

 びっくりしていると、薫は食材を買うためにピンクの財布を片手に靴を履き始めた。自分でも太ってるのを気にしている薫は全身的に肉厚なむちむちした後ろ姿だ。語は痩せているのに不思議なものだ。DNA、どうしてこうなった。

「あ、プリンも買わなきゃ」

 そう言ってから薫が外に飛び出していく。薫、プリンであそこまでむちむちになったのか。

 おいちゃんは薫がいなくなった自室で携帯のボタンを押す。かけた相手は千木だった。


「ただいまー。あれ?」

 帰ってきたときに、千木がおいちゃんの隣にいるのを見て薫は目をぱちくりとさせる。

「ふたり分の食材しか買ってこなかったけど?」

「いや、十分あるでしょ。それ」

 ビニール袋二つ分買い込んでいるのを見て、おいちゃんは突っ込んだ。

「千木くんも遊びにきたんだ?」

「生き証人を……」

「生き証人?」

「薫ちゃんに手を出してないって誰か証明する相手がいないと、弟くんが何言い出すかわからないでしょ?」

 薫は手をぱたぱたと振って「あいつそんなシスコンじゃあないってば」と笑った。

「薫ちゃん、おいちゃんはね、語くんと二次元に対して立てた誓いを二度破ったら、指を詰める話になっているから」

「ええー!?」

 千木の説明により、薫の顔色が変わる。まあ本気で指詰めたりはしないと思うけれども。

「そんなわけで、一線を超えていない証人として千木を召喚したわけです」

「なるほど。千木くんとおいちゃんのエロゲに生唾飲むところを今日はおがめるわけですね。不潔よ!」

 ええ。不衛生極まりないです。おいちゃんはそういうキャラよ。

 薫は台所のまな板を出して、すごい勢いで野菜を刻み始めた。

「薫ちゃーん、何か手伝おうか?」

 千木が隣からそう言うが、薫の返事はない。

「料理作るときはだいたいそっちに集中しちゃって黙っちゃうほうだよ、あいつ」

 おいちゃんはたまに料理を作りに来てもらってるからわかる。千木は自分で栄養管理ができるから薫メイドを呼び出すことはないみたいだった。

「それにしても、あれ全部食べさせる気じゃあないだろうね?」

 皿に山盛り刻まれた野菜が積まれていくのを見ながら、おいちゃんは心配になって千木に聞いた。

「薫ちゃんだったら食べるんじゃない? 有栖川くんは食べられない?」

「ちょっと無理な量かな……」

 痩せてて少食で有名なおいちゃんにあの量はちょっと無理。

 フライパンをふるいながら一品二品と次々料理を作っていく薫を見ながら、もし一日目で語と仲直りしたのだとしたら、おいちゃんはあの食べ物を全部ひとりで処理することになるのかと考えた。胃袋がすでに悲鳴をあげている。


 部屋では千木が漫画を読んでおり、おいちゃんはスカイプをオンラインにしてから小説を書いていた。

 しばらくして、スカイプに語の名前が上がってくるのを見る。語はしばらく話しかけてこなかった。おいちゃんはその間、語の表示をちらちらと見ながら小説を書いていた。

――薫そっち行ってる?

 第一声、それで話しかけられた。挨拶抜きか、シスコン弟よ。

――いや、来てないよ。

 おいちゃんは文字でそう返した。後ろをちらりと見ると、薫が酢豚とチンジャオロースと卵スープを運んでいる。

――ちょっとボイチャいい?

――どうぞ

 おいちゃんは二人にしーっと静かにするように言って、ヘッドホンをつけた。

――よーっす。

――こんばんはー

――うちの姉が帰ってこないんだけど。

――今日はこっち来てないよ。

――もう夜だってのにどこ歩いてるんだ、あいつ。

 心配しろ、心配しろ。念じながら「何かあったのー?」と何も知らないふりをして聞いてみると

――大したことがあったよ。エロゲ全部捨てられた。

――……っ。それは指名手配せねば。

 今の絶句、うまくいったかな? 語は少し沈黙して「やりすぎたかなと思ってるところはお互いあると思うんだけどな」と言った。おいちゃんは「そうかもねー」と相槌を打つ。

「おいちゃん、ごはんできたよー」

 なのに。薫がごはんができたとこのタイミングで掛け声をかけてきた。

――薫ちゃんがどうしてそっちいるの? いないって言ったじゃん。

――いや、実はだ……

 どう言い訳しようか口ごもっていると、いやバレたって別に構わないわけなんだけれども慌ててしまって開き直るタイミングを逸したのだ。

「薫ちゃん、語くんに内緒なんでしょ? しゃべっちゃだめだよ」

 これは千木の声。語のいやーなため息が聞こえる。

――密会して何しようとしていたわけ?

――いやーその……

 おいちゃんが間延びした口調でいると、後ろのほうで千木と薫が夕飯を注ぎはじめている。ちくしょう、おいちゃんだって食べたいのに。

「薫ちゃん、もう限界です」

「ええー。まだいけるでしょ」

――ちょっと待て。そこで千木は何をやってるわけ?

 おいちゃんにしかこの声は聞こえていないわけで。そして語は今の山盛りのごはんよそった薫への苦情を卑猥なものに勘違いしたらしい。

――そういうことです。じゃ、おいちゃんも失礼していただきまーす。

――あ、こら待て!

 いただきます、は間違いではない。すかさずミュートに切り替えておいちゃんは夕飯に向かった。胸焼けがするほどの中華を食べたのは久しぶりだった。


 さて、おいちゃんの部屋はお世辞にもそんなに広くはない。そこに薫という女性がくるとなると、当然男は床で雑魚寝ということになる。

「悪いねー、ベッドまで貸してもらっちゃって」

 スプリングをきしませて薫はにっこり笑うとぱたんと寝てしまった。この寝付きの良さはのび太並だと思う。

「薫ちゃん、寝ちゃったね」

「無防備なもんだよねえ」

 部屋の照明を落としながら、千木とこたつを挟んで寝転がる。ちなみに薫サイドは千木。間違いに間違いはないように、間違いがあったとしても千木と間違いがあるようにそれは万全だ。

「じゃ、おやすみ」

 そう言って、おいちゃんたちはいつもどおり、何事もなく就寝したのであった。


 翌日、おいちゃんはうらやましい光景を見ることになる。

 寝相の悪い薫がベッドから転がり落ちたらしく、挙句千木を枕の代わりに抱きしめて胸にホールドしているという図だった。

 千木の奴は苦しいはずなのに動きもしない。そうか、紳士になることより正直であることを選んだかと千木の素直さを賞賛して、カーテンを開ける。薫と千木はまだ寝たままだった。

 窓の外を見ると自転車を漕ぐ語の姿。ここらへんは灯りがないから、来るのは夜明けだと思っていたけれども朝一番に来たな。おいちゃんは口の端をもちあげる。

「はいはい、お姉さんは無事ですよ」

 独り言を言いながら玄関の鍵を開けると、にやついてるおいちゃんの顔に自分がはめられたことを知った語が「くそっ、おいちゃんにそんな度胸あるはずもなかった」と呟いた。

「おいちゃんには二次元の嫁がいるけれども、千木が二次元から浮気している」

 そう言って部屋の中を指差す。語は部屋の中を覗き込んで、その様子に「うちの姉にあれやられたら窒息するでしょ」と呆れ顔で言った。

「おっぱいに埋れて死ぬんだったら本望じゃない?」

「え。巨乳派なの? おいちゃん」

「貧乳も好き」

「つまり乳ならばなんでもいいと。見境のない」

 そう言いながら語は靴を脱いで部屋にあがる。

「薫、いい加減お互い悪かったって認めるから帰るぞ」

「へぶらっ」

 へぶらって寝言初めて聞いた。おいちゃんは笑いを噛み殺す。

「こら、千木。いつまで薫と抱き合ってるんだよ」

 千木の反応はない。あっちももしかしたら疲れていたのかな?

 語は千木と薫を引き剥がして、薫をおんぶすると「じゃ、お世話になりました」と言って帰っていった。

 自転車できたのにどうやって連れて行くつもりだ? と思ったら、薫は寝ぼけたまま語の背中にしがみついてちゃんと徐行運転ながら走っている。

「お幸せに、シスコンブラコン姉弟よ」

 手をひらりと振って、あと一時間もしたら千木を起こしてやるかと思い、おいちゃんはゴミを出したり歯を磨いたりした。

 服を着替えて、トーストが二枚焼けたところで千木を起こしにかかる。

「千木ー、起きろー。そろそろ食パン食べないと講義遅刻だぞ?」

 千木を足でひっくり返してそう言った。千木は白目を剥いてヨダレを垂らしている。ん? なんか様子がおかしいな。

「千木? 生きてる?」

 返事はない。嫌な予感がして、おいちゃんは鼻と口に手をあてる。呼吸……してない。

「救急車!」


 さて。問題です。おっぱいによる死因は圧死と窒息死のどちらだったでしょう?

 結局千木を近くの総合病院まで搬送したも、もう時すでに遅しだった。

「千木達也を枕で殺したんですか?」

「いや、薫ちゃんのおっぱいによって窒息死したんです」

 事情聴取で何度枕とおっぱいを交互に言ったかわからない。まさかおっぱいで死ぬはずがないだろうという話と、当のおっぱいの持ち主が不在だったため、おいちゃんはなかなか返してもらえなかった。

 授業が終わる頃の時間、やっと連絡のとれた今村姉弟がやってきて、薫が大声で「私がこのおっぱいで千木くんを殺しました! ごめんなさい」と言ったのであっけなくおいちゃんの容疑は晴れたけれども、あのときの警察の凶器への目の釘付け具合といったら。

 千木には悪いけれども、シュールなシーンだったと思う。


 今村姉弟は大学を中退して引っ越してしまった。語は何もしていないんだから残れば? と言ったのだけれども、この街には住めないと言って、実家に一度戻るようなことを言っていた。

「文芸部での死者、二人目だね」

 誰かがそう言う声が聞こえた。千木が死に、今村姉弟が引越し、おいちゃんの周りで今までつるんでいた人間はあっという間にいなくなってしまった。

「友情っておっぱいで木っ端微塵になるんだね」

 そんな不謹慎なことを言ったのは千木の一番親しい友達だった桐島十綾きりしまとおやだ。

「千木ってさ、モブみたいな奴だったけれどもモブな殺し方しなくていいんじゃない?」

「桐島ってどうしてそういう風に死を悼むことができないわけ?」

 とはいえ、こんな状態のおいちゃんに話しかけてくれたのは桐島だけだった。

「死んだら二次元に行けるかなってのあいつの口癖だったね。どうだったのか聞くことはできなくなったけれども」

「桐島はどう思う? おいちゃんは千木は二次元で幸せに過ごしていると信じている」

「俺は人間って立体的な存在だから四次元に行けても二次元になることはないと思っている」

 何かにつけて嫌な言い方しかしないな。千木はどうしてこいつと友達だったんだろう。

「おいちゃんは千木やみんながいなくなってから寂しいよ。桐島は?」

 桐島は紙パックのヨーグルトを飲みながら「寂しい」とぽつりと呟いた。

「いや……物哀しいかな」

「なるほど」

 ぽつり、呟いたあとに少し短い沈黙。先に口を開いたのは桐島だった。

「有栖川は犬童に近づいてから祟り目続きだな。お祓いしてもらったら?」

「これ、犬童に近づいたからなわけ?」

「犬童に近づいた奴はなぜか祟られるっていうのも迷信じゃあないのかもね」

「死神かー。どちらかってとおいちゃんのが死神くさくなってるけれども」

「やだ、近づかないでくれる?」

 桐島はしっし、とおいちゃんを手で払った。失敬な。蝿じゃあないんだぞ。

「いつまで続くんだろうな。次はないと思いたいけれども」

「桐島は死なないよ、悪霊じみてるから」

「俺みたいな悪霊が生き残って、犬童みたいな死神も生き残って、そして有栖川が死ねば世界は平和だな」

「どういう意味で?」

「もう泣く奴が誰もいなくなる。俺は泣かないし、有栖川がいなくなったら、この大学で千木や川上のことを思い出す奴は誰もいなくなるだろうな」

 そう言って、桐島はヨーグルトのパックを潰すとゴミ箱に捨てて去っていった。

 おいちゃんは桐島の後ろ姿を見た。少し卑怯な気がした。泣くことをおいちゃんだけに押し付けて。お前だって泣かないにしろ、寂しくなったと思っているに違いないのに。

 おいちゃんがいなくなったら誰も、千木のことも蓉子のことも、今村姉弟のことも忘れちゃうのかな。あと二年で卒業しちゃうけれども、それは少し寂しい気がした。


(了)


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