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第2章 護り石の再会(19)

「お前はもう充分ここで生きたのだから……」


 ジークがシンの肩を掴み、絞り出すような声で言った。


「……大尉、俺は軍の中にあって、当初は何もかも全てに対して気が狂いそうでした。その感覚が次第に鈍り、気が付いた時にはひどく無感情になっていた、元には戻れないと感じる程に。俺のような歪んでしまった者には行き場は無く、ただ忌まわしいとされるしかない」


「……」


「いずれ来る、再び十数年ぶり国が変わる日を、俺は見届けられなくていい。国が割れたあの日に全てを失ってしまったが、それを恨みたくはないのです。それに今ならばよく分かる……本来国防の(かなめ)である筈の軍にまで、政府筋の者達と同様に、利権との深い癒着が在ったことに、生粋の軍人であったクリューガーがどれほどの失望を覚えたかを。不公平の温床のような軍閥の存在はあの人には耐え難いことだったのでしょう。先に進むための選択肢が他に無かったのは、やり方は違えど俺と同じだったのかもしれません」


 シンの口から語られた言葉は、ゆっくりと噛みしめるように吐き出された。


「……俺は、もう階級ではお前を呼びたくはない。誰が何と言おうと、お前自身が否定しようとも、俺はお前がここから去ることを望む。それは変わらない。その『護り』がお前を護る事を願う」


 それきり口を閉ざしたまま、ジークはシンに背を向け、その狭い部屋から去っていった。


「すみません、大尉。……俺はあなたの命令通りには、とても生きられそうにない。許して下さい」


 ただ一人残されたシンは、自らに与えられた硬い寝台に再び腰を下ろし、両手で顔を覆った。


 心の中に迷いが生まれる度に、草原の大地が暖かい風を運んでいた、あの頃の記憶が蘇る。


 もう遠すぎる過去の残像。


 忘却の淵にある筈のものが、自分を何処へ向かうべきか更に分からなくさせた。


 愚かしいことだと、シンは強く思った。


 今更そんな感情を抱いたところで何になるというのか。


 自分に残されている道は、更に狭められているというのに。


 最後の日には、この身体ごと全てが消え去るようにと、シンはただそれだけを願った。






 ―月を見上げて祈る。


 その祈りはただ一人の為に。


 天空に向かい、瞼を閉じたまま祈りを捧げる娘の透けるような金の髪と同じ輝きを放ちながら、月は空にあった。


 思わず息を呑みそうになる程の、眩い満月の晩だった。


 窓から何気なしに外界に目をやったジーク・アストリーが、別棟の建物の中に居る、空を仰いだ姿のその娘の存在に偶然気が付いたのは、もう深夜の頃だった。


 夜目がきく猛禽類が、闇の彼方から鳴く声が耳に届いてくる。


 満月は頭上高く上り、そこから柔らかい光を地上に落としていた。


 微かな風が、娘の長く伸びた輝く金の髪を揺らしていた。


 思いがけず閉じられたままであった両眼が開かれ、そこに宿った深い青の色彩により、ジークはその娘がこの軍の内部において、西の姫君と称された存在であることに気が付いた。


 刹那、金の髪の娘は一人の若い軍人の存在に気が付き、軽い会釈をして見せた後、その姿は窓辺から消え、暫くの後に部屋の灯りが消え失せた。


 静けさだけが残った空間で、ジークは先の見えぬ今を打ち消すように、吸う本数が増えた煙草に手を伸ばすと火をつけた。


 そして遠くなってしまった忘れえぬ過去を思い、白く立ち昇る一筋の煙越しに闇の彼方を見つめながら、独り緩い息を吐き出した。

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