第2章 護り石の再会(17)
夜の闇に溶け込むような髪と眼を持つ青年は、自らに与えられた狭い部屋の中で固い寝台に腰を下ろしたまま、誰にも知られることなく、独り眼を閉じていた。
―国中が混沌とした戦禍の中にある以上、自分が生きていく道は選べるほど多くは無かった。
シンは過ぎ去った過去の時間を幾つも思い出しながら、改めてそう思った。
そして、いずれ自分に直接的に降りかかってくるであろう嫌疑のことも分かっているつもりだった。
―『あれ』は本当に忌まわしい土地だ。だから隠していたのでしょう?
そう勝ち誇るように告げたリオンの言葉は厳然たる事実であり、また、だからこそ逃れられぬものがある以上は、自分には未来など描けるはずがなく、何も執着せずただひたすら命令を推敲することだけを最優先に考えて生きてきた。
だから、自分以外の人間と馴れ合うことも避けてきたのだ。
そうして今、大方の予想通りに、やはりその事実だけが独り歩きし、実際には事実無根でありながらそれを全く鑑みられないまま、この自分がまるで違背者であるかのように扱われ始めているのを少し前から感じていた。
リオンが方々で吹聴している話は、いずれ確実に上層部の者達の耳にも入るのだろう。
そうして看過出来ないとの判断が下されれば、いずれは自分が直々に釈明の機会を与えるという名目の元に、呼び出されることになるのは明白だった。
それを思うと、シンにはもはや何もかもが無情にしか感じられなかった。
「……もう、俺を殺してくれ。どうすればよかったんだ? 」
シンはそう呟き、空ろな眼差しを宙に向けた。
それは漆黒の髪の青年自身の本心であり、また同時に願いでもあった。
目を閉じると、これまでに自分が手に掛けてきた多くの者達の顔がまざまざと蘇ってくる。
それを全て遮るように、シンは目をきつく閉じ、唇を強く噛みしめた。
その時、部屋の扉を数回叩く音が、室内に響き渡った。
「……シン、いるんだろう? 開けてくれ」
扉の外から掛けられたその声に、シンは直ぐに立ち上がると、そこに立っていた人物を部屋の中に招き入れた。
「大尉、何故ここに……? 」
不可解そのものといった表情で、シンは扉の外に立っていたジーク・アストリーにそう問い掛けた。
「……まぁな、何となくだ」
返ってきたジークの答えはひどく曖昧なものだった。
「この兵舎の部屋は懐かしいな。……この狭苦しい感じは相変わらずか」
そう言って、ジークは室内をぐるりと見回していたが、不意に室内の片隅に置かれた机の上にあるものに目を止めた。
「また天体図か……? こんなものの一体何が面白いんだ? 相変わらず変わったものが好きな奴だな」
ジークは机の上に広げられたままの、天体の動きを詳細に綴った数枚の紙の取り上げながら言った。
「……退屈しのぎの下らない時間潰しです。気にしないで下さい」
机の上には散乱したような幾つかの製図用と思しき金属製の器具が、無造作に転がったままになっていた。
「しかもこの、何の役にも立たなさそうな石の山は何だ? 前は無かったような気がするが……それからこの紙の束は何かの報告書か? 日付がかなり古いな」
ジークはそこに積まれていた紙の束をめくりながら、シンにそう訊いた。
「それは生き別れになった俺の父親が昔様々な土地を調べ歩いていた頃にまとめた、この国の地質調査に関する膨大な研究書の一部です。こんな状況でも一応国立図書館はかろうじて生き残っていたようなので取り寄せました」
シンの言葉に、ジークの動きが瞬間的に止まった。