法の矛盾
教習所の門を出ると1本の直線の公道に出る。交通量は少ない。
校門を出て右折すると、直ぐに近藤教官が、
「そのバス停の前で止まってください」
と指示を出してきた。
「はい」
私は返事をし、すぐさま言われた通り教習車をバス停の前に止めると、
「そこですっ。そこなんです今田さんっ。ひっかかって、バス停の前に車を止めてはいけまっせんっ」
と、イケメンが意味ありげにニヤリとした。
「えっ」
私は、何がなんだか分からずにいると、イケメンが続けた。
「バス停は、駐停車禁止場所に指定されています」
「検定では必ずバス停の前に止まるよう指示されます」
私は、
「なるほど…」
と頷いた。
「今田さん、今後の技能教習でも度々、バス停の前に止まるよう指示されます。その時はバス停から前後10メートル以上離れて止まるようにすれば大丈夫です」
「はいっ」
私が返事を返すと、
「あと、検定では…」
「はい」
「バス停の前に止まるよう言われたら、『バス停は、駐停車禁止場所に指定されていますので、少し離れて止まります』と、検定官に声をかけます」
「なるほど…」
と、私が二種免許の路上教習の厳しさを納得していると近藤教官はしみじみと語り始めた。
「しかし、実際にタクシーに乗っていて、バス停の前に止まって客を降ろしているタクシーも結構いますよ。バス停の前に家があって、そこから離れた場所に止まれば客から文句言われますもんね…」
確かに、信号は別として道路交通法を遵守しながら運転しているドライバーは数少ないと思った。日本は世界有数の法治国家である。法律や条例が厳格に定められており、私達はその法に守られ日々安心して生活を送ることが出来る。しかし、その法を掻い潜る者もいるように、道路交通法を軽視したドライバーが多い事が今日の日本の交通事故率の高さからも裏付けることが出来る。だからと言って、法定速度を守って運転していては、後ろを走る車に迷惑をかけることもある。交通には流れがある。時には、その流れに合わせて運転することも大切ではないか。そこにはある程度の許容範囲があり、最高速度が40キロのところ、50キロのスピードを出していてもスピード違反で捕まることなどあまり聞いたことがないし、それくらいで取り締まられていたら、日本に車の免許を持った者がいなくなる。
反面、刑法においては、例えアンパン1個盗もうが、高級腕時計を盗もうが、同じ窃盗罪により確実に処罰される。そこには、アンパン1個だから許されるというものはない。道路交通法と刑法を比較する自体がおかしいが、共に同じ法であることは確かである。
『道路交通法に許容範囲があって、刑法には許容範囲がない』
今田信義の『ぶった斬り』ではないが、私はいささか矛盾を感じている。
そんな矛盾を考えながら白河市の路上を走っていた。




