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自動車教習所で学ぶこと

南湖自動車学校で卒業検定に合格し、それぞれの地元に帰ってゆく教習生の姿を見ると、何故か、学び舎(中学や高校等)に別れを告げる卒業生のように思えてならなかった。

在校期間は僅かなものである。しかし、若者達にとっては、現代社会の生活において必要不可欠な自動車免許を取得するということは、ある意味、社会人第一歩を踏み出すことでもある。


免許証を取得する為には、数十時間の学科教習と技能教習を受けなければならない。時間とお金がかかるうえ、諸検定に合格しなければ次のステップへ上がることは出来ないし教習所を卒業できないのである。

更に最終の免許センターにおける学科試験に合格しなければ、運転免許証は交付されない。それまでに至る努力は、大袈裟かもしれないが、高校入試や大学入試にかける努力に匹敵するのではないか。


私にはそう思えてならない。


運転免許証を取得することにより、憧れの車を運転することが出来る。しかし、同時に


『危険』


というものが常に伴うことになる。


危険が伴うということは、安全を意識して運転することになる。


つまり、自動車教習所に通い免許証を取得することによって、


『人命の尊さ』


が、今まで以上に深く意識できる人間になるのである。

その、人命の尊さと安全運転技術を同時に最初に学ぶ場所が、


『自動車教習所』


である。


看護学生や医学生でない、医学とは何ら関係のない若者達が、唯一、人命の重さを学べる場所が自動車教習所ではないか。

これは、


1+1=2


のような単純なことではない。


単純なことのように思う者は、いつか重大な事故を起こす。


そして、事故を起こした後に思うのである。


(教習所で学んだことを、もっと意識すべきだった…)


と。












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