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第2章 護り石の再会(20)

「非常に残念なことです」


 その日、自ら呼び出したマリーを前に、元帥ヴィルヘルム・クリューガーは端的にそう告げた。


「あなたの父上は本当に愚かしい。この後に及んでも、相変わらず強硬な姿勢を崩そうともせず、実子であるあなたのことを、守ろうとする意志が何処にも感じられぬ。それがどういう結果を招くことになるのか、分かり過ぎる程に分かっているはすだが……」


 マリーは目の前の男が語る言葉を、身じろぎもせずじっと聞いていた。


「父はそうするはず……わたしがここに来た、あの日言った通りになった、ただそれだけのこと……。父はわたし一人と、西側の大勢の人々とを同じ天秤にかけたりは決してしないのだから」


「自分自身の命を削るやもしれぬと言うのに、あくまでその姿勢を貫き通そうと言う訳か……。それもある意味仕方が無いことと言えるのかもしれない。何の苦も知らずに育った、あなたが生きてきた時間とはかけ離れたものを、私は物心つく前から与えられ続けてきた。……私という存在を生み出すことになった場所は、筆舌に尽くしがたい程に貧しい場所……生まれた子供は無事成長する確率の方が、生き延びる確率より遥かに低い。多くは成長出来ないままに、飢え、疫病……たった一握りの薬が買えないが為に死んでゆく」


「……」


「その中で私は奇跡的に生き抜いた。国家が私に教えたのは、憎しみと何かを奪い取らなければ生きられぬのだという、そのふたつの感情のみ……耳触りの良い理想論だけでは人は生きられないのです」


「……それでもわたしは、あなたという存在を認めることなど出来ないわ」


 マリーは語調を強めながら、更に言葉を続けた。


「十二年前のあの日から、数え切れない程の人達が味わってきた辛酸が、あなたの言うものと等価だとはわたしには思えない。自分が傷を負ったからと言って、同じ目に誰かを遭わせていいはずがないのだから」


「確かにあなたの言うことは正論かもしれないが、庇護された側の人間が言うと、その言葉は何と陳腐なものに聞こえることか……。私は自身の働いた非礼ゆえあなたに対しては出来る限り、この地での生活は出来る限り快適なものであるようにと取り計らいましたが……だが、それも当然限界がある。あなた自身に対する恨み言ではないが、あなたの父上からこのままの状況が続けられるというのであれば……」


「……覚悟しています」


 マリーが伏し目がちに、そう言った。


 結果はもうはっきりしてしまった。


 交渉すら拒み、父親は自分を助けなかったのだから。


 けれど、改めてそれを突きつけられると、マリーの心は僅かに痛んだ。


 こんなことで、また傷付いたように感じてしまう自分を弱い人間だとマリーは自分自身に対して痛感した。


 それから、僅かに顔を上げ、マリーはヴィルヘルムの喉元辺りを見つめた。


 目の前にいるのは、あの青年の命を救いながら、同時に死地へ行かせた人物だった。


 それが分かるだけに、言葉では全て拒絶した振りをしても、言いようのない複雑な感情が込み上げてくるのを、マリーは抑えることが出来なかった。


 その時、部屋の扉を数回叩く音が室内に響き渡った。


「何だ。暫くはここに誰も近付けるなと言っておいたはずだが」


 ヴィルヘルムが怪訝な表情でそう問うた。


「元帥閣下に至急お聞きいただきたい、ご報告が……! 」


 扉の外の人物の声色には、何か尋常ならざる焦りの響きが込められていた。


 ヴィルヘルムは一瞬目の前のマリーを見やったが、その直後、思い直したように無言のまま一人で足早に部屋から出て行った。

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