素晴らしき達成感
教習車に乗りこむ。
ナンバープレートの斜め右上には、
『検定中』
のプレート。
シートベルトを締め、ミラーを調整する。
そのひとつひとつの動作を、慎重且つ丁寧に行なっていった。
「はい、エンジンをかけて車を出してください」
塩田検定官が口を開く。
「はい」
キュルキュルッ
教習車をスタート地点から出し、教習所内のコースに入った瞬間、
ガタッ!
っと、エンストをしてしまった。
慌ててエンジンをかける。
塩田検定官が検定簿に何やら記入し始めながら、
「はい、では、そのまま公道に出てください」
と言った。
私の喉はカラカラに乾き、いきなりエンストをしてしまったせいか緊張感はマックスに達した。
公道に出る前に、一時停止して安全確認。
クラッチを繋いでアクセルを徐々に踏み込む。
ガタッ!
またエンスト。
慌ててエンジンをかける。
クラッチを繋ぐ。
ガタッ!
泣きたくなってきた…
公道に出る前に、3回もエンストをしてしまった。
塩田検定官のペンを走らせる音だけが車内に響く。
「慌てないで落ち着いてやりなさい」
「はい…」
やっとの思いで、教習車を公道に出すことに成功し、県道に入って白河市の中心部へと向った。
しばらく走ると、私の緊張感もだいぶほぐれ普段通りに運転することが出来た。
ショッピングモールを抜け、畑の真ん中の道を走り、右折の合図を出し交差点に差し掛かった。前の信号が、赤から青に変わる。道路の向こう側には横断歩道を渡ろうとしている1人のお婆ちゃんの姿。
カッチャカッチャ
ウインカーを出したまま、お婆ちゃんが横断するのを待つ。
歩行者の保護は、プロのドライバーとして当然の役割であり最大の責務である。
カッチャカッチャ
お婆ちゃんが歩き始める。
カッチャカッチャ
お婆ちゃんが、横断歩道を3分の1ほど渡った時、ふいに後ろを振り返ってそのまま立ち止まってしまった。
カッチャカッチャ
いつまでたっても、お婆ちゃんは立ち止まったまま後ろの畑を見ている。
(いったい、何を見ているんだ?)
汗が出てきた。
カッチャカッチャ
ウインカーの音だけが鼓膜に響く。
当然、塩田検定官は言葉を発しない。
私は、辛抱強くお婆ちゃんが横断歩道を渡り終えるのを待ち続けた。
バックミラーを見ると数台の車が列をなしている。田舎道なので車線はひとつしかない。私が右折しない限り、後ろの車も永遠と前に進めない。
次第に焦りが出始めた。
(お婆ちゃんっ頼むから早く渡ってくれっ!)
心の中で、2種免許取得を目指しているプロのドライバーらしからぬもうひとりの自分が毒づきはじめる。
そのまま、お婆ちゃんは横断歩道を渡らずに引き返したところで、信号は再び赤に変わってしまった。
またお婆ちゃんが戻って来ないことを祈り、信号が青に変わるのを待ったが、その僅かな時間が、何時間もの長い時間に感じた。
交差点を無事に右折し、県道を北に教習所へとひた走る。
「はい、お疲れ様でした。えーっ、あの交差点では、あのまま待って歩行者の動向を見守るのが正解です」
「はいっ、ありがとうございました」
教習車を降りた瞬間、どっと疲れが出た。
待合室に戻った。直ぐにも合格者が電光掲示板に表示される。
「では、先ほど行なった卒業検定の合格者を表示します」
アナウンスと共に、辺りがざわつき始める。
ピカッ!
『1』
ピカッ!
『2』
順に合格者の番号が電光掲示板に表示されてゆく。
ピカッ!
『3』
私の受験番号は『4』である。
(次だっ!ペカるか!)
ペカッ!
『4』
「よっしゃ!ペカった!」
思わず声が出た。
合格した…
2種免許の卒業検定に合格した…
長いようで短く感じた1週間の合宿免許教習所生活が終わった…
もう、生涯、自動車教習所に通うことはないだろう。振り返ると、この1週間は、本当に凝縮された毎日であった。南湖自動車学校で様々なことを学ぶことが出来た。
この素晴らしき経験は、今田信義にとって人生の大きな財産である。
卒業の手続きを終えた。
手続きに当たってくれた辺見事務員さんに私の身分を打ち明け、是非この素晴らしい経験と、南湖自動車学校のありのままを小説にしたい旨申し出た。
いきなりの申し出で、辺見事務員さんも大変驚いていた様子だったが、
「はい、よく分かりました。社長の方にお話して、後日連絡しますねっ」
と、美しい笑顔で返答してくれた。
私の気持ちは晴れ渡っていた。
『何かに向かって頑張ってみる』
これは簡単なようで、案外難しいものと皆さんは考えていないだろうか。
確かに、教習所へ通うにはお金がかかる。学校へ通うにもお金がかかる。しかし、お金がかかる事をすることたけが、
『何かに向かって』
の、
『何か』
ではないと思う。
その、
『何かに向かって頑張ってみる』
も、
また人それぞれ違うだろう。
私は、何でも良いと思う。
他人に何を言われようが関係ない。
自分で見つけた最高の『目標』
その目標に向かってひた走る。
達成した時の『達成感』は、自信へと繋がり人生の財産となることは間違いない。
達成したらまた次の目標へ。
その繰り返しが、人間に磨きをかけるのでは。
私のような刺青の入った前科者を暖かく迎え入れてくれた、南湖自動車学校の社長をはじめとする諸スタッフの皆様に、この場をお借りして厚く御礼申しあげます。
私は南湖自動車学校において、学科教習、技能教習の他、人間対人間の繋がりというものを、今までとは違う視点で深く学べたような気がします。この経験は後の人生において大きな意味合いを持つでしょう。
また、この執筆を許諾して下さいました南湖自動車学校の社長、取り次いでいただいた辺見事務員に対しては、多大なる感謝の念を持っています。
ありがとうございました。
今田信義




