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第3章 流浪の果て(7)

 暫くの沈黙の後、シンが呟くような言葉を口にした。


「……クリューガーは死んだようです」


 シンの言葉が、ジークにとっては大方予想通りとも言えるものだったらしい。


「ああ、何となくは感じてはいたが……やはりな。俺達にとって、状況はいよいよ最悪な展開だ。……その上特にリオンはお前を特別視している。一思いに楽に殺してなんかくれんぞ、まあ、もっともそのことはお前自身が誰より一番よく理解しているだろうがな」


「……それは困りますね」


 シンはまるで他人事のようにそう言った。


「お前のあの『花嫁の護り石』は、マリー・オーウェン嬢の為のものだったのか? 」


 ジークの唐突な問い掛けに、シンの身体が僅かに反応する。


「何を……」


「認めるんだな。よく分かった、もういい。自分を偽るのはやめろ、今更何になる。こんなところで」


 ジークの言葉に、ややあってから、シンが暗闇の中で問い掛けた。


「大尉、何時からそのことに? 」


「理由はふたつだ。リオンの奴が吹聴していたことを聞いた。お前は昔からあのお姫様を知っていたそうだな。それにあの姫君が来てから、常に無表情なはずのおまえが露骨におかしいのだから気が付かないわけがないだろう? 」


 そこまで言って、堪えられなくなったようにジークが笑った。


 ジークの言葉に、シンが明らかにそれと分かるほど狼狽した。


「大尉……何を」


「なんだ、お前、自分ではまるで気が付いていなかったのか? 」


「……」


「前とは全然違っていたぞ。何というか人間らしくなったというか」


 ジークの言葉にシンは何も言えぬまま、沈黙した。


「歩く最強の殺人兵器のお前でも動揺することがあるのか……何時もと逆だな」


「……」


 言葉を返せなくなったシンに構うことなく、ジークの言葉は更に続いた。


「まぁ、苦悩するお前も面白かったがな、それなりには」


「……大尉、その言葉は悪趣味な上に悪意がありすぎです。お願いですからやめてくれませんか」


 シンは半ば嘆くようにそう言った。


「で、軍部が誇る死神のお前は何をして捕まったんだ? どうせ下らん冤罪の類いだろうが聞かせろ」


 シンは顔を上げると口を開いた。


「……軍部の残っていた上層部をあらかた射殺しました。多分もう上の人間は誰も残っていません。俺達の知っている東は終わりです」


 瞬間的に、ジークが息を呑むのがシンには分かった。


「はぁ?……冗談だろ? 」


「こんなところで自分を偽るのをやめろと言ったのはあなたですよ」


「……」


「俺は自分へ掛けられていた疑いを晴らすため、マリーを撃てと上から命じられた。だが、それが出来なかったんです」


 ジークはシンの言葉に、暫くあっけにとられ言葉を失っていたが、思い直したように口を開いた。


「……『護り石の姫君』はどうなったんだ? 」


「西へ戻されました。今度こそ本当にもう会うことは無いでしょう。あの流星群の夜、あなたに話したように本来は二度と会うべきではなかったのかもしれません。俺は今そう思っています」


 そう淡々と語るシンの言葉を聞きながら、ジークは沈黙した。


 シンは顔を上げ、ジークに問い掛けた。


「大尉、何時ものように俺を責めないんですか? 何故黙っているんですか? それとも誰彼構わず殺す、この俺が他の奴等のように、あなたも恐ろしくなったんですか……? 」


 そこまで言い掛けたシンの後頭部を、ジークの拳が殴りつけた。


「ふざけんな! お前が相変わらず俺の言うことをきいていないことだけはよく分かった! 」


「大尉……」


 ジークは火の付いた煙草を乱暴な仕草で放り、驚いた表情を浮かべたシンの襟元を掴むと、低い声で凄むように言った。


「自分の好きな女が目の前で死んで、救えなかった俺がお前を責めるとでも思うか? 」


「……」


「俺は西側の兵士を片っ端から大量に殺してきたが、それは本当にしたかったこととはかけ離れていた。時が経てば経つほどそう思わされた。……俺は今までいったい何をやってきたんだ? 復讐だのなんだのと大義名分を振りかざして……結局は自分の中にあった怒りと後悔の矛先を体よく国に利用され続けてきただけだった……」


 ジークはシンの襟元を掴んでいた手を緩めると、苦い表情で吐き出すように言葉を続けた。


「なぁ、シン、俺達にとって何が正しくて何が間違っているかがそんなに重要か? ……あの時の俺は何も出来なかった。だが、俺が今のお前だったのなら、今度こそは二度と同じことを繰り返させはしない。……どんな極端な手を使っても、躊躇いなく今のお前と同じようにするだろう。お前の問い掛けに対する俺の答えはこれで全てだ。今度こそよく覚えておけ」


「大尉……」


 言葉に窮したままのシンの目の前で、ジークはその場に乱暴に足を投げ出すと横たわった。


「……それよりこれからどうするかを、お前何か考えろ。俺はこんな薄汚いところで犬死にはご免だ。冗談じゃない」


「また無茶なことを言いますね。こんな状況下で一体俺にどうしろと言うんですか……? 」


 シンは自分に告げられた言葉に対して、困惑混じりに再び周囲を見回しながらそう言った。


「考えるのはお前に任せた。……というわけで俺は寝る。後はお前が考えろ」


 そう言って元上官は無責任な言葉を残したまま、寝返りをうつとシンに背中を向けた。


「大尉……そういうところは相変わらずなんですね」


 シンは緩い息を吐き出しつつ、一言そう言った。

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